◇SH3887◇最一小決 令和3年6月21日 売却不許可決定に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件(深山卓也裁判長)

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 担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け、同競売の基礎となった担保権の被担保債権が上記決定の効力を受ける場合における、当該債務者の相続人の民事執行法188条において準用する同法68条にいう「債務者」該当性

 担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け、同競売の基礎となった担保権の被担保債権が上記決定の効力を受ける場合、当該債務者の相続人は、民事執行法188条において準用する同法68条にいう「債務者」に当たらない。

 民事執行法68条、71条2号、188条、破産法253条1項本文

 令和3年(許)第7号 最高裁令和3年6月21日第一小法廷決定
 売却不許可決定に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件 破棄自判

 原 審:令和3年(ラ)第122号 東京高裁令和3年2月9日決定
 原々審:平成25年(ケ)第1011号 横浜地裁令和2年12月21日決定

1 事案の概要

 Aが所有する不動産につきAを債務者とする担保不動産競売の開始決定がされた後、Aについて破産手続が開始され、Aは免責許可の決定を受けたところ、上記競売の基礎となった担保権の被担保債権は上記免責許可の決定の効力を受けるものであった。その後、Aは死亡し、その子であるX等がAを相続した。

 本件は、上記の担保不動産競売事件において最高価買受申出人とされたXが、原々審において、買受けの申出が禁止される「債務者」(民事執行法188条、68条)に当たり、売却不許可事由(同法188条、71条2号)があるとして、売却不許可決定(原々決定)を受けたため、同決定に対して執行抗告をした事案である。

 

2 原決定

 原審は、担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け、同競売の基礎となった担保権の被担保債権が上記決定の効力を受ける場合であっても、当該債務者の相続人は「債務者」に当たると判断して、Xの執行抗告を棄却した。

 

3 本決定

 これに対し、本決定は、民事執行法188条において準用する同法68条の立法趣旨からすれば、上記相続人は「債務者」に当たらないと判断して、原決定を破棄し、原々決定を取り消した上、その他の売却不許可事由の有無につき審理を尽くさせるため、本件を原々審に差し戻した。

 

4 説明

 ⑴ 民事執行法68条、188条の立法趣旨

 債務者の買受けの申出の禁止を定める民事執行法68条は、同法(昭和54年法律第4号)の制定に伴い新設された規定である。旧法下では、債務名義に基づく強制競売又は担保不動産競売において債務者の買受資格を否定するか否かは解釈に委ねられており、強制競売については、債務者の買受資格を否定する立場(兼子一『増補強制執行法』(酒井書店、1951)244頁等)が通説であるとされていたが、担保不動産競売については、旧競売法(明治31年法律第15号)4条2項が動産競売について限定的にではあるが債務者の買受申出を認めていたことなどから、債務者の買受資格を肯定する立場(我妻榮『新訂担保物権法〔民法講義Ⅲ〕』(岩波書店、1968)334頁等)が通説であるとされていた。

 このように、旧法下では、債務者の買受資格を否定するか否かは立法政策の問題であるとされていたところ、上記のとおり強制競売において債務者の買受資格を否定する通説は、その主たる理由として、①債務者に差押不動産を買い受けるだけの資力があるのであれば、まず差押債権者に弁済すべきであること、②債務者が差押不動産を買い受けたとしても、請求債権の全部を弁済できない程度の競落代金の場合には、債権者は同一債務名義をもって更に同一不動産に対して差押え、強制執行をすることができるため、無益なことを繰り返す結果になり、これを許す場合には競売手続が複雑化すること、③自己の債務すら弁済できない債務者の買受申出を許すと、代金不納付が見込まれ、競売手続の進行を阻害するおそれが他の場合より高いことを挙げていた(三ヶ月章『民事訴訟法研究第2巻』(有斐閣、1962)153、154頁、鈴木忠一=三ヶ月章『注解民事執行法(2)』(第一法規出版、1984)479頁〔大石忠生、坂本倫城〕等)。

 そして、民事執行法においては、強制競売と担保不動産競売とは可及的に歩調を合わせるという立場から、強制競売又は担保不動産競売のいずれであるかを問わず債務者の買受資格を否定するものとされ、同法68条、188条が定められたところ、その主たる理由は、上記①ないし③とほぼ同様であるとされている(田中康久『新民事執行法の解説〔増補改訂版〕』(金融財政事情研究会、1980)183、427、428頁等)。

 ⑵ 「債務者」の範囲

 「債務者」の範囲については、これまで連帯債務者や物上保証人等が「債務者」に当たるか否かが議論されてきたにとどまり(鈴木=三ヶ月・前掲484頁以下〔大石、坂本〕等)、本件のように、担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け、同競売の基礎となった担保権の被担保債権が上記決定の効力を受ける場合の債務者やその相続人が「債務者」に当たるか否かについては、議論している文献や裁判例が見当たらない。

 もっとも、上記場合には、当該債務者やその相続人は、被担保債権を弁済する責任を負わず(破産法253条1項本文)、債権者がその強制的実現を図ることもできなくなる。そうすると、当該債務者については、これまで弁済を怠った本人として目的不動産を買い受けることがなお相当でないとする見解があり得るとしても、その相続人については、①目的不動産の買受けよりも被担保債権の弁済を優先すべきであるとはいえないし、②買受けを認めたとしても同一の債権の債権者の申立てにより更に強制競売が行われることもない。また、当該債務者については、代金不納付により競売手続の進行を阻害するおそれが類型的に高いことが否定できないにしても、その相続人については、③上記おそれが類型的に高いとはいえず、法が債務者の買受資格を否定した政策的理由がいずれも当てはまらない。上記相続人が形式的にみて債務者に当たることは否定し難いものの、上記のとおりその買受資格を否定すべき理由もない中でこれを否定する形式的な解釈を採ることは、政策的な理由から債務者の買受資格を否定したにすぎない民事執行法188条において準用する同法68条の解釈として妥当でないと考えられる。

 本決定は、以上のような考慮から上記の判断をしたものと考えられる。

 ⑶ 免責の法的性質

 なお、破産法253条1項本文にいう「責任を免れる」の意味については、責任が消滅するのであって、債務は消滅せず、自然債務として残存するとする説(自然債務説。我妻榮『新訂債権総論〔民法講義Ⅳ〕』(岩波書店、1964)70頁等)と、債務そのものが消滅するとする説(債務消滅説。兼子一『強制執行法・破産法〔新版〕』(弘文堂、1962)267頁等)とに見解が分かれている。もっとも、債務消滅説によれば、民事執行法68条、188条の立法趣旨を検討するまでもなく、Xは「債務者」に当たらないことになると考えられ、本決定は、従前の判例(最三小判平成9・2・25集民181号509頁、最三小判平成11・11・9民集53巻8号1403頁等)と同じく、通説とされる自然債務説を前提としているものと考えられる。

 

5 意義

 本決定は、これまで余り議論されてこなかった「債務者」の範囲に関して、最高裁として初めて決定要旨のとおりの法理を示したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと考えられる。

 

 

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