◇SH3360◇債権法改正後の民法の未来89 消費者契約の特則、信義則等の適用に当たっての考慮要素(下) 薬袋真司(2020/10/29)

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債権法改正後の民法の未来 89
消費者契約の特則、信義則等の適用に当たっての考慮要素(下)

薬袋法律事務所

弁護士 薬 袋 真 司

 

 承前

4 立法が見送られた理由

 パブリック・コメント後の第84回会議において、事務当局からは、「信義則等の適用に当たっての考慮要素」に関する規定は、「部会の意見も一致しているとは言えない上、パブリック・コメントの手続に寄せられた意見も先鋭に対立している。」として、「現在でも考慮されている要素を、今日の社会におけるその重要性に鑑みて確認的に規定することを意図したものであり、これが民法の性格を変化させるという批判には疑問がある」としながらも、「中間試案のような規定を設けることについては民法の性質という根本的なレベルから批判する意見も見られるのであり、考慮される要素の修正や追加や削除によって調整を図る余地は乏しいものと思われる。そのため、この論点については取り上げないこととした」とされた。(部会資料75A)。

 第84回会議では、複数の委員から、この提案を復活させるよう求める意見も示されたが、この提案は復活することなく、答申(要綱)は取りまとめられた。

 

5 今後の参考になる議論

 ⑴ 信義則等の適用に当たっての考慮要素

 中間試案に示された提案は、現在でも一般条項等において考慮されていると考えられることを確認的に規定しようとするもので、この内容であれば合意を形成することは必ずしも不可能ではなかったようにも思われる。多数の項目を限られた時間で検討していたことから、合意を形成する時間がなく立法化が見送られたという感が否めない。

 この提案では、消費者契約は「情報の質及び量並びに交渉力の格差がある当事者間で締結される契約」の例示に止められていた。この提案に至る過程において、消費者契約(及び労働契約)だけでなく、小規模事業者が顧客になる場合にも、「情報の質及び量並びに交渉力の格差」が存在することが意識的に論じられたからである。この点を確認できたことは、今後の民法の一般条項等の解釈において、より自覚的な対応につながると思われる。

 ⑵ 消費者概念の定義、消費者契約の特則

 中間論点整理で提案されていた、消費者概念を定義して、これを基礎に消費者契約の特則を定めていこうとする提案も見送られた。

 民法に消費者及び消費者契約といった概念が盛り込めたならば、その現代的な重要性をより広く社会に周知することができたかもしれない。しかし、中間論点整理のように、民法に通有的な定義規定を設けて、「特則として」の消費者契約のルールを定めていくという方向性には少なからず問題もあった。

 消費者契約法は、消費者及び消費者契約を定義しているが、小規模事業者などの保護を念頭に、解釈論としても、また立法論としてもいろいろな考えが示されているところである(日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編『コンメンタール消費者契約法〔第2版増補版〕』(商事法務、2015)等参照)。消費者契約法の定義規定を見直すべきだとの議論もある中、民法において消費者及び消費者契約を定義してしまうと、消費者契約法上の定義規定の見直しにおいて、民法上の定義との整合性についての議論も必要となり、見直しが難しくなってしまう危険性もあった。

 また、消費者契約法で用いられている「事業者/消費者」という基準は、契約当事者間に格差がある場合の重要な指標であることに間違いはないが、契約当事者間に格差がある場合の指標はこれだけではない。保証契約のように「法人/非法人(自然人)」という基準を用いる例もあるし、金銭消費貸借契約や不動産賃貸借においては一次的には「貸主/借主」の非対称性が基準となっている。また、金融取引においては「プロ/アマ」という基準が採用されている。議論されていた「事業者/消費者」という基準は、その実質は「事業者/非事業者」という基準である。民法という私法の一般法・基本法において、この基準のみを特別視して、これによって人を範疇化してしまうことは、適切な指標の選択という観点からは好ましいことではないようにも思われる[3]。この点で、消費者契約法において、その適用範囲を画するために消費者契約を定義するのとは異なる意味合いが生じる。

 実は、民法では、保証契約においては「事業のため」「事業に係る」という基準も使われている。これは民法が既に実質的に「事業者/消費者」の区分を用いているとみることもできる。今回の改正において、個々の条文において特則を設ける指標の一つという形で、「事業者/消費者(非事業者)」という基準を検討していれば、より建設的な議論ができたようにも思われる。

 いずれにしても、今回の改正の議論を通じて、現代社会における非対等な契約関係は、一つの指標のみで単純に切り分けることができるものではないことが、強く自覚されるようになったように思われる[4]。この視点は、今後、種々の法律の解釈においても、また、各種立法を行う際にも、十分に活かされるべきであろう。

 ⑶ 消費者契約法の改正

 消費者契約の特則として検討された項目は、それぞれの事項において、特則が必要であるとの一定の認識の下、その導入が検討されたものであった。特則の前提となる原則規定自体が取り上げられなかったために、特則を設ける必要性がなくなったものは別であるが、それ以外の項目については、民法改正に向けた議論における蓄積を前提に、導入が見送られた理由を吟味しつつ、消費者契約法において新たに規定を設けることも検討されてよいであろう。その際には、現在の消費者契約法の実体規定が、不当勧誘を理由とする取消しと不当条項の無効という二つの分野に限定されていることを見直すことも必要になると思われる[5]

 ⑷「消費法典論」(もう一つの方向性)

 現在、消費者に関する民事ルールは、消費者契約法を中心に、複数の単行法に分かれる形で存在している。消費者に関するルールのうち民事ルールを民法に取り込むという考え方はドイツなどにみられる法制であるが、他方で、フランスやイタリアにおいては、民事ルールに限らず、広く消費者に関するルールを一つの法律(消費法典)に統合する法制を採用している。

 今回の民法改正の議論は、消費者に関する民事ルールを民法に規定していこうというものであった。それゆえ、消費者法を統合していくことの是非やそのあり方の検討は行われなかった。民法への消費者ルールの導入が見送られたことを踏まえて、今後は、消費者に関する個別の法律を包括的な消費者法に統合していくこと(これを「消費法典論」あるいは「消費法典構想」という。)も一つの検討課題であるとの指摘もなされている[6]

 今回の民法改正の議論の過程において、様々な意見が出され、議論がなされた。これらの意見・議論は、もう一つの方向性としての「消費法典論」を論ずる上でも参考になるように思われる。

以上

 


[3] 信義則等の適用に当たっての考慮要素に関する中間試案の提案では、「消費者契約」という用語は使用していたが、これが例示に止まることもあり、その定義はしていなかった。

[4] 先に紹介した日弁連の平成24年の意見書が、労働者や中小事業者にも言及し、「消費者」概念以外の指標を用いた契約弱者の保護規定の導入を指摘したり、消費者に関する規定の反対解釈への懸念を示していたのも、このような問題意識によるものだと理解することができる。

[5] 2014年7月17日「消費者契約法日弁連改正試案(2014年版)」、河上正二編著『消費者契約法改正への論点整理』(信山社、2013)(特に第9章以下)参照。

[6] 中田邦博=鹿野菜穂子編『基本講義 消費者法〔第4版〕』(日本評論社、2020)19頁(中田邦博)、36頁(鹿野菜穂子)。

 

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