◇SH3616◇米国のSSRNから見るコーポレート・ガバナンスの最新動向 第2回 米国ビジネスラウンドテーブル新宣言(2019年8月)について 渡辺宏之(2021/05/14)

未分類

米国のSSRNから見るコーポレート・ガバナンスの最新動向

第2回 米国ビジネスラウンドテーブル新宣言(2019年8月)について

早稲田大学法学部教授

渡 辺 宏 之

 

はじめに

 筆者は、昨年9月より米国のSSRNを中心拠点に研究活動を行っている〔SSRN=Social Science Research Network、特に米国の会社法・証券法学者等の多くはここを主要な研究発表の拠点にしている(本連載第1回をご参照)〕。また、米国や欧州で行われる会社法関連の最新のシンポジウム等にも多数参加している。本稿の第2回以降では、そうした研究者の眼から見た、コーポレート・ガバナンスに関する最新の動向とそこからの示唆につき述べる。

 

「米国ビジネスラウンドテーブル新宣言」(2019年8月)と「ステークホルダー主義」

 米国型の株主資本主義が大きな転機を迎えつつある。米国における主要企業の経済団体である「ビジネスラウンドテーブル(Business Roundtable)」は、2019年8月19日に「脱・株主第一主義」の宣言(Statement)を出し、従来の「株主第一主義を見直し、従業員や取引先、地域社会、株主といったすべての利害関係者の利益に配慮し、長期的な企業価値向上に取り組む」と宣言した(Business Roundtable Redefines the Purpose of a Corporation to Promote ‘An Economy That Serves All Americans’ | Business Roundtable)。これは、JP Morgan Chase、Amazon、GMなど、米国を代表する企業の181人のCEOらが、それぞれ個人名で署名した契約書の集合のようなものであって、非常に重い意味を持っている。連邦会社法のない米国で、このビジネスラウンドテーブルの宣言は法源の一種とみなされる。ビジネスラウンドテーブルは、1997年に「株主第一主義」の宣言を出し、「経営陣と取締役会は、多様なステークホルダーの中で、株主に対して最大の義務を負う」ことを宣言していただけに、新たな宣言の意義と衝撃はきわめて大きいものである。

 欧州においても、欧州委員会(EC)が2020年7月に「サステイナブルなコーポレート・ガバナンスと取締役の義務」に関する最終報告書を公表し〔Study on directors’ duties and sustainable corporate governance – Publications Office of the EU (europa.eu)〕、非常な論議を呼んでいる(ECの同報告書については、本連載第3回で扱う予定)。

 

「株主資本主義」からの「強烈な巻き返し」の動き

 こうしたいわゆる「ステークホルダー主義」の流れに対し、2020年の後半頃から、米国の学界を中心に「株主資本主義」からの「強烈な巻き返し」の動きが出てきている。特に、会社法やLaw and Economics(法と経済学)の分野で世界的に圧倒的な影響力を有する、ハーバード大のLucian Bebchuk(ベブチャク)教授らによる根本的な批判論文が発表され波紋を呼んでいる〔The Illusory Promise of Stakeholder Governance by Lucian A. Bebchuk, Roberto Tallarita :: SSRN〕。

 Bebchuk教授らによる上記論文における調査結果によれば、(ⅰ) ビジネスラウンドテーブルの新宣言は、ほとんどの署名企業で取締役会に付議されておらず、CEOが“勝手に”署名したものである。また、新宣言を受け入れた各企業の「コーポレートガバナンス・ガイドライン」にも新宣言の趣旨を盛り込んだものはほとんどない。(ⅱ)アメリカの企業の報酬構造に関する調査結果は、CEOや取締役が株主の利益を優先するインセンティブが強固にあることを示す。また、1980年代後半から1990年初頭にかけて多くの州で導入された「反・企業買収法」の下でも、取締役は諸ステークホルダーの利益を図るために与えられた権限をほとんど行使しなかったという調査結果が示された。(ⅲ)さらに、会社経営に関するいわゆる「ステークホルダー主義」は、構造的な問題を抱えているためすべて失敗し(株主を通じた経営への規律の弱体化、ステークホルダー間の利益相反等)、あらゆる点で「株主第一主義」の方がbetterな結果を生むと結論付けている。

 

Bebchuk教授らの見解について

 Bebchuk教授らの「米国ビジネスラウンドテーブル新宣言」に関する上記の批判については、新宣言の趣旨を実現するために真摯に受け止めるべき内容も、少なからずあると思われる。新宣言に署名するに際して各CEOが取締役会に付議しなかったことは(ちなみに、Bebchuk教授らはこの点をCEOの権限違反だと主張しているわけではない)、大きな転換のための突破口を開くためにやむを得なかった(あるいはむしろ英断)といいうるが、米国企業の取締役や経営者に未だに残る「株主重視の強いインセンティブ」を変えられないことには、新宣言がパフォーマンス(show)と揶揄されても仕方ないものと思われる。しかし、諸ステークホルダー間の利益相反その他の構造的な問題については、株主間にも同様の問題が存在するといえる。そして、Bebchuk教授らが依拠する株主第一主義についても、様々な「前提」や「神話」の上に成り立っていることが指摘できる。

 なお、Bebchuk教授らの上記SSRN論文の掲載頁右側の「Citations」の部分をクリックすると、同論文に言及している他のSSRN論文がリンクされており(以下の2本の拙稿を含む)、どのような議論がなされているかを確認することができる。

U.S. Business Roundtable New Statement in August 2019 ~From the point of Japanese law by Hiroyuki Watanabe :: SSRN

Japan’s Corporate Governance Code From the Perspective of ‘Sustainable Growth of the Company and Improvement of Medium- to Long-Term Corporate Value’ [Appendix] Comments on Recent Criticisms of “Stakeholderism” and “Anti-Criticism of Short-Termism” etc. by Hiroyuki Watanabe :: SSRN

〔参考:2021年1月8日発行の「Corporate Governance & Finance ejournal」(抜粋)〕
 

 Bebchuk教授はその後、2021年1月に、Harvard Business Reviewに「(株式市場の)短期主義批判への反批判」に関する論文を発表した(Don’t Let the Short-Termism Bogeyman Scare You (hbr.org))。Bebchuk教授のこの論文では、ビジネスラウンドテーブルの新宣言やステークホルダー主義への批判は言及されず、「短期主義批判への反批判」を通じて、「株式市場の機能と株主によるエンゲージメントの本質的重要性」に対象を絞り、そこを守り抜こうという強い意志が感じられる。筆者も「株式市場の機能と株主によるエンゲージメントの本質的重要性」については肯定しているが、Bebchuk教授はアクティビストの活動の意義を最大限に評価している。アクティビストの活動が会社経営に与える影響については、Bebchuk教授らの研究を始めすでに多くの実証研究があり。その結論は大きく分かれている。今後は、実証研究をいかに精査していくかが、議論の重要なポイントになるであろう。

第3回につづく

 

米国のSSRNから見るコーポレート・ガバナンスの最新動向 第1回 〈インタビュー〉SSRN(Social Science Research Network)について 渡辺宏之(2021/05/07)

 


 オックスフォード大学のOxford Business Law Blogに掲載された、コロナ危機に関連して、剰余金の配当の問題について考察した渡辺宏之教授の論説「The Impact of the Coronavirus Pandemic on Annual Shareholders Meetings and  DividendDetermination in Japanese Companies | Oxford Law Faculty(本連載第1回で紹介)が、5月8日付けで同Blog記事の月間ランキング1位となりました。

Top 10 posts published in the last 30 days, Oxford Business Law Blog
https://www.law.ox.ac.uk/business-law-blog/top-10-posts-published-last-30-days

 なお、ランキングは日々変動します。

《商事法務メルマガ編集室》

 

 


(わたなべ・ひろゆき)

早稲田大学法学部教授。専門分野は、会社法・資本市場法・金融法・信託法。東京大学特任准教授、早稲田大学准教授等を経て、2008年より早稲田大学教授。

〔渡辺 宏之(Hiroyuki Watanabe) – マイポータル – researchmap〕
https://researchmap.jp/read0164658

〔SSRN(Social Science Research Network)掲載論文〕
Author Page for Hiroyuki Watanabe :: SSRN
https://papers.ssrn.com/sol3/cf_dev/AbsByAuth.cfm?per_id=810174

タイトルとURLをコピーしました