米国のSSRNから見るコーポレート・ガバナンスの最新動向
第1回 〈インタビュー〉SSRN(Social Science Research Network)について
早稲田大学法学部教授
渡 辺 宏 之
《商事法務メルマガ編集室》 |
―渡辺先生は最近、米国を拠点とした研究発表ネットワークであるSSRN(Social Science Research Network)で、積極的に研究活動を展開されておられます。まずは、SSRNとはどのようなものであるか、また、どのような意義があるのかについてお聞かせ頂けますでしょうか。
渡辺「SSRN(Social Science Research Network)は、法律学および社会科学系では世界最大のオンライン研究発表ネットワークであり、データベースです。SSRNは、米国を本拠とし、米国をはじめ、欧州等でも多くの研究者が参加しています。特に、米国の会社法・証券法等の研究者の大半は、SSRNを中心的な研究発表の拠点としているといっても過言ではありません。そのように、SSRNには米国や世界を代表する研究者が多数参加していますが、簡単な登録手続きをして「SSRN User Account」を作成すれば、誰でも同ネットワークの膨大なPaper ―論文等、大半は英語論文ですー が無料で閲覧・ダウンロードできます。SSRNに掲載されているPaperを探したい場合には、Home :: SSRNにリンクされているトップページから、テーマや著者名を英語で入力して検索することになります。」
「SSRN User (Account保有者)は、自らPaperを提出することもできます。Paperは提出手続後、同ウェブサイト上に即時掲載されますが、一般に閲覧可能となるのはReview(数週間から数か月程度)が終了してからです。ReviewはPaperの体裁や権利関係に関するものです。SSRNでは、各Paperのダウンロード数に基づいて、1994年以降にSSRNに掲載された過去の諸分野の全論文および全著者を対象に、総合ランキングが日々付与されることも、特徴のひとつです。細かく分類された個別の研究分野毎のランキングも、日々算出されます。」
「特に、米国の会社法や証券法関連の分野では、諸大学のジャーナル等に掲載される論文の大半が、まずSSRNにWorking Paperとして掲載されることが一般的です。それらのWorking Paperは、最終確定版に至るまでに通常は何度か改訂が繰り返され、そして、Working Paperが諸ジャーナル等に掲載された後も、SSRNのPaperとして引き続き掲載され続けることが一般的です。逆に、すでに確定版として諸ジャーナルや書籍に掲載された論文等を、後日SSRNに掲載するということもよく行われています。SSRNはそれ自体が、膨大なコンテンツを擁するオンラインジャーナルであるといえます。」
―昨年10月以降、会社法、証券法、金融法、信託法の分野において、渡辺先生の実に10本の論文が、SSRNにおいて新作論文のTop 10(Recent Top10 Papers)にランク入りしています。SSRNのランキングは、どのように確認することができますでしょうか。
渡辺「SSRNでは、論文が諸部門に細かく分類され、各部門毎に、過去60日間の「新作論文のランキング」である【Recent Top10 Papers】と、「1994年以降の累計のTop10論文」である【All Time Top 10 Papers】が、同ウェブサイトで日々公表されています。たとえば、Browse eLibrary :: SSRNというリンクから、「social science⇒+⇒corporate governance network⇒吹き出しリンクのタイトルの右側のi印⇒Top Downloaded」と順にクリックしていくと、SSRNの会社法関連全般をカバーする「Corporate Governance Network」部門の、その時点における【Recent Top10 Papers】と【All Time Top 10 Papers】が確認できます(SSRN Top Downloads)。順位は日々変動します。ちなみに、2021年4月末時点で、同部門に分類される論文(All Time Papers)の数は、約4万3千本です。」
「こうしたSSRNの【Recent Top10 Papers】は、いわば「最新の議論動向やトレンドの宝庫」であり、これらの論文を元に米国や諸国で今後の立法や政策提言等がなされる可能性も高く、目が離せません。また、各分野の【All Time Top 10 Papers】はいわば「殿堂入りの論文」であり、当該分野に関してこの25年ほどで最も読まれた、あるいは影響力のあった諸論文を確認することができます。なお、SSRNの各部門では、それぞれ、正式には「ejournal」と呼ばれる、大半が有料のニュースレターが月に1回程度発行され、【Recent Top10 Papers】に入っている論文をはじめ、最新の注目論文が掲載されています(参考:2021年1月8日に発行された「Corporate Governance &Finance ejournal」(抜粋))。」
―昨秋以降の渡辺先生のSSRNでのご活躍の理由については、どうお考えになられていますでしょうか。
渡辺「コロナ危機で世界中が大変な時期ですが、リモートワークが一気に普及し、海外出張費や移動時間を使わずとも海外での研究活動に参加が可能になった現在は、研究面では、世界に大きく打って出るまたとない好機であると思います。研究成果の発表や資料の収集においても、当然ながらますますオンライン化、ひいては国際化が加速しています。そして、海外の著名な大学や研究機関のシンポジウム等でも、web開催が一般的となってきたため、従来に比べて格段に容易に参加することが可能になりました。」
「論理的思考能力という点では、日本の研究者の水準は、国際的にも非常に高いのではないかと思っています。非常に優れた論文や学説でも、論理的な飛躍や矛盾から完全に免れることは至難の業です。また、法律学は事実を元に成り立つ学問ですが、そもそもの「事実」の捉え方やその意義については、さほど注意が払われないこともしばしばあります。自分は未だ卓越した理論など持ち合わせていませんが、常に「論理」と「事実」という議論の基本に立ち返りつつ、世界の優れた諸先生方の胸を借りて議論を試みているつもりです。自分自身の気概としては、かねてからご指導頂いてきた上村達男先生(早稲田大学名誉教授)の背中を見つつ「どんな凄い相手でも議論においては一歩も引かずに論戦する」という心意気に感銘を受け、また、海外の第一線の研究者と長年対等に仕事を行ってこられた神田秀樹先生(東京大学名誉教授)のお仕事ぶりに憧れ、自分もそのようにありたいものだとの願望を持ち続けてきました。」
「ちなみに、コロナ危機に関連して、剰余金の配当の問題について考察した拙稿「The Impact of the Coronavirus Pandemic on Annual Shareholders Meetings and DividendDetermination in Japanese Companies | Oxford Law Faculty」が、先日(2021年4月20日)、オックスフォード大学のOxford Business Law Blogに掲載されましたが、これも、SSRNにコロナ危機関連のOpinionとして昨年掲載していた小稿が、元になったものです。」
―SSRNは良い意味で非常に米国らしい研究発表の場であるといえますね。
渡辺「SSRNは、世界的な研究者が多数参加し主要な研究発表拠点としているにもかかわらず、誰でも加入でき、研究成果を発表することも可能な点が、きわめてリベラルです。他方で、各論文や各著者への注目度が日々数字化されるという、きわめて競争的な側面を有しています。SSRNでは、自分の研究成果を迅速に発表でき、コメント等を反映して適宜修正することも容易で、厳しい競争に常に晒されつつも、一定の読者の関心を得た論文はそれなりの評価を獲得することができます。非常に厳しいところではありますが、ある意味で理想的な研究発表の場であると考えています。これまで私は、自分の研究分野では米国のあり方を批判することが多かったですが、SSRNのような研究発表の場が存在し維持されているところに、米国の懐の深さや底力もひしひしと感じています。」
(聞き手:㈱商事法務 アドバイザリー・フェロー 小宮慶太)
第2回につづく
(わたなべ・ひろゆき)
早稲田大学法学部教授。専門分野は、会社法・資本市場法・金融法・信託法。東京大学特任准教授、早稲田大学准教授等を経て、2008年より早稲田大学教授。
〔渡辺 宏之(Hiroyuki Watanabe) – マイポータル – researchmap〕
https://researchmap.jp/read0164658
〔SSRN(Social Science Research Network)掲載論文〕
Author Page for Hiroyuki Watanabe :: SSRN
https://papers.ssrn.com/sol3/cf_dev/AbsByAuth.cfm?per_id=810174