◇SH3285◇弁護士の就職と転職Q&A Q128「『受任30%、実働70%』は妥当か? ピンハネへの不満はないか?」 西田 章(2020/08/31)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q128「『受任30%、実働70%』は妥当か? ピンハネへの不満はないか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 新聞報道によれば、米国では、オンラインゲーム「フォートナイト」の開発元が、アップル社に対して、アプリ内決済の手数料30%は高すぎると主張する裁判が開始されたとのことです。この報道に対して、市場を開拓する苦労を知っているベテラン弁護士層は30%という手数料に納得感を示す傾向がある一方で、市場が確立された後で実働を担っている中堅弁護士層からは「30%もピンハネされたら堪らない」という、開発業者への同情の声も聞かれます。

 

1 問題の所在

 7月に商事法務から発刊された『弁護士になった「その先」のこと。』(中村直人弁護士、山田和彦弁護士著)は、弁護士業界内での注目を集めました。同書は、「若手弁護士のための所内研修」が書籍化されたものですが、「事務所の運営に関する事項」は、むしろ、中堅以降の弁護士の強い関心を惹き付けました。その代表例のひとつが、「報酬の分配制度」について「報酬額を、受任30%、実働70%に分ける。」という記述です。同書の執筆者が所属する中村・角田・松本法律事務所には、パートナー8名、アソシエイト4名の合計12名の弁護士が所属しており、「受任」したパートナー自身も「実働」することが前提とされているように思われます(なお、同事務所の採用方針等については、2018年5月29日付けで、同事務所パートナーの仁科秀隆弁護士のインタビュー記事をご参照下さい)。

 それとは異なり、「受任」と「実働」の分業が進んでいる事務所も存在します。仕事を受任するだけで、実働のすべてを他の弁護士に任せてしまう、いわゆる「丸投げ」が行われてしまうと、実働側の弁護士に「弁護士業務をすべて自分が担当しているにもかかわらず、なぜ、30%もピンハネされなければならないのか?」という不満の声が聞かれます(単発のプロジェクト案件ならば、「受任」業務の貢献度を高く評価することに納得感はあっても、リピート案件になると、その「受任」は、前回案件のサービスのスピードとクオリティへの顧客満足が前提となっているため、「初回案件を受任したことに対する貢献度」が次第に薄れているという認識が不満につながっています。)。

 ただ、「受任」への分配は、シニア・パートナーの「既得権」そのものであるために、利害対立を抜きにした「あるべき論」を議論することはきわめて困難です(分配割合に不満を抱く若手パートナーが居ても、前年度対比で売上げが伸びている時は、世代間の不和を生じさせるような改革の提案を控えがちです。コロナ禍のように売上げが落ち込んだ時に改革の機運が生まれそうですが、実際には、分配割合の変更を巡る困難な所内調整を試みるよりも、より自己への高い分配が期待できる先に移籍するか、自らの手で「理想の事務所」を作る分裂方向への動機付けが働くようです。)。

 なお、「実働70%」(経費控除前の売上げベース)を、アソシエイトの取り分に引き直すとすれば、経費率に50%を設定してみると(経費分(70%×50%)を控除してみると)、大規模法律事務所の歩合給(自己の稼働に基づくタイムチャージの3分の1程度)に近い数字が算出されます。

 

2 対応指針

 一般論としては、これから事務所を発展していくステージにあり、まだ事務所として開拓すべき分野が広く残されている事務所においては、「受任」への分配を高めに設定することにより、若手パートナーに対して「新規開拓することへのインセンティブ」を与えることが有効であると考えられています(営業活動をチームで取り組む場合には、「受任」分を独り占めさせず、チームメンバー間で貢献度に応じて分配することも検討されます)。

 他方、事務所が組織として成熟ステージに達して、売上げ規模拡大が鈍化している事務所においては、「実働」の割合を高めに設定することにより、リーガルサービスの質の維持に取り組むことが有効であると考えられています(「受任」に対する事務所のブランド価値の貢献度を認めるという見方もできます)。

 なお、キャリアプランニングの観点からは、(受任を捨てて)「実働」に専従することのリスクも指摘されています(営業活動は、30歳代後半から40歳代にかけて、同世代の会社員が社内で発言権を持ち始める時期にスタートすべきであり、この時期を逃すと、営業が身に付かないリスクがあると指摘されます)。

 

3 解説

(1) 事務所の成長ステージとの関連性

 事務所がまだ発展途上にあれば、若手パートナーに対して、先輩パートナーがカバーする領域(顧客層や法分野)を追従することよりも、新規開拓に注力させるために、「受任」部分に手厚い配分を設定することが有効と言われています。しかし、事務所が成熟し、上場企業の多くが先輩パートナーによって既に受任され尽くしていれば(残された潜在的顧客に対してもビジネスコンフリクト等で受任の制限が強まります)、新規開拓よりも、むしろ、リピート案件を確実に受任したり、新分野のサービスをクロスセールして、同一顧客のニーズを深堀りしていくことが求められるようになってきます。このような段階になってくると、リピート案件の依頼を確実に受任する実働パートナーにも、「受任」部分への貢献度を認める必要が生じてきます。また、例えば、「会社法関係の相談を受けてきたクライアント先に対して、独禁法のアドバイスを若手パートナーが担当する。」というような事例では、「実働」を担当する若手パートナーの存在があってこそ、「受任」につながっていると評価することができます。このような事例を想定してみると、「受任」も、パートナーの単独行動の成果に期待するものではなく、「チーム」による営業活動の成果として位置付けられる場合が増えてきているようにも思われます。そうだとすれば、(複数の弁護士が共同で「実働」した場合と同様に)「受任」への分配についても、特定のパートナーに独り占めさせるべきではなく、「受任」への貢献度に応じた「フェアな分配方法」が模索されることになります。

(2) 横展開か? 深堀りか?

 営業活動には、大別すれば、「横展開」と「深堀り」の2通りの方向性があります。前記(1)で言及したように、独禁法の専門家、というのは、「複数の企業に対して、独禁法関連のリーガルリスクについてのアドバイスを提供する」という「横展開」の典型例です。最近では、個人情報やデータ関係の法分野の専門家も、横展開に馴染みやすい専門分野です。いずれも、「規制当局に対していかに対応するか?」がクライアント側の関心事であるために、同じ業界内の他社へのアドバイス経験を高く評価してもらえる傾向があります。

 これに対して、伝統的な顧問契約型においては、コンサルティング業務としては、「ビジネスモデルにおいて競合他社を出し抜く」ことが目的とされていますし、同業他社との紛争案件においても用心棒となることが期待されています。それが故に、同一業界内で複数社を代理することが困難になりやすく、「ひとつのクライアント先が抱えるリーガルサービスのニーズを漏れなく拾っていく。」という「深堀り」型が適しているとも言えます(場合によっては、囲い込み策として、経営者のプライベート面(資産運用、家事・相続関係等)でのリーガルサービスのニーズにも応えることにより、信頼や依存度を高めることも考えられます。)。

(3) 「実働」に専従するキャリア・リスク

 企業法務の世界のこれまでの常識では、「受任」だけに特化したパートナーは存在しません(「丸投げ」を容認するシニア・パートナーも、若手時代は自らの「実働」で高い評価を得てきた弁護士です)。他方、営業に苦手意識を抱いて、「実働」だけに特化したい、と願う弁護士は数多く存在します。実際、カリスマ的なネーム・パートナーの下で、番頭役を務めてきた弁護士の特性は、自らは営業活動を行わずに、ネーム・パートナーのクライアントへの高品質のリーガルサービスの提供に専従できるところに認められます(そのような番頭役弁護士がいるが故に、ネーム・パートナーも安心して新規案件を受任することができた、という補完関係が存在します。)。

 ただ、このような「実働専従」型の弁護士も、競争から逃れられるわけではありません。それは、「実働ポストを巡る下請け業者間競争」とも呼べるものです。つまり、「受任」したパートナーは、どの弁護士に実働を委ねるかの選択権を有しています。ここでの「下請け営業力」は、クライアント企業(=非法律家)に対する営業活動とは異なり、「受任したパートナー弁護士から見て、良い仕事をすると認められること」に鍵があります。「弁護士業務に精進している限り、経験を重ねるほどに、業務処理能力は上がる」という期待がある一方で、現実には、年齢が上がるほどに、体力・気力を維持すること、学習意欲を保ち続けることが困難になって来ることも確かです。そのため、「優秀な新人弁護士を多数採用する一流事務所」であるほどに、「後輩弁護士に業務処理能力面で競い負ける」というリスクが高くなることにも留意しなければなりません。

以上

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