中国:RCEP協定と中国ビジネス(2)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 若 江 悠
2 サービス分野
サービス分野においては、他の締約国のサービス及びサービス提供者に対し、自国の同種のサービス及びサービス提供者よりも不利でない待遇を与えなければならないとする内国民待遇義務、外資出資比率等の制限を行わないとする市場アクセス義務、並びに最恵国待遇義務等について規定されている。
市場アクセスに関し、中国はポジティブリスト方式、すなわち附属書Ⅱに記載する特定の分野に限っての開放約束を行ったが、RCEP協定発効後3年以内にネガティブリスト方式(特定の分野以外については原則開放する方式)での開放約束に転換する手続を開始しなければならないとされている。
外務省等の2021年4月付けファクトシートでは、「サービスの貿易に関する一般協定(WTO・GATS)や、これまでの我が国の締結済みのEPAにはない約束が含まれており、協定上に規定することにより、日本企業の海外展開における法的安定性や予見可能性が高まることが期待される」とされ、そのうち中国については、生命保険及び証券サービス、高齢者向け福祉サービス、高級物件(アパート・オフィスビル等)の不動産サービスについて外資出資比率に係る規制を行わないことを新たに約束したとされている。たしかにこれらの事項につき外資独資企業の設立が許される旨が付属書Ⅱには含まれている。しかし、これらの分野はすでに、いずれも中国の現行の外商投資参入特別管理措置(いわゆるネガティブリスト)に規定されている業種ではなく、特に外資比率の制限はすでに設けられていない。(生命保険及び証券については2020年版のネガティブリスト、高級物件の不動産サービスは2015年の外商投資指導目録にて、制限がそれぞれ削除された。高齢者向け福祉サービス(養老機構)については、制限が課せられていないだけでなく、2011年以降むしろ奨励類とされている業種である。)
3 投資
投資一般についても、RCEP協定は内国民待遇義務や最恵国待遇義務、経営幹部への特定の国籍を有する者の任命の要求を行わない義務等が規定されている。
非サービス業(農業、漁業、鉱業及び製造業)への投資については、中国も他国同様ネガティブリスト方式で開放を約束し、外商投資参入特別管理措置等の国内法令に基づく既存の措置を超えて自由化の程度を悪化させないことを約束している(いわゆるラチェット条項)。これまでの中国の規制動向を見る限り、いったん外資規制を緩和したものを再び厳しくすることは通常行われていないとはいえ、将来中国が法令を一方的に変更して外資制限を現状より厳しくすることのないよう、国際的な約束に服させたという一定の意味はあるかもしれない。
また、外国投資家に対して、投資の条件として、投資先企業への技術や製造工程の移転や関連情報の開示等を要求し、又はライセンス契約に基づくロイヤリティを一定の率や額にするよう要求してはならないこと等も約束されている。これらの事項も、外商投資法はじめ既存の中国の国内法にてすでに規定されているものである一方、中国における実務では、実質的には地方政府当局の要求であるにもかかわらず形式的には合弁パートナーの側からこの種の内容が要求されるような事態も見受けられるところである。RCEPにこれら約束が規定されたことで、実務運用がさらに改善されることが期待される。
4 その他の定め
RCEPは、上記に加え、知的財産、電子商取引、競争政策、政府調達といった事項についても規定している。
そのうち目新しいのは電子商取引に関する規定である。締約国が事業者らに対して、サーバーを自国に設置させること(いわゆるdata localization)を要求することの禁止や事業者に対しクロスボーダーの電子的手段による情報の移転を制限することの禁止などが規定された。とはいえ、いずれも、(恣意的若しくは不当な差別又は偽装された取引制限を構成するものでない限り)公共政策目的を実現するため、又は重要な安全保障上の利益を保護するために必要と考える手段をとることは、協定上も許容される。中国のネットワーク安全法等既存の国内法による個人情報の国外移転への制限につき、一定の国際的な制約が課せられたとはいえよう。また、デジタルコンテンツなどの電子送信につき関税を課さない現状の運用を維持することや、原則的に電子署名の有効性を認め、電子署名を奨励することなども定められている。
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(わかえ・ゆう)
長島・大野・常松法律事務所パートナー。2002年 東京大学法学部卒業、2009年 Harvard Law School卒業(LL.M.、Concentration in International Finance)。2009年から2010年まで、Masuda International(New York)(現 NO&Tニューヨーク・オフィス)に勤務し、2010年から2012年までは、当事務所提携先である中倫律師事務所(北京)に勤務。 現在はNO&T東京オフィスでM&A及び一般企業法務を中心とする中国業務全般を担当するほか、日本国内外のキャピタルマーケッツ及び証券化取引も取り扱う。上海オフィス首席代表を務める。
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