◇SH3395◇高校生に対する法教育の試み―契約法の場合(4) 荒川英央/大村敦志(2020/11/20)

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高校生に対する法教育の試み―契約法の場合(4)

学習院大学法学研究科博士後期課程
荒 川 英 央

学習院大学法務研究科教授
大 村 敦 志

 

第2章 UFJ対住友信託(契約交渉段階)

第1節 授業の概要

 と き:2020年5月23日(土) 13:30~17:20
 ところ:web上でZoomミーティング形式
 テーマ:UFJ対住友信託(契約交渉段階)
 素 材:合併交渉の破棄
 検 討:規範としての契約・事実としての約束/どんな約束(拘束)がされたのか?

 

 2020年春の開成セミナー第2回目。前回と同じく、新型コロナウィルス対策の政府の緊急事態宣言下、web上でZoomを使ったミーティング形式で行われた。主催者から上記テーマにそくした話題提供が行われた後、参加者との自由な会話が行われた。

 話題提供は、素材「合併交渉の破棄」が問題になった歴史的背景と事件自体の概要が簡潔に解説されたあと、主催者と参加者とのやりとりは、合併・業務提携の交渉に似た状況は参加者にも身近なところにないだろうかを探索する方向で進められた。合併交渉の当事者は何を望んでいたか? を伏流としつつ、対話は、さまざまな状況で相手方と自分がどの程度拘束されるか、その拘束度をコントロールするのに約束のほかにどのような事実上の手段がはたらいているかをめぐって進み、途中、交渉義務の性質はなにかという問題も挟みながら、約束がなければ自由なのか、という問題へと水路付けられていった。

 約1時間30分程度の前半のあと、10分程度の休憩をはさんで後半が開始された。

 前半さいごの話題を引きつぎつつ、主催者からは、社会的相互作用のなかで約束・コトバ・態度が期待・信頼を生むのではないか、そうした期待・信頼も保護されるべきではないか、といった問いかけがなされた。そして、契約性というキーワードが示され、契約性を緩めると“100%の契約”、“50%の約束”、事実上のコトバ・態度と、契約と契約以前が連続することが指摘され、そこから立ち返って、約束はいつ契約になるのか? が問われ、セミナー第1回とは違った視点から契約・契約法の捉え直しが試みられた。

 

参加者
 主催者:大村敦志
 開成高校の生徒:9名(1年生4名、2年生5名)
 モデレーター:大村玲音
 記録係:荒川英央

 

第2節 外形的な観察――授業の進め方・生徒の様子など

 セミナーの2回目をはじめるにあたり、主催者から前回は既存の制度との関係で契約を考えたが、今回は契約以前の状態と比較して契約を考えていきたい旨が述べられた。そのための素材として、銀行の合併・業務提携に向けた交渉段階を取り上げ、ここでどのようなことが問題なのかを前半では話していく方針が示された。

 記録係の立場からあらかじめ付言しておく。契約と契約以前を考えるのに銀行の合併交渉(とその破棄)を素材にするといっても、この素材から想起されるような、合併交渉をめぐって時系列的に展開する法律関係を追うことは必ずしも中心的テーマではなかったように思われる。そうした話題も以下の記録には現れる。ただ、ここで言われた契約以前とは、契約交渉段階だけではなくむしろ、事実と評価されるような、契約とある意味共時的なことがらを俎上に載せて契約・契約法を見渡すマップを描くために導入されたと思われる。

 

1 UFJ対住友信託訴訟の背景

 まずUFJグループと住友信託銀行が訴訟で争うことになった背景の理解をはかるべく、主催者と高校生の対話のかたちをとりながら、1990年代以降の日本の銀行統廃合について説明されていった。生徒からも、バブル崩壊以降の金融業界の経営不振から規模の経済が期待されたことなどが話題に上げられつつ、三菱UFJFG・みずほFG・三井住友FGの三大メガバンクが存在するように至った経緯がまとめられた。

 この流れのなかで、主催者からUFJ対住友信託をめぐる2000年代のなかばの事実関係の要点が次のように整理された。①UFJグループは経営状況がよくなかったため、傘下のUFJ信託を住友信託に売却しようと考えた、②それに向けてUFJグループと住友信託のあいだで業務提携について交渉が進められた、③その交渉の最中、UFJグループが三菱東京グループと合併することになった、④そこでUFJグループはUFJ信託を三菱東京系の信託のほうとまとめることにし、住友信託に売却するのを取りやめた。

 では、UFJグループ対住友信託の紛争はどのようにして起こったか。それは、両者が合併・業務提携交渉をはじめるときに、独占交渉権条項(第三者との交渉避止条項。「この交渉をしている最中は他のところとは交渉しません」という約束)の入った「基本合意」に達していたことに起因する。UFJグループと住友信託は、その基本合意に基づいて合併・業務提携に向けてもう一歩進んだ内容の「基本契約」を結ぶために交渉しようとしていた。ところがUFJグループは、独占交渉権条項があるにもかかわらず、三菱東京グループとの合併を決めてしまった。そこで住友信託は、この条項に基づいて、UFJグループと三菱東京グループのあいだの交渉の差止めを求めて訴訟になった、とのことであった。

 

2 UFJ対住友信託に似た状況を探して

 主催者は、高校生には縁遠い、銀行の合併・業務提携の訴訟そのものに立ち入ることを避けるためか(、あるいはより一般的な契約・契約法の問題としてフレームを設定するためか)、今回取り上げた事件に似た状況――当事者間で「交渉をする」が、「交渉に時間がかかる」だから、「そのあいだ他のところと交渉するな」とお互いに縛るような状況――は考えられないだろうか、と、高校生たちに問いかけた。

 ある生徒が「付き合ってるとか、結婚してるときに、他の人と恋愛関係をもたない、みたいな感じのことがちょっと似てるんじゃないか」と発言。主催者は「なんていうのかなーー、UFJと住友信託はまだ結婚してないんだよね? まだ結婚してないのに、『他の人と付き合わないでくれ』って、これどういうこと?」と、約束が連続的な2段階に分けられることを示唆しながら再質問。生徒は「結婚を前提としてこの交際関係を築いているのに、その過程で、他の人に浮気をしたら、そこの信頼関係が崩れてしまって、なんか、そのさきの交渉とか契約が破綻することになってしまうから。」と答え、結婚(本契約・最終契約)と結婚を前提にして付き合う(予備的な合意)を分けたうえで、両合意の関連づけまでしてみせるとともに、今回のキーワードに関わる契約交渉の当事者間の信頼関係にも言及した。

 主催者はその状況は今回の訴訟の状況に似ていることを認めつつ、次のステップとしてもう少し拘束の弱い選択肢があることを示唆しつつ、「皆さん、誰かと付き合うときに、そういうふうにしたい?」と、さらに問いかけ。別の生徒が、前回話題になった契約のひとつの側面、「現在の自由を捨てる代わりに将来の安定が保証される」をさっそく想起しつつ「悪くはない」と応答。主催者に「誰かと付き合う、とかっていうときに、最初の段階から、そういう話に?」と問われると、「最初っからそうはなりにくいかも」と応じた。次第に拘束の強さが下がる状況のイメージをふくらませていくと同時に、問題のありかをつかまえはじめたようである。主催者は、どの段階でお互いに約束をして縛り合うことにしたらいいかは悩むところだろうと言う。

 

3 UFJ対住友信託を越えて:約束のてまえで

 では、お互いを縛る約束をするまえは自由なのか。主催者は「そういう約束しなきゃ他の人と付き合っていいんですかね?」と問いをズラしてみせた。その意図は、相手方は拘束しつつ自分は自由を手にする状況を考えてみたいというものだった。恋愛だと道義的な問題が浮かぶという生徒の反応を受けて、恋愛以外で考えてもらうことに。就活で副業禁止の会社に採用決定だと、すでに婚姻してしまった状況に近い……。内定だと、ある程度自分も拘束される……。ただ、内定で、「もう他には行かないで」という状態がUFJ対住友信託の当事者が望んだ状況に近い、とされた。

 さまざまな状況が検討されるなか、国家公務員志望者の官庁訪問の話題が転機に。とくに約束はしないが「事実上」ひとつの官庁に縛られる。契約の世界から事実の世界へと視線が動かされていく。ただ、就職はまだ気が早いということで、受験で考えてもらうことに。主催者と高校生のやりとりのなかで、受験者の選択肢を事実上狭めるものとしては、試験日をそろえる、難関校より先に入学手続きをさせる、くわえて入学金などを納めさせる、等々が指摘された。他にもクーリングオフ、「返品・サイズ交換可」を謳うセールス、「キャンセル可」の旅行ツアー・ホテル・レストランなどが挙げられ、個々の事情に特有の差はあれ、高校生にも、約束はせずに事実上相手方を拘束する状況とはどのようなものかについての共通認識がひろがっていったように思われる。

 ここで主催者から改めてもともとの問題が再び提起された(なぜか話は恋愛に戻る)。

 

  1. 主催者: で、さきほどちょっと、私が話題にしたのは、そういうなんか約束がされてなければ、――本当の契約に向けてなんにも約束がされてなければ――、まったく責任生じないのかね、っていうそういうことなんですけれども、それはどうですかね? E君がさっき言ってた、最初の人とちょっといい感じになってたんだけど、にばんめの人に乗り換えました、というのは、最初の人に対してE君は責任はないの?
  2. 生徒E: まあ、責任は感じるかもしれないですけど、まあ、それを、自分のなかでね、こう、「悪かったな」っていう気はする、と思うんですけど、――だからって、向こうから、こうね、「ひどいじゃないの」って言われても、「それは知らねえ」かな、って感じがします。
  3. 主催者: 「ひどいじゃないか」っていうふうに言われちゃうのは、なんで?
  4. 生徒E: だから、あの、あれですよね、自分の、自分、っていうか、相手のなかに、こう、期待があるからですよね。将来的に付き合ったり結婚したりとか、っていうような期待を十分に、まあ、描くのに合理的な関係があったから、という。
  5. 主催者: うん、そうですよね。相手が「このままうまくいくんじゃないの?」っていうふうに期待しちゃうと、それは期待外れになると、「ひどいじゃないの」っていう話になるだろう、と。E君は「ひどいじゃないの」というふうに言われないためにどうすればいいの?
  6. 生徒E: どうすればいい……――だから、あんまりね、こう、ムダに期待を抱かせてはいけない(笑)。

 

 生徒の発話から今回のキーワードが出てきた。「ひどいじゃないの」と非難されるのは、相手方に「期待」をもたせる「合理的な関係」によるという。この延長で、主催者からこんどは逆に相手方をより強く拘束できないかが問われた。対話は契約の世界と事実の世界を行きつ戻りつ進む。

 

  1. 主催者: で、こんど、皆さんは「とても期待してる」っていうときに、この関係をよりたしかなものにしたい、ってときにはどうすればいいの?
  2. 生徒F: 婚約するのがいちばん。
  3. 主催者: あ、それがいちばんいいんですよね。約束しちゃう、と。――[ただし]婚約した、と、結納のなんとかを、儀式をしたりとかっていうことを「せずに」、「せずに」、しかし、相手を、婚約に向けて、――というか、こちらが期待をもってるぞ、っていうのが分かるように仕向けたいときにはどうすればいいの?
  4. 生徒G: 自分の両親に会わせるとか、そういう方法を取ったら、相手に自分の熱意が伝わるのかな、と思います。

 

 こうして高められた期待はどうなるのか。生徒Gの発話を受けて主催者が再々度重ねた問いに対する別の生徒からの反応も視野のひろがりを伝えてくれる。

 

  1. 主催者: ここ、ちょっと、皆さん、注意して欲しいんだけど、「親に会う」という約束をした、と。でも、「親に会う」という約束は「このさき付き合う」って約束そのものではないし、まして、「結婚する」って約束でもないわけですよね。そうすると、「親に会う」約束をしたのに、E君みたいに「もう付き合わない」というふうに言っていいんだろうか? どうですかね?
  2. 生徒H: 別に、やってもいいけど、やっても大丈夫だけど……その分、いまだったらたぶんSNSにさらされたりとかして、あの、ある程度の、その、評判が落ちる、っていうか、信頼は下がるかな、という、そんな感じです。
  3.    […中略…]
  4. 主催者: うん。いまSNSにさらす、っていう話だと、――SNSにさらす、はいま非常に制裁としては重要なんだろう、と思いますけれども――、損害賠償請求できるかね?
  5. 生徒H: さすがにそれはできないんじゃないですか。

 

 生徒Hは社会的制裁は加わりうるとする一方、法的な損害賠償請求はできないとの応え。この考えが硬いのを確認して主催者は話者交替を選び、別の生徒に、では婚約したらどうだろうか、と訊ねた。生徒Iはそれなら損害賠償請求できる、なぜなら婚約は契約だから、という。ここで主催者は話題を本契約とそのまえの「小さな約束」の関係に転じていく。

 

  1. 主催者: 結婚も契約だとして、婚約も契約だよね? いまI君が「婚約も契約だから」っていうふうに言ったんだけど、結婚と婚約、なにが違うのかな?
  2. 生徒I: 結婚と婚約、って、違うんですか?
  3. 主催者: そこだね。じゃあ、違うか違わないか訊いてみよう。どうですか? J君、マイク入ってるけど、なにか意見ある?
  4. 生徒J: あ、ホントだ、入ったか。将来結婚するという約束が婚約なのであって、あの、違うものだ、と考えてたんですけどね。あの、なんですかねぇ、――結婚に先立つもの? あー、でも、婚約……結局この、いまやってるこの議論で言うと、婚約したら結婚する以外ない、ですよね。
  5. 主催者: そうかな? 結婚と婚約、は、なかなかみんな考えちゃう、と思うんですけれども、さっきの銀行の話に戻ってみましょう。で、銀行で、「ほかと付き合ってはいけないよ」っていう話をしてたんですけれども、その前提として、UFJと住友信託は合併に向けて、――まあ、“結婚に向けて” ーー、「これから交渉する」っていう約束をしたわけですよね。それで、この「交渉する」っていう約束をしたのに、交渉がまとまんないときにはどうなるんだろう?
  6. 生徒E: まあ、だからそれは、両者が合意して都合がつかなかった、ってことを、一応正式に決めて、それで、その制限を解く、っていう、――なんらかの明示的に、それを解く、っていうことをする必要があるんじゃないか、っていう気がします。
  7.    […中略…]
  8. 主催者: で、婚約して、相手が「ヤだ」って言ってるときに、結婚させることはできませんよね、っていうふうに、さっきE君は言ってた、と思うんですけども、――交渉をしてるときに、――合併交渉をしてるときに、相手が「ヤだ」っていうふうに言ってるのを、「ヤだ」って言わせない、っていうことはできないのかな?
  9. 生徒E: うーん、だからまあ、意思表示……結局その合併するにあたっても、契約、ないし、意思表示が必要なわけで。それをね、こう、金銭を、――人質じゃないですけど――、取って、間接的に強制することはできても、その意思表示自体を強制することは、まあ、できないだろう、と思うんですけど。

 

4 前半のまとめ・後半の問いの設定

 生徒の発言をひろうかたちで主催者は次のように前半を締め括った。一般的には、契約すればそれを守ることを強制することができる。これに対し、本契約のまえの約束は、契約を結ぶ方向へ相手方を事実上強制するにとどまる。本契約が結べると一方が期待したのなら、その期待を保護するためのものとして損害賠償は認められるだろう。しかし、その期待の保護を超えて、本契約を結ぶことを強制することはできないだろう。[なお、素材になった事件で問題になった交渉義務には最終契約を結ぶ義務は含まれていなかった]。

 522条の規定によれば、契約は申込みに対して承諾があったときに成立する。反対に言えば、申込みに対して承諾がなければ契約は成立しない、というのが原則であるということになる。そうはいっても、契約が成立するまえに相手方とのあいだにもった関わりがあるとき、相手方が承諾しなければ、「なんだよ」と思い不満を抱くだろう。そして、この「なんだよ」と思うところがまさに問題になっている。話題になっていたように、そのような関わりを明確に保護してもらいたいなら、本当の契約のまえの「小さな約束」をするだろう。そして、その「小さな約束」が破られれば損害賠償請求はできるだろう。しかしやはり、そうした「小さな約束」がなければ、相手方に信頼を抱いていたとしても、なんの問題も生じないのか、を後半で引き続き問題にしたいと述べられた。

(荒川英央)

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