◇SH2159◇最三小判 平成30年7月17日 放送受信料請求事件(林景一裁判長)

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 日本放送協会の放送の受信についての契約に基づく受信料債権と民法168条1項前段の適用の有無

 日本放送協会の放送の受信についての契約に基づく受信料債権には、民法168条1項前段の規定は適用されない。

 民法168条1項前段、放送法64条

 平成29年(受)第2212号 最高裁平成30年7月17日第二小法廷判決 放送受信料請求事件 上告棄却(民集登載予定)

 原 審:平成29年(ネ)第1082号、第1613号 大阪高裁平成29年9月8日 放送受信料請求控訴、同附帯控訴事件
 原々審:平成28年(ワ)第8889号 大阪地裁平成29年3月22日 放送受信料請求事件

 本件は、日本放送協会(反訴原告・被控訴人兼附帯控訴人・被上告人)が、遅くとも平成7年6月末までに日本放送協会の放送の受信についての契約を締結したY(反訴被告・控訴人兼附帯被控訴人・上告人)に対し、同契約に基づき、平成23年4月分から平成29年5月分までの受信料合計9万6940円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。Yは、日本放送協会が同契約に基づく受信料の支払を20年間請求しなかったことから、民法168条1項前段所定の定期金債権の消滅時効が完成したと主張して争った。

 

2 事実関係等

 (1) Yは、日本放送協会と受信契約を締結し、平成7年6月30日、日本放送協会に対し、同契約に基づき、少なくとも同年7月分の受信料1370円を支払った。

 (2) Yは、平成7年8月分以降の受信料の支払をしない。

 

 原審は、日本放送協会の請求を認容すべきものと判断した。原判決に対して、Yが上告受理申立てをした。最高裁判所第三小法廷はこれを上告審として受理し、判決要旨のとおり、日本放送協会の放送の受信についての契約に基づく受信料債権には民法168条1項前段の規定は適用されないとの判断を示して、上告を棄却する判決をした。

 

 本件の争点は、日本放送協会の放送の受信についての契約に基づく受信料債権に民法168条1項前段の規定が適用されるか否かである。

 本判決以前には民法168条に関する最高裁判決はなかった。また、下級審の裁判例も乏しいが、後記のとおり、日本放送協会の受信料債権について、民法168条1項の適用を否定する判断を示したものと、適用を肯定する趣旨の説示をしたものがあり、本件の争点に関する下級審の解釈は一致していなかった。

 以下では、定期金債権の消滅時効に関する通説的な見解を確認し、関連する従前の判例、裁判例を概観した後、本判決の内容、意義等について触れることとする。

 

 (1) 定期金債権の消滅時効については、基本的には、以下のように理解するのが一般的と思われる。

 すなわち、一定の金銭その他の代替物を定期に給付させることを目的とする債権を定期金債権といい、一定期日の到来によって具体化した給付請求権(支分権)は通常の消滅時効にかかり(ただし、民法167条1項の10年の消滅時効ではなく、民法169条の適用を受けることが多い。)、民法168条1項は支分権を生み出す基本権としての定期金債権の時効について規定しているというものである。そして、基本権としての定期金債権が時効消滅した場合、その後、支分権は発生しないし、一旦発生した支分権も消滅する(我妻栄『新訂 民法総則』(岩波書店、1965)489頁、川島武宜『民法総則』(有斐閣、1965)522頁、川島武宜『注釈民法(5)総則(5)』(有斐閣、1967)325頁〔平井宜雄〕、加藤雅信『新民法体系Ⅰ 民法総則〔第2版〕』(有斐閣、2005)408頁)。

 (2) そして、定期金債権の具体例として、終身年金及び一定の有期年金における年金債権、扶養料債権、賃料債権、永小作料債権、地上権の地代債権、利息債権等を挙げつつ、これらの定期金債権に当たるもの全てについて民法168条1項の適用があるとするのではなく、債権の種類毎に民法168条1項の適用があるか否かを検討し、民法168条1項の適用がないものを認める見解が多い(前掲我妻489頁、前掲川島『民法総則』522~523頁、前掲川島『注釈民法(5)総則(5)』325~326頁〔平井宜雄〕)。例えば、前掲川島『民法総則』523頁は、「扶養料債権のうち、一定の親族関係にもとづいて法律上当然に生ずるものについては、その親族関係が存在するあいだは基本権としての扶養料債権のみの時効を認める余地がない」、「賃借料債権・永小作料債権は、それぞれ賃貸借契約・永小作権の一部をなすものであり、それらから離れて独立して時効にかかることを認むべきではない」、「契約によって生ずる利息債権も主債権から独立して時効にかからない」などとし、民法168条1項が適用されない定期金債権を広く認めている。地上権の地代債権について、前掲川島『注釈民法(5)総則(5)』326頁〔平井宜雄〕は民法168条1項の適用を認めるが、これと異なり、地上権に基づく現実の土地利用が行われていて、それによって利益を受けている関係が進行している中で、地代の債権だけが民法168条で消えることはないという見解もある(商事法務編『民法(債権関係)部会資料集 第2集(第12巻)――第1から第3分科会 議事録と分科会資料』(商事法務、2016)384頁。山野目章夫教授の発言)。そして、前掲川島『注釈民法(5)総則(5)』326頁〔平井宜雄〕は、民法168条が適用されるべき定期金債権は実際には必ずしも多くないようであり、民法168条が実際に問題となる場合は乏しいとする。

 このように、定期金債権に当たる債権であっても民法168条1項の適用のない債権があることを認め、その例として賃料債権等を挙げる見解が多数であり、これらが通説といえると思われる。また、これらの学説は、定期金債権の種類毎に、その発生原因に係る法律関係を分析・検討して、民法168条1項の適用の有無を決しているように思われる。

 

 本件に関連する判例、裁判例として、次のものがある。

 (1) 大判明治40年6月13日民録13輯643頁

 この判決は、「民法168条の定期金の債権は定期毎に若干ずつの金銭又はその他の物の給付を受くべき基本の権利例えば年金権又は養料の権利の類をいう」旨を説示して、分割払を約した貸金債権は、これには当たらない旨の判断を示した。

 この解釈は、かつては学説に反対説があったが、現在では異論をみないとされている(前掲川島『注釈民法(5)総則(5)』325頁〔平井宜雄〕)。

 (2) 最二小判平成26年9月5日集民247号159頁

この判決は、日本放送協会の受信料債権(支分権)の消滅時効期間について、「原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人(日本放送協会)の放送の受信についての契約においては、受信料は、月額又は6箇月若しくは12箇月前払額で定められ、その支払方法は、1年を2箇月ごとの期に区切り各期に当該期分の受信料を一括して支払う方法又は6箇月分若しくは12箇月分の受信料を一括して前払する方法によるものとされている。そうすると、上告人の上記契約に基づく受信料債権は、年又はこれより短い時期によって定めた金銭の給付を目的とする債権に当たり、その消滅時効期間は、民法169条により5年と解すべきである。」旨の判断をした。

 (3) 大阪高判平成26年5月30日公刊物未登載

 日本放送協会の受信料債権について、民法169条の適用があるかが争点となった事案において、日本放送協会が、「受信料債権に対する民法168条の適用は否定されるべきであり、そうである以上、同法169条の適用も否定されるべきである。」と主張したのに対して、大阪高裁は、「控訴人(日本放送協会)は、放送法の定める控訴人の目的からして、受信料債権には民法168条の適用がない旨主張するが、そのように解すべき合理的な理由は見当たらないし、そもそも、第1回の弁済期から20年間もの長期間にわたって定期金債権が行使されない場合には、権利者の懈怠は明らかであって、そのような場合に、権利の行使がもはや認められなくなるのは、時効制度の趣旨からみてやむを得ないことであるといえる。そして、控訴人が受信料債権についての権利行使を懈怠すること自体が、控訴人の主張する放送法所定の控訴人の目的 (中略) に反する結果を招くものである」旨を説示して、日本放送協会の主張を排斥した。

 (4) 神戸地判平成26年12月16日公刊物未登載

 日本放送協会の受信料請求事件において、債務者が民法168条1項の消滅時効を援用したのに対し、神戸地裁は、「定期金債権には、永小作料債権や賃料債権のように、それぞれ永小作権、賃貸借の一部をなしているため、独立して消滅時効にかからないものがある(なお、その支分権には民法169条が適用される。)。そして、本件受信契約は、被控訴人(日本放送協会)の放送を受信することの対価として放送受信料を支払う趣旨の契約であるから、同契約に基づく放送受信料債権は、被控訴人の放送を受信する契約上の地位が保たれている限り発生を続ける性質のものであって、同契約の一部をなしており、独立して消滅時効にかかるものではないと解される。そうすると、本件受信契約に基づく放送受信料債権は、上記永小作料債権や賃料債権と同様に、民法168条1項の適用がないというべきである。」旨を説示して、債務者の主張を排斥した。

 

 本判決は、判決要旨のとおり、日本放送協会の放送の受信についての契約に基づく受信料債権には民法168条1項前段の規定は適用されない旨判断したものである。判文によれば、本判決は、「受信契約に基づく受信料債権は、一定の金銭を定期に給付させることを目的とする債権であり、定期金債権に当たるといえる。」とした上で、受信料債権には民法168条1項前段の規定は適用されないとしており、定期金債権に該当する債権の中で民法168条1項の適用のあるものとないものを振り分けている通説と同様の立場に立っているものと思われる。

 また、本判決は、最大判平成29年12月6日民集71巻10号1817頁を参照して、放送法は、公共放送事業者である日本放送協会の事業運営の財源を、日本放送協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者に広く公平に受信料を負担させることによって賄うこととし、上記の者に対し受信契約の締結を強制する旨を定めた規定を置いていること、受信料債権は、このような規律の下で締結される受信契約に基づき発生するものであることを説示している。そして、受信契約に基づく受信料債権について民法168条1項前段の規定の適用があるとすれば、受信契約を締結している者が将来生ずべき受信料の支払義務についてまでこれを免れ得ることとなり、上記規律の下で受信料債権を発生させることとした放送法の趣旨に反するものと解されるとして、受信契約に基づく受信料債権には民法168条1項前段の規定は適用されないとの結論を導いている。

 本判決の判断は、放送法により、公共放送の財政基盤を支えるため、受信契約の締結が義務付けられているという受信料債権の発生原因の特質を考慮して、民法168条1項前段の適用を否定したものと思われる。本判決の判断の方法、すなわち、債権の発生原因に係る法律関係を分析し、定期金債権の消滅時効の適用を認めることにより不合理な結果を招くことがないかを検討するという判断の方法は、定期金債権の消滅時効を検討する際の基本的な視点として、参考になるものと思われる。

 なお、前掲最二小判平成26年9月5日は、日本放送協会の受信料債権(支分権)の消滅時効期間について、定期給付債権の短期消滅時効の規定である民法169条により5年と解すべきである旨判示しているところ、日本放送協会の受信料債権(基本権)には民法168条1項前段の規定は適用されない旨判示した本判決とあいまって、民法169条の規定の適用のある債権(支分権)の基本権とされる定期金債権であっても、必ずしも民法168条1項前段の規定の適用があるわけではないということが明確に示されたといえる。

 また、民法169条は債権法改正により削除されるが、定期金債権の消滅時効の規定は、債権法改正後も残り、期間を20年間とする時効に加えて、債権を行使することができることを知った時から10年間行使しないときに時効消滅するという規定が設けられるため、改正後は、現行民法よりも、定期金債権の消滅時効が問題になりやすくなるのではないかと思われる。

 

 本判決は、民法168条に関する最高裁の初めての判断であるとともに、極めて多数の契約者が存する日本放送協会の受信契約に基づく受信料債権について民法168条1項前段が適用されないことを示したものであり、実務的にも、理論的にも、重要な意義を有するものと考えられる。

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