◇SH3609◇ガバナンスの現場――企業担当者の視点から 第6回 投資家との対話内容の社内共有 京川吉正(2021/05/11)

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ガバナンスの現場――企業担当者の視点から
第6回 投資家との対話内容の社内共有

塩野義製薬株式会社
経営戦略本部 広報部長兼秘書室長

京 川 吉 正

 

 弊社トップの手代木は、企業が社会の公器として存続・発展していくには、株主・投資家、顧客、社会、従業員という4つのステークホルダーとバランスよく向き合うことが重要と考え、原則として自身のリソースの25%ずつを各ステークホルダーとの対話に充てることを意識している。健全な企業運営を行っていく上で各ステークホルダーに期待する役割は異なるが、投資家(株主)は、経営の改善に向けた的確な助言や建設的な批判等、中長期的な視点から多くの学びを頂ける存在であると考え、IR[1]へのコミットメントを重要視している。トップのそのような意向により、弊社ではIRグループを管理する広報部長が秘書室長を兼任し経営トップの抱える課題やスケジュールを正確に把握することで、経営層の意思を直接反映したIR活動を展開する組織を構築している。

 一方で、企業の成長の源泉は従業員に他ならない。経営改善あるいは従業員の一体感を醸成するための気づきとして、自社が社外の様々なステークホルダーからどのように見られているのか、投資家がどのように企業価値を評価しているのかを、広報部のIR、PR、ERの担当者[2]の連携により抽出し、適切かつ効果的に社内伝達することを心掛けている。中でも、経営陣や経営戦略本部、研究、開発、生産、販売の各バリューチェーンの幹部に対して実施するIRフィードバックでは、四半期毎または半期毎にIRでの対話内容を振り返り、投資家からの評価や頂いた課題などを分析した上で社内に共有している。その際に最も意識していることは、“一方通行”の共有とならないように工夫をすることである。投資家からの期待や懸念の背景や、社内と社外との認識のギャップを幹部や従業員に自分事として捉えてもらい、ディスカッションを通じて課題の深掘りやオペレーションの改善、現場のモチベーション喚起等に役立てることが重要である。

 このような取組みに加え、社内に対するエンゲージメント活動の工夫を3つの観点から紹介したい。

 1点目はIRチームと他組織との連携である。現在のIRチームは研究、開発、営業の出身者によりバランス良く構成されており、各バリューチェーンの現状や特性を理解した上で社内エンゲージメント活動を展開できる体制を整えている。他組織からの情報提供を求める際には、投資家のニーズや外部環境等を日頃から共有し信頼関係を築いておくことが重要である。10年程前に企業価値を大きく棄損する経営危機に直面した際、IRチームから担当組織に唐突に情報提供を依頼したものの、外部への説明に必要な情報をなかなか入手できないことがあった。それがIRフィードバックを全社に展開し始めたきっかけである。現在では決算や事業報告、中期経営計画などの立案・資料作成等への協力だけでなく、突発的な事象においても、とても前向きな協力を得ることができている。

 2点目は「社長メッセージ」の活用である。手代木は社長に就任した2008年以降、投資家との直接対話から得られた自社への期待、懸念点等も含めた8,000~10,000字程のメッセージを四半期毎に全従業員に向け配信している。伝言ゲームのように意図が婉曲されて伝わることのないよう、経営トップが一貫したメッセージを継続的に直接発信し、社外ステークホルダーとの関係性や企業としての存在意義を社内浸透させている。また、投資家から厳しい指摘を頂いた場合にも、具体的な内容を添えて配信し社内の奮起を促すこともある。さらに、社長メッセージを読んだ従業員から質問を受けた管理職層は、メッセージに込められた意味を詳細に部下に説明しなければならないため、IR情報への理解を深める機会にもなっている。

 3点目は外部公開資料の活用である。決算、各種説明会、統合報告書等が挙げられるが、これらは従業員に読んでもらうこともあらかじめ考慮して作成している。各資料は単なる情報の羅列ではなく、ストーリーを意識することで専門的な説明と一般的な説明の両面を担保しつつ、従業員にも浸透しやすい内容にしている。特に、複数年にまたがる中期経営計画の説明資料は、発出後1、2年で形骸化することのないよう、継続的な社内浸透施策が重要となる。従業員に会社の方針を自分事として捉えさせ、経営の状況を適時適正に認識させることは、企業業績にも影響を与えるものと考えており、広報IRが果たすべき役割と認識している。

 以上の通り、弊社におけるIRの取組み、社内エンゲージメントでの成功体験や工夫・反省点等について、僭越ながら要点を述べさせていただいた。本稿の記載内容が各社・各組織におけるコーポレート・ガバナンス改善の一助となれば幸いである。我々も現状に甘んじることなく、より建設的な投資家との対話の実践とIR情報の効果的な社内活用を心掛け、持続的な企業価値の向上に努めたい。

以 上



[1] IR: Investor Relations(投資家向け広報)

[2] PR: Public Relations(Media Relations:メディア向け広報)、ER: Employee Relations(Internal Relations:社内広報)

 

(きょうかわ・よしまさ)

1994年3月、東京農工大学大学院農学研究科修士課程修了、塩野義製薬株式会社に入社。新薬研究所(現・創薬開発研究所)において毒性生化学研究に12年間、その後医薬研究本部において2年間研究企画業務に従事。2008年に広報部へ異動後、約2年半の米国子会社シオノギインクでの勤務期間も含め、広報/IR業務に10年間従事。2018年4月より広報部長と秘書室長を兼任し、現在に至る。

 

 

本欄の概要と趣旨

  1.   SH3555 ガバナンスの現場――企業担当者の視点から 第0回 連載開始に当たって 旬刊商事法務編集部(2021/03/30)

 

旬刊商事法務のご紹介

「機関投資家との対話」をテーマとする掲載記事例

  1.   天野優=京川吉正=山田香織=澤口 実「〈座談会〉IR責任者に聞く」
    旬刊商事法務 2241号2242号
    投資家との対話の企業側の重要窓口であるIR責任者、その中でも先進的取り組みを進める企業の責任者に、IRセクション(社内他組織との関係含む)・投資家との対話・再改訂SSコード等に関する現状と課題認識を伺う。

その他の直近掲載内容

  1.  • 編集部「2020年商事法務ハイライト」旬刊商事法務 2250号
    編集部による座談会形式で2020年の掲載内容と編集部の取組みを振り返る年末号の掲載記事です。すべてご覧いただけます。
  2.  • 2020年下期索引
  3.  • 2021年までの目次一覧

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