◇SH3326◇債権法改正後の民法の未来85 責任制限及び比例原則 安部将規(2020/09/30)

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債権法改正後の民法の未来 85
責任制限及び比例原則

アイマン総合法律事務所

弁護士 安 部 将 規

 

1 最終の提案内容

 責任制限及び比例原則の規定を設けることが検討されたが、見送られた[1]

  1. cf.中間試案(第17 保証債務)
  2.  「6 (4) その他の方策
    保証人が個人である場合におけるその責任制限の方策として,次のような制度を設けるかどうかについて,引き続き検討する。
    ア 裁判所は,主たる債務の内容,保証契約の締結に至る経緯やその後の経過,保証期間,保証人の支払能力その他一切の事情を考慮して,保証債務の額を減免することができるものとする。
    イ 保証契約を締結した当時における保証債務の内容がその当時における保証人の財産・収入に照らして過大であったときは,債権者は,保証債務の履行を請求する時点におけるその内容がその時点における保証人の財産・収入に照らして過大でないときを除き,保証人に対し,保証債務の[過大な部分の]履行を請求することができないものとする。」

 

2 提案の背景

 保証契約が例えば情義に基づいて行われる場合には、保証人が保証の意味・内容を十分に理解したとしても、その締結を拒むことができない事態が生じ得る。

 このような場合、保証人は保証の危険性を認識したうえで契約締結したとはいえ、積極的に保証契約締結を求めたものではない。また、保証債務の履行を迫られる事態となれば保証人自身の生活も破綻に追い込まれることにもなりかねない。

 そこで、なお一層の保証人保護の拡充を求める立場から、保証人の資力に照らして過大な保証を禁止する(比例原則)や身元保証に関する法律第5条の規定を参考にした保証債務の減免などの方策を採用することが検討された。

 

3 議論の経過

 ⑴ 経過一覧

 法制審議会では、下記一覧表記載のとおり議論がなされた。

会議等 開催日等 資料
第44回 H24.4.3開催 部会資料36
山野目章夫「フランス保証法における過大な個人保証の規制の法理」
大阪弁護士会民法改正問題特別委員会有志「保証の主要論点についての条文提案」
第1分科会第4回 H24.5.29開催 分科会資料3(保証人保護の方策の拡充に関する補足資料)
第61回 H24.11.6開催 部会資料50
第70回 H25.2.19開催 部会資料58
中間試案 H25.2.26決定 中間試案(概要付き)
第80回 H25.11.19開催 部会資料64-8(「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」に対して寄せられた意見の概要(各論)【速報版(7)】)
部会資料70B
部会資料71-4(中間試案に対して寄せられた意見の概要(各論3))
山野目章夫幹事「個人保証における過大性のコントロールの方策」
第86回 H26.3.18開催 部会資料76A
大阪弁護士会民法改正問題特別委員会有志「部会資料76ABに関する提案」
第89回 H26.5.27開催 部会資料78B
日本弁護士連合会消費者問題対策委員会民法改正部会有志「部会資料78Bに関する提案」

 ⑵ 概要

 個人保証については、大阪弁護士会意見を含め、いわゆる経営者を除きこれを制限することが提案されたが、経営者による保証の場面や厳格な意思確認手続を踏まえた保証の場面などにおいては、個人保証は当面許容される方向で検討が進んでいた。

 しかし、これら個人保証を例外的に許容する場面においても、契約時に保証人自身の収入や資力を超えた債務を負担したり、保証の趣旨や内容を十分理解しないまま予期しない債務を負担したり、契約後に主債務が増加したことにより過大な保証債務の履行を突然求められるなどの事態が発生した場合、保証人自身やその親族らが予期せぬ不利益を被ったり生活基盤を破壊されることが危惧される。

 そこで、保証人となった者が主債務者の破綻により過大な債務負担を強いられて自らの生活基盤を破壊され、最終的に自己破産の申立てをせざるを得なくなったり、あるいは自殺(自死)に追い込まれたりすることを回避するため、身元保証法5条を参考とした責任減免規定及びフランス消費者法典の比例原則を参考とした過大保証を禁止する規律を設けることが適当であるとの観点から、様々な提案がなされた。

 

4 立法が見送られた理由

 保証人保護のための今回の施策を全体としてのパッケージで見たときに、経営者保証についての施策が不十分であるという指摘については賛成する意見も多かったものの、民法において対応することは、保証契約自体は有効に行い得るはずのものであって、それがもし無効になるとするならば、保証人の意思決定に不当な制約が加えられて、不利な契約をさせられたというような根拠が必要となるのではないかといった理論的な批判や、また具体的にどのような規程を設けるかについては技術的な課題も多いこと、また、倒産法によって既にカバーされている部分もあることも踏まえ、今回の改正プロセスのなかでこれらを解決するには時間も足りなかったことから、今回の立法による対応は見送られることとなった[2]

 

5 今後の参考になる議論

 ⑴ 保証人の責任を制限する方策については、過大保証の禁止や比例原則等について複数回にわたり議論が重ねられた。

 例えば、法制審第89回では、最終案として、「保証人の責任を保証人が責任を減縮する請求をした時点で保証人が有していた財産(自由財産及び差押禁止財産を除く。)の額の限度とする制度を設けること」[3]が検討された。

 しかし、この案についても、保証人が複数の債務を負担する場合の処理、保証人が有する財産の把握の正確性の確保、倒産手続が開始した場合の取扱いをどのようにするのか等理論上・実務上様々な問題点があり、成案を得られる見込みがないとして、結局、改正は見送られた。

 ⑵ 大阪弁護士会は、2011年(平成23年)7月に公表した「『民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理』に対する意見書」[4]において、「保証人の支払能力を超える保証契約締結を禁止し、これに違反した場合、保証人の支払能力を超えた与信部分について債権者は、その請求をできないものとすべきである。具体的には、フランス担保法改正草案2305条[5]を参考とすべきである。」との提案を行った。

 その後も、2013年(平成25年)5月に公表した「『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』に関するパブリックコメントに対する意見書」においては、「身元保証法第5条を参考とした責任制限規定を設けること」及び「いわゆる比例原則を設けること」のいずれにも賛成する意見を表明した。

 ⑶ 近畿弁護士連合会においては、2012年(平成24年)11月30日に開催された第27回近弁連人権大会において「個人保証の原則廃止と保証業法の制定を求める決議」により、「フランス消費法典の比例原則を参考とした過大な保証を禁止する規定及び身元保証法5条を参考とした責任減免規定を設けるものとする」ことが決議された。

 ⑷ 日本弁護士連合会では、2012年(平成24年)1月20日には「保証制度の抜本的改正を求める意見書」において、「債権者が事業者であり,保証契約締結時において,保証債務の内容が自然人である保証人の財産及び収入に対して著しく過大であった場合には,保証人が保証債務の履行を請求された時点でこれに足りる財産及び収入を有する場合でない限り,債権者は保証債務の履行を請求することができない。」との規定を設けることを提案した。

 その後も、2013年(平成25年)6月20日には、「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」に対する意見」、2014年(平成26年)2月20日には「保証人保護の方策の拡充に関する意見書」において、保証人の責任の制限する規定を設けるべきとの提案を行ってきた。

 また、改正要綱が採択されたことを受けて、2015年(平成27年)3月19日には、「民法(債権関係)の改正に関する要綱」に対する意見書を公表し、引き続き保証履行責任が顕在化した時の保証人の責任制限制度を新設することの必要性を述べている。

 ⑸ 参議院法務委員会でも、保証に関し、「4 我が国社会において、個人保証に依存し過ぎない融資慣行の確立は極めて重要なものであることを踏まえ、個人保証の一部について禁止をする、保証人の責任制限の規定を明文化をする等の方策を含め、事業用融資に係る保証の在り方について、本法施行後の状況を勘案し、必要に応じ対応を検討すること。」との附帯決議が付され、保証人の責任制限を規定することが検討課題であることが確認されている。

 ⑹ また、平成25年12月5日には、金融庁の関与のもと、日本商工会議所と一般社団法人全国銀行協会を事務局とする「経営者保証に関するガイドライン研究会」が経営者保証に関する中小企業、経営者及び金融機関による対応についての自主的かつ自律的な準則である「経営者保証に関するガイドライン」を公表した。

 同ガイドラインにおいては、保証債務の整理の際の対応として、①経営者の経営責任の在り方、②保証人の手元に残す資産の範囲についての考え方、③保証債務の一部履行後に残った保証債務の取扱いに関する考え方等が規定され、その後同ガイドラインに基づいた保証債務の整理の事例が積み重ねられており、保証人保護の趣旨は一定程度実現されつつあるといえる。

 

6 所感

 個人保証において、保証履行責任が顕在化した場合に保証人が負う責任を制限する制度を新設することは、保証人の生活保護ないし再建のためのみならず、日本経済の中核を担う中小企業の活性化のためにも必要な改正課題であると考えられる。

 当面は、金融実務上運用されている「経営者保証に関するガイドライン」などを活用して、保証人の責任制限制度を図るべきであるが、実体法かつ基本法である民法において、倒産法や執行法との関係にも留意しつつ、保証人の責任制限制度を設けることは引き続き検討されるべき重要な課題であると考えられる。

以上

 


[1] 部会資料81-3

[2] 第96回部会、部会資料80-3

[3] 部会資料78B・3頁

[4] その後、大阪弁護士会編『民法(債権法)改正の論点と実務――法制審の検討事項に対する意見書(上)・(下)』(商事法務、2011)として、公刊。

[5] 担保法改正草案2305条 (法制審部会資料8-2[第76頁])
「非事業者として自然人により行われた保証は,その締結時において保証人の収入及び財産に対し明白に比例性を欠いていたことが明らかになったときは,請求された時点で保証人の収入及び財産が保証人にその債務を実現させることを許容する場合でない限り,減額され得る。」

 

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