◇SH3462◇債権法改正後の民法の未来90 複数の法律行為の無効・解除等(上) 稲田正毅(2021/01/28)

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債権法改正後の民法の未来90
複数の法律行為の無効・解除等(上)

共栄法律事務所

弁護士 稲 田 正 毅

 

 ある法律行為(契約)について無効原因や解除原因がある場合に、一定の要件を満たす場合には、他の法律行為(契約)も無効となる、あるいは解除できるという法理を明文化することが検討された。しかしながら、これら法理について要件化できるほどに議論の蓄積はされていないなどの理由によって、立法化についての意見の一致には至らず、なお解釈に委ねるものとされた。

 本講は、これら議論の経緯を整理するとともに、検討過程で示された問題意識の整理を試みるものである。

 

1 最終の提案内容

(1)「複数の法律行為の無効」について

 複数の法律行為のうちの一つの無効が他の法律行為の無効をもたらす法理を明文化するためのルールが議論されたが、具体的な規定を示すには至らず、明文化は見送られた。

 

【参考】中間的な論点整理(第32 無効及び取消し)

2 一部無効

(3) 複数の法律行為の無効

 ある法律行為が無効であっても、原則として他の法律行為の効力に影響しないと考えられるが、このような原則には例外もあるとして、ある法律行為が無効である場合に他の法律行為が無効になることがある旨を条文上明記すべきであるとの考え方がある。これに対しては、適切な要件を規定することは困難であるとの指摘や、ある法律行為が無効である場合における他の法律行為の効力が問題になる場面には、これらの契約の当事者が同じである場合と異なる場合があり、その両者を区別すべきであるとの指摘がある。そこで、上記の指摘に留意しつつ、例外を条文上明記することの当否について、更に検討してはどうか。

 例外を規定する場合の規定内容については、例えば、複数の法律行為の間に密接な関連性があり、当該法律行為が無効であるとすれば当事者が他の法律行為をしなかったと合理的に考えられる場合には他の法律行為も無効になることを明記するとの考え方があるが、これに対しては、密接な関連性という要件が明確でなく、無効となる法律行為の範囲が拡大するのではないかとの懸念を示す指摘や、当事者が異なる場合に相手方の保護に欠けるとの指摘もある。そこで、例外を規定する場合の規定内容について、上記の指摘のほか、一つの契約の不履行に基づいて複数の契約の解除が認められるための要件(前記第5、5)との整合性にも留意しながら、更に検討してはどうか。

 

(2)「複数契約の解除」について

 中間試案においては下記提案がなされたが、要件を定めるについてのコンセンサスを得ることができず、明文化は見送られた。

 

中間試案(第11 契約の解除)

2 複数契約の解除

 同一の当事者間で締結された複数の契約につき、それらの契約の内容が相互に密接に関連付けられている場合において、そのうち一の契約に債務不履行による解除の原因があり、これによって複数の契約をした目的が全体として達成できないときは、相手方は、当該複数の契約の全てを解除することができるものとする。
 (注)このような規定を設けないという考え方がある。

 

2 検討がされた背景(立法事実)

(1)判例法理の明確化の観点

 ある法律行為について無効原因や解除原因がある場合に他の法律行為に影響があるかに関する最高裁判例としては、最二小判昭和30・10・7民集9巻11号1616頁と最三小判平成8・11・12民集50巻10号2673頁が挙げられる。

 前者の昭和30年判決は、親が娘を酌婦にして雇用者から受け取った前借金について、酌婦稼働契約が公序良俗に反して無効であることに加え、その金銭消費貸借契約も無効とし、親に対する貸金返還請求を斥けた事案である。当該判決では、親による前借金の受領と娘の酌婦稼働が「密接に関連して互に不可分の関係にあるものと認められるから」「契約の一部たる稼働契約の無効は、ひいて契約全部の無効を来すものと解するを相当する」と判示している。なお、当該事案は、複数の契約当事者間の契約に関する問題であり、また、酌婦稼働契約と金銭消費貸借契約を別個の契約としているか否かは判然としていない。

 他方、後者の平成8年判決は、同一契約当事者間において、リゾートマンションの売買契約とスポーツクラブの会員権契約が同時に契約されたが、スポーツクラブの屋内プールの完成が遅延したため、マンション購入者兼スポーツクラブ会員が、リゾートマンションの売買契約とスポーツクラブの会員権契約の双方の解除を主張した事案であり、これが認められている。当該判決では、「同一当事者間の債権債務関係がその形式は甲契約及び乙契約といった二個以上の契約から成る場合であっても、それらの目的とするところが相互に密接に関連付けられていて、社会通念上、甲契約又は乙契約のいずれかが履行されるだけでは契約を締結した目的が全体としては達成されないと認められる場合には、甲契約上の債務の不履行を理由に、その債権者が法定解除権の行使として甲契約と併せて乙契約をも解除することができるものと解するのが相当である」と判示している。

 これらの判例の具体的結論については、学説等においても支持されており、ある法律行為について無効原因や解除原因がある場合に、他の法律行為にも影響がある場合があるということには異論がない。そのため、判例で認められている確立した法理を明文化するべきであるという今回の民法改正における共通的な問題意識から、当該法理の要件の準則化が試みられたものである[1]

 

(2)契約及び取引の現代化への対応の観点

 今回の民法改正における共通的な問題意識の一つに、生活が多様化し、取引が複雑化・高度化した現代社会に、民法を対応させようというものがある。その観点からすると、現代の取引契約においては、個別に締結された複数の契約が相互に密接な関連性を有しており、その一部の契約の履行のみでは複数の契約全体の目的を達成できないような事例があらわれており、このような事例について、一つの契約の不履行または無効原因に基づき、複数の契約全体の解除または無効を認める必要性が高まっており、これを準則化する必要があるというものである[2]

 とりわけ、消費者取引においては、消費者が一定の目的の下、1つあるいは複数の業者との間で、複数の契約を締結することが非常に多くなってきている。携帯電話購入契約と通信サービスの利用契約の事例、スポーツクラブ等の娯楽施設利用契約や介護療養サービス契約と不動産売買契約または不動産賃貸契約の事例、あるいはリース取引被害などの事例である。これら消費者取引における消費者保護の観点から、抗弁権の接続という消費者保護規定(割賦販売法30条の4等)のみならず、一つの契約の不履行または無効原因に基づき、複数の契約全体の解除または無効を認める私法上の一般的ルールを創設することを求める声があった[3]

 

(3)比較法的観点

 他国立法において、一つの契約の不履行または無効原因に基づき、複数の契約全体の解除または無効を認めるルールが法文化されている例は見受けられないようである。部会資料では、フランス民法改正草案が紹介されている[4]

 

【参考】フランス民法改正草案

○カタラ草案 1172-3条

 相互依存関係にある契約のうちの一つが無効となるときは、同一のまとまりの中の他の契約の当事者は、それを失効したものとして扱うことができる。

○司法省草案 100条

 相互依存関係にある契約のうちの一つが無効となるときは、同一のまとまりの中の他の契約の当事者は、その無効がその他の契約の履行を不可能にする場合、または当事者の一方にとってのすべての利益を契約から失わせる場合には、それを失効したものとして扱うことができる。

 

(下)につづく

 


[1] 部会資料5-2(91~92頁)、部会資料13-2(45~46頁)。なお、民法(債権法)改正検討委員会編『詳解・債権法改正の基本方針Ⅰ――序論・総則』348頁(商事法務、2009)、同編『詳解・債権法改正の基本方針Ⅱ――契約および債権一般(1)』(商事法務、2009)318~319頁も参照。

[2] 部会資料5-2(91頁)

[3] 寺川永「複数契約の解除―改正で実現されなかった論点」ノモス46巻(2020)51~52頁)

[4] 部会資料13-2(46頁)

 


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(いなだ・まさき)

弁護士(大阪弁護士会所属)、関西学院大学大学院司法研究科教授、大阪大学大学院高等司法研究科招へい教授。
主たる業務分野は、事業再生、企業倒産、ベンチャー・中小企業支援、企業法務、M&A、商取引契約、不動産取引契約など。
著書等として、大阪弁護士会民法改正問題特別委員会編『実務解説 民法改正――新たな債権法下での指針と対応』(民事法研究会、2017)分担執筆、潮見佳男ほか編著『Before/After 民法改正』(弘文堂、2017)分担執筆、稲田正毅ほか「(改正民法対応)これだけは押さえておきたい担保の知識」SMBCコンサルティング 実務シリーズNo.210(2018)など。

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