会社法・金商法と会計・監査のクロスオーバー(7)
会計限定監査役の任務――ミクロの不幸、マクロの幸せ?
明治大学専門職大学院会計専門職研究科専任教授
弥 永 真 生
2021年7月19日、最高裁判所第二小法廷(裁判長:草野耕一)は、以下のように判示し、原判決を破棄し、差し戻した(令和元年(受)第1968号)。
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「監査役設置会社(会計限定監査役を置く株式会社を含む。)において,監査役は,計算書類等につき,これに表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い,会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見等を内容とする監査報告を作成しなければならないとされている(会社法436条1項,会社計算規則121条2項(平成21年法務省令第7号による改正前は149条2項),122条1項2号(同改正前は150条1項2号))。この監査は,取締役等から独立した地位にある監査役に担わせることによって,会社の財産及び損益の状況に関する情報を提供する役割を果たす計算書類等につき(会社法437条,440条,442条参照),上記情報が適正に表示されていることを一定の範囲で担保し,その信頼性を高めるために実施されるものと解される。
そうすると,計算書類等が各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり(会社計算規則59条3項(上記改正前は91条3項)),会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ(会社法432条1項参照),監査役は,会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。監査役は,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも,計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため,会計帳薄の作成状況等につき取締役等に報告を求め,又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。そして,会計限定監査役にも,取締役等に対して会計に関する報告を求め,会社の財産の状況等を調査する権限が与えられていること(会社法389条4項,5項)などに照らせば,以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない。
そうすると,会計限定監査役は,計算書類等の監査を行うに当たり,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても,計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば,常にその任務を尽くしたといえるものではない。」
本判決は、(通常の)監査役について述べた上で、「以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない」としているため、会計監査人設置会社以外の会社における、監査役による計算関係書類の監査すべてに妥当することは明らかであり、射程が広く、実務上重要な判断であると位置づけられる。
本判決は、解釈論としては手堅いものであると思われる。
第1に、会社計算規則121条2項は「計算関係書類に表示された情報と計算関係書類に表示すべき情報との合致の程度を確かめ」るとしているのであって、会計帳簿の記録等と計算関係書類に表示された情報との合致を確かめるとしていない。
第2に、平成17年改正前商法281条ノ3第2項第2号は「会計帳簿ニ記載若ハ記録スベキ事項ノ記載若ハ記録ナク若ハ不実ノ記載若ハ記録アルトキ……ハ其ノ旨」を監査役の監査報告書の記載事項の1つと定めており(ただし、商法特例法上の小会社については記載事項が定められていなかった)、監査役の監査には会計帳簿の記載等をチェックすることが含まれることに疑いはなかった。そして、会社計算規則の制定に際して、監査役がこのような任務を負わないとすることが企図されていたという事実もみあたらない。
第3に、現行法の下では、会計監査人の会計監査報告(会社計算規則126条1項2号)と同様、会計監査人設置会社以外の会社の監査役の監査報告には、「計算関係書類が当該株式会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見」(同122条1項2号)が記載されるが、特段の事情のない限り、会社作成の会計帳簿の記載内容を会計監査人が信頼してよいというような理解が示されたことはない。
第4に、会計限定監査役は、会計帳簿に関する資料の閲覧・謄写等が認められており(会社法389条4項)、計算関係書類の監査にあたって、会計限定監査役が会計帳簿に関する資料の閲覧等を行うこと、及び、必要があるときは、株式会社もしくはその子会社の業務及び財産の状況の調査をすることが前提とされているからである。
第5に、残高証明書の原本を確認することは、公認会計士や税理士でなくとも、(監査役)監査において、きわめて初歩的かつ必須といってよい(かつ、容易に実施できる)手続きなのではないかと思われる(日本監査役協会「会計監査人非設置会社の監査役の会計監査マニュアル(改定版)」56頁参照)。この事案において、監査報告書にどのように記載されていたかは明らかではないが、かりに、監査の方法として、「会計帳簿及びこれに関する資料の調査を行った」と記載していたのだとすると、会計帳簿に関する資料には、少なくとも、残高証明書は含まれると考えられることも指摘できる。
また、草野裁判官の補足意見では、第1に、会計限定監査役は、公認会計士又は監査法人であることが会社法上求められていない以上、Yが公認会計士資格を有していたとしても、Xの監査に当たりYに「その専門的知見に基づく公認会計士法2条1項に規定する監査を実施すべき義務があったとは解し得ない(会社計算規則121条2項が同法2条1項に規定する監査以外の手続による監査を容認しているのはこの趣旨によるものであろう。)」とされ、「監査役の職務は法定のものである以上,会社と監査役の間において監査役の責任を加重する旨の特段の合意が認定される場合は格別,そうでない限り,監査役の属性によって監査役の職務内容が変わるものではない」とされている。これは、会社法の解釈としては自然であろう。
第2に、Yの具体的任務を検討するに当たっては、「本件口座の実際の残高と会計帳簿上の残高の相違を発見し得たと思われる具体的行為(例えば, 本件口座がインターネットロ座であることに照らせば,被上告人(Y)が本件口座の残高の推移記録を示したインターネット上の映像の閲覧を要求することが考えられる。なお,会計限定監査役にはその要求を行う権限が与えられているように思われる(会社法389条4項2号, 同法施行規則226条22号参照)。)を想定し, 本件口座の管理状況について上告人(X)から受けていた報告内容等の諸事情に照らして, 当該行為を行うことが通常の会計限定監査役に対して合理的に期待できるものか否かを見極めた上で判断すべきである」(太字は筆者による)とされている。残高証明書の原本を実査し、かつ、草野裁判官が補足意見で述べられているような手続きを実施すれば、Yは各事業年度末における預金残高が帳簿上の預金残高(=貸借対照表上の預金の金額)よりも少ないことを容易に発見できた可能性は高かったのではないかと推測される。
25年以上前に、日本コッパース事件高裁判決(平成7・9・28判時1552号128頁)は、任意監査を行った監査法人に任務懈怠はないと判断したが、これに対しては、(被告となった任意監査人にとっては)ミクロの幸せ、しかし、(監査制度の社会的意義という観点からは)マクロの不幸という評価もあった。これに対して、本判決は、(被告となった監査役の方にとっては)ミクロの不幸になるかもしれないが、(監査役による監査の実効性が確保されることを通じて)マクロの幸せとなることを願うものである。
[事案]
- 株式会社Ⅹの経理担当職員Aは、平成19年2月から平成28年7月までの10年近くにわたり、Ⅹの銀行預金から横領した。昭和42年から平成24年9月1日までXの監査役(会社法施行後は、その監査の範囲が会計に関するものに限定されているとみなされていた)であったYは、第50期(平成19年5月31日決算)の監査の際はカラーコピーで精巧に偽造された預金残高証明書を確認したものの、それ以外の年度は偽造された残高証明書の白黒コピーを確認するにとどまった。そこで、Xが損害賠償をYに求めて訴えを提起した。なお、Aの横領行為があった時期のⅩの取締役及び監査役のうち、Ⅹから損害賠償請求を受けたのは、Yのみであった。
[第1審判決(千葉地判平成31・2・21金判1579号29頁)]
- Y及びその補助者が、Aに対し、残高証明書の原本又は当座勘定照合表の原本の提示を求めることが容易であるにもかかわらず、Yはこれらを怠り、漫然と、残高証明書の写しを実査する方法のみで預金の実在性を監査しており、Aの各横領行為に関するYの任務懈怠が認められる。
[原判決(東京高判令和元・8・21金判1579号18頁)]
- 会計限定監査役が監査を行う場合においては、会計帳簿の信頼性欠如が会計限定監査役に容易に判明可能であったなどの特段の事情のない限り、会社(取締役又はその指示を受けた使用人)作成の会計帳簿(会社法432条1項)の記載内容を信頼して、会社作成の貸借対照表、損益計算書その他の計算関係書類等を監査すれば足り、会計限定監査役は、そのような特段の事情がないときには、会社作成の会計帳簿に不適正な記載があることを、会計帳簿の裏付資料(証憑)を直接確認するなどして積極的に調査発見すべき義務を負うものではないと判示した。また、会社の現在の取締役が、歴代の又は現在の取締役及び監査役のうち、恣意的に一部の取締役又は監査役だけを対象として、理由なく狙い打ち的に損害賠償請求をすることは、現在及び将来の取締役又は監査役に、会社(取締役会・代表取締役)に対する信頼感や善管注意義務を履行しようとするモチベーションを喪失させ、ひいては取締役の職務執行又は監査役の監査の実効性、効率性を損ない、会社の業務の適正の確保を危うくするものであり、Xの請求は、信義則違反であり、権利の濫用でもあるというべきであるとした。