◇SH0425◇最三小判 平成27年3月10日 所得税法違反被告事件(岡部喜代子裁判長)

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1 事案の概要

 本件は、馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定等に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に網羅的な購入をして、当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げていた被告人が、その所得につき正当な理由なく確定申告書を期限までに提出しなかったという所得税法違反の事案である。第1審以来、本件における当たり馬券の払戻金の所得税法上の所得区分及び外れ馬券の購入代金の必要経費該当性が争われた。

 

2 審理の経過

 検察官は、当たり馬券の払戻金は、所得税法上の一時所得に該当し、一時所得であれば直接的な費用のみが控除されることから、当たり馬券の購入代金のみが控除されると主張して、被告人の3年分の総所得金額を約14億6000万円、所得税額を約5億7000万円として起訴した。
 第1審判決は、本件購入態様による当たり馬券の払戻金は一時所得ではなく雑所得に当たると判断し、雑所得であれば必要経費が控除されるところ、本件外れ馬券の購入代金も必要経費として控除される旨判断して、被告人の総所得金額は約1億6000万円、所得税額は約5200万円にとどまると縮小して認定し、懲役1年の求刑に対し、懲役2月、2年間執行猶予を言い渡した。
 これに対し検察官のみが控訴したところ、原判決は、所得区分及び必要経費該当性について、いずれも第1審の判断を是認して検察官の控訴を棄却した。
 これに対し検察官が上告受理の申立てをしたところ、最高裁第三小法廷は、申立てを受理した上で、検察官の上告を棄却する判決をした。

 

3 本件の争点

 (1)争点①(一時所得か雑所得か)

 所得税法34条1項は、一時所得について、「一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」と規定している。
 また、同法35条1項は、雑所得について、「雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」と規定している。
 したがって、本件においては、当たり馬券の払戻金が同法34条1項にいう「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たれば一時所得ではなく雑所得に区分されることとなる(なお、本件につき同法27条に定める事業所得に区分されるとは認め難いと思われる。)。
 他方で、一般に、一時所得とは一時的、偶発的な所得をいうものと解されており、所得税基本通達34-1では、一時所得の例示として、懸賞の賞金、生命保険契約等に基づく一時金、家屋の立退料などとともに馬券の払戻金が挙げられている。
 一時所得か雑所得かで、本件において収入から控除できる費用が大きく異なってくるため、通常の馬券の購入とは異なる購入態様の本件に関し、払戻金が一時所得に当たるか、所得税法34条1項にいう「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」として雑所得に当たるかが争点となった。


 (2)争点②(雑所得に当たる場合の必要経費該当性)

 一時所得については、その性質上、必要経費という概念はなく、所得法34条2項により、直接に要した費用のみが控除されるが、雑所得であれば、同法37条1項に定める必要経費が、同法35条2項2号により、雑所得の金額の計算において控除されることから、本件では、所得区分に関し雑所得に当たると判断された場合に、外れ馬券の購入代金が必要経費に当たるか否かについても争点となった。

 

4 本判決の判断

 (1)争点①(一時所得か雑所得か)

 本判決は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である旨説示し、行為及び所得の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであるとの検察官の主張に対し、(ア)所得税法の沿革を見ても、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に関し、検察官が主張するような解釈がされていたとは認められない、(イ)いずれの所得区分に該当するかを判断するに当たっては、所得の種類に応じた課税を定めている所得税法の趣旨、目的に照らし、所得及びそれを生じた行為の具体的な態様も考察すべきである、(ウ)画一的な課税事務の便宜等をもって一時所得に当たるか雑所得に当たるかを決するのは相当でないなどの理由を説示して、検察官の主張は採用できない旨判断した。
 「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」という文言に照らせば、「継続的行為」という時間的にある程度の幅があることを意味する表現が用いられていることからも、その該当性を判断する際には、行為及び所得の本来の性質だけでなく、むしろそれらの具体的な態様等の事情を総合考慮することが文理解釈からは導かれるように思われ、本判決は、「文理に照らし」との文言を用いて、その趣旨を明らかにしたものと解される。(ア)については、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」という文言は、戦前の所得税法から継受されているが、戦前は一時所得は非課税とされていたところ(植松守雄『注解所得税法 五訂版』(大蔵財務協会、2011)224、825頁等)、同文言は、かつては非課税となる一時所得の範囲を画する概念として機能していたことなどが認められるにとどまる。また、検察官は、馬券の購入行為が本来は賭博の性質を有するから営利を目的とする継続的行為には当たらない旨の主張もしていたが、違法性や射倖性のある行為が「営利を目的とする継続的行為」から排除されるとの解釈が採られていたことはうかがわれず、むしろ、賭博に参加することによって得た利得が継続的に発生している場合には雑所得に該当するといえるとする論文(金子宏「テラ銭と所得税──所得の意義、その他所得税法の解釈をめぐって」『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣、2010)441頁〔初出1965年〕)があることなどが弁護人からは指摘されていた。(イ)については、一時所得か雑所得かの区分ではないものの、所得税法上のいずれの所得区分に当たるかが問題となった事案は少なくないが、所得区分に関する諸判例(例えば、不動産所得か譲渡所得かが争われた最二小判昭和45・10・23民集24巻11号1617頁、弁護士の顧問料収入について事業所得か給与所得が争われた最二小判昭和56・4・24判時1001号34頁、退職所得か給与所得かが争われた最二小判昭和58・9・9民集37巻7号962頁等)は、所得及びその発生原因の本来的な性質だけでなく、所得及びその発生原因の具体的な態様についても考察するという判断方法に親和的であるものと理解することができるように思われ、本判決は、本件においても同様の方法を採ったものと解される。
 そして、本判決は、具体的な購入態様等を総合考慮した上で、本件の事実関係について、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するといえるとの評価を示し、本件の当たり馬券の払戻金は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」として雑所得に当たる旨判断した。


 (2)争点②(雑所得に当たる場合の必要経費該当性)

 所得税法37条1項にいう必要経費とは、「取得を得るために必要な支出」のことであるとされており(金子宏『租税法〔第20版〕』(弘文堂、2015)282頁)、同項は、いわゆる費用収益対応原則によって収益に対応する費用を必要経費として定めているものと理解されている(植松・前掲970頁)。
 本判決は、その説示を見ると、本件における一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有することを主たる根拠として、外れ馬券の購入代金も当たり馬券の払戻金の収入と対応する費用であると認めて必要経費として控除することができると判断したものと解される。これに対し、大谷剛彦裁判官は、本判決に付された意見において、当たり馬券の払戻金は、当該当たり馬券によって発生し、外れ馬券はその発生に何ら関係するものではないから、外れ馬券の購入代金は、単なる損失以上のものではなく、払戻金は対応関係にないといわざるを得ない旨を述べられている(なお、大谷裁判官も上告棄却の結論には加わられている。)。大谷裁判官が更に指摘されているように、本件においては、必要経費該当性の判断は、一時所得か雑所得かの所得区分の判断に密接に関連しているといえるところ、本件の馬券の購入態様に関する事実関係に照らし、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有すると評価できるか否かという事実関係の評価の違いが、所得区分及び必要経費該当性の双方について、本判決と検察官との結論の違いとなって現れたものと考えられる。

 

5 終わりに

 本件は、戦前の所得税法の文言を継受している所得税法や通達が想定していなかったと思われる新たな態様によって生じた所得に関し所得税法の解釈が問われた事件であることなどから、最高裁の判断が注目されていた事案である。本判決は、事実関係に即した事例判断ではあるものの、今後の課税実務や同種事案の処理に与える影響は大きいものと思われる。なお、本判決後に、馬券の払戻金に関し、本判決の内容を踏まえて、所得税基本通達34-1は改正された。

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