◇SH3620◇ガバナンスの現場――企業担当者の視点から 第7回 「ESG投資」の潮流と実務上の留意点 天野優(2021/05/18)

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ガバナンスの現場――企業担当者の視点から
第7回 「ESG投資」の潮流と実務上の留意点

伊藤忠商事株式会社 IR部長

天 野   優

 

 最近、新聞や雑誌、TVやインターネット等で、「ESG」、「CSR」、「SDGs」といった言葉を目にしない日はないが、言葉そのものの定義や、それぞれの違いや関係性を正確に理解して、説明できる人は意外に少ないのではないかと思う。本稿のタイトルにも使用している「ESG投資」は、企業の持続的な成長のために必要とされる、「Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)」の3つの要素を考慮した投資であり、機関投資家やアセットオーナー等が、投資先企業の「サステナビリティ(持続可能性)」をいかに評価するかが重要となる。また、評価を行う際には、投資先企業が将来にわたり稼得した利益を源泉として株主還元を実施し続けること、即ち、投資先企業における「収益力の維持・向上」が大前提となる。この前提が崩れてしまうと、投資先企業の「サステナビリティ(持続可能性)」どころか、企業の「寿命」そのものを縮める議論にも繋がってしまう。

 新型コロナウイルス感染症の収束が未だ見えぬ中、S(社会)に関する課題も山積しているが、昨今の「ESG投資」における最大の関心事は、E(環境)における「気候変動」対応であると考えている。世界の温室効果ガス(GHG)排出量の上位2か国は、多い順に中国と米国となっているが、中国が昨年9月に「2060年までのGHG排出量実質ゼロ」を表明して以降、両国は競うかのようにGHG削減目標の引き上げと前倒しを行い、「気候変動」対応の動きを加速している。また、日本についても、それに呼応する形で、今年4月の気候変動サミットで「2030年度GHG排出量の2013年度比46%削減」等を表明したことは記憶に新しい。

 「ESG投資」の観点から言えば、こうした各国政府の対応が加速すればするほど、今後、各企業は、従来以上に具体的なGHG削減に向けたマイルストーン、実現可能性の高い方針が求められることを意味する。各企業が自ら掲げたGHG削減目標に関して、ある程度の「時間的猶予」を見ていたものが「待ったなし」の状況となり、いかにスピード感を持って達成していくかという実現可能性の視点がより重要視されてくる。

 一般的にE(環境)の課題に関して、各企業は、「機会とリスク」を特定した上で、取り組む必要がある。勿論、GHG削減は、新規ビジネス等の「機会」の創出をもたらすが、収益化に一定の期間を要することを考慮すると、各企業は先ず、対応遅れに伴う既存の収益力の毀損や企業評価の低下を回避する等の「リスク」の低減を図るべきと考える。

 このような状況を踏まえ、IR活動を実施する際の企業側、投資家側のそれぞれの課題として、特に以下の3点に留意する必要があると考えている。

 

  1. 企業側の課題:優先度の特定と実行可能性を伴うGHG削減施策
  2.    言わずもがな、各企業が「気候変動」対応を講じた結果、GHGが大幅かつ確実に削減されなくては意味がない。上述の「待ったなし」の状況を踏まえると、各企業は、例えばGHG排出量の大きい事業から撤退する、あるいはGHG排出量の少ない製品・資産に代替するといったことを、その難易度も勘案の上、効率的に実施していく必要がある。今後は、「今出来ることを着実に実施する」という優先度の特定と進捗度に関する情報の継続開示が、極めて重要になると考える。また、例えば、当社は総合商社ゆえ、メーカーのようなGHG削減を可能にする新技術等の開発自体は困難であるが、GHG削減に繋がる製品・サービス等の提供は、比較的得意な企業である。自社の努力だけではGHG削減が困難なビジネスについて議論するよりも、各企業の特性や得手不得手に合わせて、GHG削減が容易なビジネスについて議論を行う方が、全体最適となる。そういう意味では、企業間のGHG削減における「役割分担」をより意識した情報開示が、今後、更に重要になると考える。
     
  3. 投資家側の課題:形式性のみに捉われない評価軸・体制の整備
  4.    現状、投資家からの質問の太宗は、GHG削減目標自体の有無やサプライチェーンにおけるGHG排出量の状況(Scope1~3)に関するものである。上記①の裏返しの課題であるが、GHGの排出は一律で「悪」ということでなく、各企業が「今出来ることを着実に実施しているか」という視点での評価軸・体制の整備等をお願いしたい。一定の「成果」をこの数年間であげなくてはならないという「時間的な制約」がある中で、例えば製鉄等、代替する技術開発に時間を要する一方で、社会に必要不可欠な製品はある程度残し、代替可能な製品・サービスを中心にGHG削減を図っていく、あるいは生活品のロスの削減を図っていくといった「割り切り」も必要、かつ現実的であると個人的には考えている。更に、投資先企業のGHG削減量の多寡についての議論のみならず、例えば、メーカーで言えば、新たに開発した技術や提供している新製品・サービスが世界のGHG削減にどれだけ貢献しているかといった評価軸も併せて、ご検討頂ければと思う。
     
  5. 企業側と投資家側の双方の課題:有効かつ継続的な「対話」の実践(コミュニケーション向上)
  6.    GHG削減が上述の「待ったなし」の状況になると、一定期間にわたりGHG削減コストが織り込まれ、企業収益が伸び悩むといった事象が生じ得る。更に、GHG削減に伴い撤退・縮小する組織に属する従業員をどうするかといった問題も想定される。このような議論は、企業から開示される公表物のみでは、正確な内容把握が難しいため、企業側の説明と投資家側の要望に「隙間」が生じる可能性が高い。投資家がGHG削減を理由にポートフォリオの入替を投資先企業に求めた結果、企業の収益力が損なわれ、株主還元の低下の形で投資家に戻ってくる可能性すらある。企業と投資家が互いに納得性を持って議論し、健全な企業経営が行われることが極めて重要であるため、改めて有効かつ継続的な「対話」の実践を通じたコミュニケーションの向上が、必須であると考える。

 最後になるが、各企業がGHG削減を積極的に推進するには、規制緩和やインフラ整備等が不可欠となる。官民連携が、短期間でのGHG削減の「鍵」となるため、スピード感を伴う日本政府の対策を是非お願いしたい。

以 上

 


(あまの・すぐる)

横浜国立大学大学院経営学研究科の修士課程修了後、1995年4月に伊藤忠商事株式会社に入社。入社後は、本社経理を中心にキャリアを積み、全社の決算業務や開示資料の作成等に従事。2012年5月に経理部単体決算管理室長に就任。その後、全社の経営企画を担う業務部を経て、2018年5月より現職。(IR部は2021年1月1日付で従前のIR室より改組)

 

 

本欄の概要と趣旨

  1.   SH3555 ガバナンスの現場――企業担当者の視点から 第0回 連載開始に当たって 旬刊商事法務編集部(2021/03/30)

 

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