◇SH3359◇債権法改正後の民法の未来88 消費者契約の特則、信義則等の適用に当たっての考慮要素(上) 薬袋真司(2020/10/28)

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債権法改正後の民法の未来 88
消費者契約の特則、信義則等の適用に当たっての考慮要素(上)

薬袋法律事務所

弁護士 薬 袋 真 司

 

1 最終の提案内容(中間試案)

 中間試案では、「第26 契約に関する基本原則等」において、「4 信義則等の適用に当たっての考慮要素」として、「消費者と事業者との間で締結される契約(消費者契約)のほか,情報の質及び量並びに交渉力の格差がある当事者間で締結される契約に関しては,民法第1条第2項及び第3項その他の規定の適用に当たって,その格差の存在を考慮しなければならないものとする。」との規定を設ける案が示されていた。もっとも、この提案に付随する形で(注)において、「このような規定を設けないという考え方」があることなども指摘されていた。

 答申(要綱)では、信義則等の適用に当たっての考慮要素を示すことは見送られた。

 

2 提案の背景

 中間論点整理は、「第62 消費者・事業者に関する規定」という項目を設けて、「今日の社会においては,市民社会の構成員が多様化し,『人』という単一の概念で把握することが困難になっており,民法が私法の一般法として社会を支える役割を適切に果たすためには,現実の人には知識・情報・交渉力等において様々な格差があることを前提に,これに対応する必要があるとの問題意識」を紹介し、このような考えには慎重な指摘もあることを踏まえつつ、民法が当事者間の格差に対してどのように対応すべきかについて検討を進めることを提案していた。その上で、①当事者間に知識・情報等の格差がある場合には、劣後する者の利益に配慮する必要がある旨の抽象的な解釈理念を定めた規定を設けること、②消費者概念や事業者概念を民法に取り入れて、そのための定義を行うこと、③消費者契約に関する個別の特則(12項目)を設けることなどを検討することを提案していた[1]

 冒頭に示した中間試案の提案は、上記①に関するもので、「消費者契約を始めとして,契約の当事者間に情報や交渉力の格差があるものに関し,信義則を規定する民法第1条第2項,権利の濫用を規定する同条第3項などの一定の抽象性を備えた規定の解釈・適用に当たっては,従前から,その格差の存在をも一つの考慮要素とされてきたと考えられる」とし、その上で、「格差がある場合にその存在を考慮すべきであるのは,民法の規定の解釈一般についてではなく,特に信義則や権利濫用などの一定の抽象性を備えた規定の適用に当たってであると考えられる」として、一般条項等の適用における確認的な規定という形でまとめられたものである(部会資料57)。

 他方、②の定義規定の導入と③の個別の消費者契約の特則については、中間試案を取りまとめる段階で、提案が見送られることとなった[2]

 

3 議論の経過

 ⑴ 経過一覧

会議等 開催日等 資料
第20回 H22.12.14開催 部会資料20-1、20-2
第24回 H23.2.22開催 部会資料24
第26回 H23.4.12開催 部会資料26(「中間的な論点整理案」)
中間的な論点整理 H23.4.12決定 同補足説明(第62 2)
第35回 H23.11.15開催 部会資料33-1(寄せられた意見の概要(総論))、33-7(寄せられた意見の概要(各論6))
第61回 H24.11.6開催 部会資料49
第69回 H25.2.12開催 部会資料57
第71回 H26.2.26開催 部会資料59、60
中間試案 H25.2.26決定 同補足説明
第80回 H25.11.19開催 部会資料71-5(寄せられた意見(各論4))
第84回 H26.2.25開催 部会資料75A

 ⑵ 概要

 平成21年4月に公表された民法(債権法)改正検討委員会の『債権法改正の基本方針』が、「消費者取引や事業者間取引を除外しては,民法典は(理論的にはともかく)実際上は取引一般を規律したことにはならない」として、「消費者法や商行為法の規定のうち基本的なものは民法典に含めるべきである」との提案を行っていたので、法制審議会への民法(債権関係)の改正についての諮問がなされる前の段階から、民法に消費者概念や消費者契約に関する特則を置くことの是非などが既に議論になっていた(大阪弁護士会『別冊NBL No.131 実務家からみた民法改正――「債権法改正の基本方針」に対する意見書』(商事法務、2009)4頁以下参照)。その年の10月に開催された日本消費者法学会の大会シンポジウムにおいても、「民法改正と消費者法」というテーマで、この点について白熱した議論もなされていた。

 日本弁護士連合会(以下、「日弁連」という)は、中間論点整理後の平成24年10月23日の意見書(「民法(債権関係)改正に関する意見書(その4)―消費者に関する規定部分―」)において、「一般私法たる民法の基本ないし原則となる法規範は,契約自由の原則や契約の拘束力のみを強調したものであってはならず,消費者・労働者・中小事業者など現実社会における多くの非対等な契約関係の存在や契約弱者の利益にも配慮したバランスのある規定内容とされなければならない」、「また,非対等な契約関係における格差への配慮に関する抽象的な理念規定を民法に規定することを積極的に検討すべきである」、「さらに,現代の高度に発達した消費生活社会における代表的な格差契約である消費者契約に関する規定の制定の他,その適用範囲の拡張」や、「『消費者』概念以外の指標を用いた契約弱者保護規定の制定も併せ検討されてよい」とし、加えて、「なお,消費者契約に関する規定を設けることが,民法典のデフォルトルールの事業者ルール化の代償措置とされたり,例外規定として位置づけることによる安易な反対解釈などで消費者以外の契約弱者の保護が不当に狭められないよう留意する必要がある。」との意見を表明していた。

 さらに、日弁連は、中間試案に対して、平成25年6月20日「『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』に対する意見」において、格差のある当事者が契約を締結したときには、対等当事者間の契約とは異なる考慮が働くという正当化原理を明示しておくことが有意義であるとし、また、現行民法においても、信義則や権利濫用規定の適用にあたっては、現実に契約当事者間の情報・交渉力格差の存在、契約弱者の保護の必要性といった観点が考慮要素として斟酌されていることから、その明文化と位置づけられるとして、「信義則等の適用に当たっての考慮要素」にかかる提案に賛成であるとの意見を表明していた。

(下)につづく


[1] 消費者契約の個別の特則として示されていたのは、①不当条項規制の対象とすること、②契約条項の一部に無効原因がある場合に、当該条項全体を無効とすること、③消滅時効の時効期間等について法律の規定より消費者に不利となる合意を認めないこと、④消費者である買主の権利を制限し、又は消費者である売主の責任を加重する合意の効力を制限すること、⑤諾成的消費貸借において、消費者である借主に、目的物交付前の解除権を認めること、⑥消費貸借契約において、消費者である借主に、貸主に生ずる損害を賠償することなく期限前弁済を認めること、⑦商品の購入等にあたり、消費貸借契約を締結して信用供与を受けた消費者に、一定の要件の下で、売主等に対する抗弁をもって貸主に対抗することを認めること、⑧賃貸借において、借主である消費者の原状回復義務に通常損耗の回復を含めるとの特約を認めないこと、⑨委任契約において、消費者である委任者に過失がなかった場合に、受任者が過失なく被った損害についての賠償責任を免責すること、⑩寄託契約において、消費者である寄託者が寄託物の性質・状態を過失なく知らなかった場合に、受寄者に生じた損害についての賠償責任を免責すること、⑪契約の解釈について、条項使用者不利の原則を採用すること、⑫継続的契約について、消費者に将来に向けての任意の解除権を認めること、の12項目であった。なお、中間論点整理では、このほか、事業者契約に関する個別の特則(16項目)も示されていた。

[2] 個別の特則は、中間論点整理後に新たに検討された項目もある。中間試案では、消費者契約に基づく事業者の消費者に対する債権についての短期の消滅時効を設けるという提案が、「第7 2 債権の消滅時効における原則的な時効期間と起算点」の(注)で示されていた。

 

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