◇SH3761◇契約の終了 第16回 賃貸借契約終了後の有益費償還請求権と建物買取請求権(下) 蓮田哲也(2021/09/17)

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契約の終了
第16回 賃貸借契約終了後の有益費償還請求権と建物買取請求権(下)

日本大学准教授

蓮 田 哲 也

 

(承前)

Ⅲ 借地権者の建物買取請求権

1. 制度趣旨

 借地権者は、土地賃貸借契約の賃借人として、民法608条2項に基づいて有益費償還請求権の行使が認められる。しかし、借地権者が借地上に建物を建築するなど土地使用のために自己の費用を投じたとしても、民法608条2項に基づく有益費償還請求権の行使では当該費用等を回収することができないことがある。なぜなら、民法608条2項は賃借人が賃借物になした物理的・経済的に分離不可能な改良(付加物)や賃貸借契約の目的から客観的に判断して目的物の価値を増加させる費用を償還請求の対象としており、賃借物である土地の価値増加に必ずしも結びつかない建物等は適用外となり得るためである。さらに、賃借物である土地上に存在する建物等に残存価値が存在していたとしても、借地権者は、民法621条に基づいて原状に復して、換言すれば、建物等を取り壊して土地を返還しなければならない。このような利用可能な建物等の取り壊しを防ぎ、借地権者が投下資本の回収を可能にすることで借地権者の保護を図るとともに、借地上の建物等の社会的経済的効用を全うさせることで国民経済上の損失を回避することを目的として、建物買取請求権によって借地権者に借地上建物等の残存価値回収を認めたとされる[17]

 

2. 建物買取請求権の対象

 借地借家法13条に基づいて建物買取請求権の対象となるのは、「建物」または「その他借地権者が権原により土地に附属させた物」である。後者に該当するものは、借地権者が建物を所有するにあたって必要性が認められることから借地に附属させた建物と不即不離の関係にある物や、一般的に便益を与える客観的性質を有する物であるとされる[18]。なお、借地権者の利益のみを図るのではなく、社会経済上の効用の発揮をも目的とする建物買取請求権の制度趣旨から、借地権者の嗜好によるものや、特殊な目的にのみ適合するものである場合には建物買取請求権の対象とは認められないとされる[19]

 

3. 建物買取請求権の法的性質

 借地権者であっても、民法622条による民法599条1項および2項の準用に基づいて付加物等について収去義務が課される。借地権者が権原に基づいて賃借物たる土地に附属させた物であっても、賃借物たる土地に付合した場合には土地の構成部分と化してしまうことから、土地所有者の所有権に帰属し収去義務の対象から外れるのに対し[20]、これら以外の付属物等や建物等については、借地権者に所有権が帰属しており収去義務の対象となる。しかし、制度趣旨からも明らかなように、賃貸借契約の終了に伴う借地権消滅に伴い借地上建物等を取り壊して土地を明け渡さなければならない事によって生じる、借地権者の不利益及び国民経済上の損失を回避する政策的配慮が必要となる。そこで、賃貸借契約の終了に伴う借地権消滅後であっても、なお請求者の一方的意思表示によって相手方との間に売買契約類似の法律関係を当事者間に発生させる形成権として建物買取請求権が認められたとされる[21]

 このように、賃貸借契約の終了に伴う借地権消滅によって借地権者は建物等を収去しなければならないが、建物等の取り壊しによって生じる不利益を回避するために、一方的意思表示によって売買契約類似の法律関係を発生させる形成権として建物買取請求権が認められている[22]

 

4. 建物買取請求権の行使

 借地権者の建物買取請求権は、借地権の発生原因たる土地の賃貸借契約終了に伴って借地権が消滅した後に賃借物たる土地上に残存する建物等の残存価値を回収させるための制度である。建物買取請求権の行使によって、売買契約類似の法律関係を生じさせると、借地権設定者に対して建物等を時価で買い取るべき事を請求することができる。多くの場合、建物等の時価の算定に際しては場所的利益が顧慮されるが、建物買取請求権の行使によって請求することのできる建物等の時価の算定に際しては顧慮されない[23]。また、建物等の時価とは、建物等を取り壊した事で生じる動産たる材木等の価値ではないとされる[24]。建物の新築と同時の場合には、その建築費に相当する額によるべきであるが、そうでなければ、当該建物の総耐用年数に対して相対的に考えられる実際の経過年数に応じた減耗価格を控除したものと理解されよう[25]

 このように、建物買取請求権の行使によって支払われる内容は、賃借物たる土地上に残存する建物等の残存価値に着目して分析されている。

 

5. 建物買取請求権排除特約の有効性

 借地借家法16条に基づいて、「借地権者又は転借地権者に不利な」建物買取請求権を排除する特約は無効である。建物買取請求権にかかる借地借家法13条が強行法規とされる理由として、2点挙げられている[26]。第一に、借地権設定者は一般に経済的力関係の上で借地権者に対して優位に立つことから、当事者の契約を放任すると合理的な理由もなしに買取請求権が特約で排除されてしまい、経済的劣位にある借地権者が地上建物等の残存価値を回収し得なくなって不都合であるためであるとされる[27]。第二に、建物買取請求権制度は国民経済的損失の回避という公益にも根拠を有する制度であるとして、当事者間の特約でほしいままに排除されるべきではないためであるとされる。

 なお、借地借家法16条は「借地権者又は転借地権者に不利な」ものに限り建物買取請求権排除特約を無効とするに過ぎない。すなわち、「借地権者又は転借地権者に不利」とならない場合には、建物買取請求権排除特約は有効として扱われる[28]。そのため、片面的強行規定であるとされる。この片面的強行法規性は、借地権者の利益を保護しようとしていることを表しているが、債務不履行を理由に契約が解除された借地権者は保護に値しない者として、原則に立ち戻り建物買取請求権が否定され、建物等を取り壊さなければならないこととなる[29]。また、合意解約によって借地権を消滅させた借地権者であっても建物買取請求権行使が認められないとされるが、これについては借地権者が建物買取請求権の行使を放棄したと評価されるためであり、建物買取請求権行使の如何は借地権者に委ねられているに過ぎず、借地権者を保護しようとしている事に相違はないといえよう[30]

 このように、建物買取請求権は、建物等の権利が借地権者に帰属することを前提に、保護に値する借地権者の利益となるよう制度設計されており、その限りで建物買取請求権排除特約は無効として取り扱われている。

 

Ⅳ 検討

1. 賃借人(借地権者)の有益費償還請求権と建物買取請求権の相違

 以上のように、賃借人(借地権者)の有益費償還請求権と建物買取請求権は、賃貸借契約の終了の時に行使が認められるという点では共通しているものの、詳しく見てみると相違点の多さに目を向けなければならない。

 まず、制度趣旨においては当事者関係及び国民経済的見地から妥当な結論を導き出すことを目的としている点では共通している。しかし、建物買取請求権は、有益費償還請求権では回収することのできない費用の回収を目的としているという点に着目しなければならない。有益費償還請求権は、賃貸借契約終了の時に収去できない(しない)ことで賃貸人が獲得する利益である賃貸目的物の価値増加に焦点を当てている。これに対し、建物買取請求権は賃貸目的物の価値ではなく、原則として賃貸人(借地権設定者)に帰属し得ない建物等の残存価値に焦点を当てている。

 ついで、両制度が前提としている状態に相違が認められる。有益費償還請求権は賃借人が付加物等を賃貸借契約終了の時に収去できない(しない)ことを前提としている。これに対し、建物買取請求権は賃貸借契約終了に伴い借地権が消滅したことで借地権者が原状回復を目的として収去しなければならないはずの建物等を特別に残置させることを前提としている。換言すれば、有益費償還請求権においては付加物等の残置が物権法上の処理の帰結または当事者間の合理的意思から導き出されることを前提としているのに対し、建物買取請求権においては本来であれば認められない建物等の残置を借地権者の利益保護及び国民社会経済上の損失を回避するために特別に認めようとすることを前提としている。

 そして、両制度の法的性質に相違が認められる。有益費償還請求権は、賃貸目的物の価値増加を賃貸人が無償で享受することが衡平の原則に反するとして、当事者の合理的意思から導き出される不当利得返還請求権に類する債権という法的性質が認められる。これに対し、建物買取請求権は、借地権設定者(賃貸人)に帰属し得ない利益である建物等を特別に借地権設定者(賃貸人)に買い取らせることができる形成権という法的性質が認められる。

 最後に、両制度の任意法規性・強行法規性に相違が認められる。有益費償還請求権においては、当事者意思が多分に顧慮され、有益費償還請求権排除特約は原則として有効なものとして取り扱われている。その限りで、民法608条2項は任意法規であると評価することができる。しかし、任意法規であっても常に有効であるとは限らず、当事者関係に着目してその効力が否定されることもある。これに対し、建物買取請求権は、借地借家法16条に基づいて「借地権者又は転借地権者に不利な」建物買取請求権排除特約は無効となることから、建物買取請求権を認めた借地借家法13条は強行法規である。しかし、借地借家法13条は片面的強行規定であるとされることから、「借地権者又は転借地権者に不利」とならない場合や、借地権者の債務不履行を理由に契約が解除された場合、合意解約によって借地権が消滅しかつ建物買取に関する合意が存しないとして建物買取請求権が放棄されたと評価される場合などでは、建物買取請求権の行使が認められないこともある。

 

2. 終了した賃貸借契約との関係

 賃借人(借地権者)の有益費償還請求権と建物買取請求権とに上記のような相違が認められるものの、両制度は賃貸借契約が終了しているにもかかわらず行使が認められることは間違いない。なぜ両者は賃貸借契約が終了しているにもかかわらず認められるのであろうか。

 まず、有益費償還請求権は、賃貸借契約終了の時に付加物等の利益帰属にかかる経済的利益の調整を目的とする契約当事者間の合理的意思に基づく賃貸借契約上の債権として認められるといえる。すなわち、賃貸借契約が終了したにもかかわらず、賃貸借契約の効力がその限りで存続していることを意味する。なお、有益費償還請求権が認められることをもって賃貸借契約が一切終了していない、換言すれば、従前の賃貸借契約が何ら変化なく存続していると評価すべきではないという点に注意が必要である。有益費償還請求権が問題となる以前(賃貸借契約存続中)においては、両当事者の目的とする給付利益・給付結果の獲得に向けられた法的結合関係が存在している。これに対し、有益費償還請求権が問題となる時点(賃貸借契約終了時)以後においては、もはや契約当事者間に給付利益・給付結果の獲得に向けた法的結合関係は認められないが、従前の法的結合関係の精算に向けられた法的結合関係へとその関係を変じていると評価できよう。すなわち、契約終了後においては、従前の給付利益・給付結果の獲得に向けられた法的結合関係から当該関係の精算に向けられた関係へと変じた法的結合関係が存在しており、この関係を存立基盤として有益費償還請求権が認められるといえる。

 ついで、建物買取請求権は、国民経済的見地から賃貸借契約の終了に伴う借地権の消滅に際して建物等を取り壊さなければならない借地権者の保護という政策的配慮に基づいて認められる形成権である。また、借地借家法16条に基づいて片面的強行法規性が認められる建物買取請求権は、建物等の権利が借地権者に帰属することを前提に、保護に値する借地権者の利益となるよう制度設計されているといえ、政策に基づいて賃貸借契約が終了した後に建物買取請求権という形成権行使によって新たな法律関係を創設していると評価できよう。なお、建物買取請求権によって創設された法律関係は、従前の賃貸借契約と全くの無関係ではないという点に注意が必要であろう。上述したように、建物買取請求権は保護に値する借地権者のために必要な制度であり、換言すれば、従前の賃貸借契約の適切な精算のためには借地権者の保護を行わなければならないといえよう。賃貸借契約の終了によって借地権の消滅など契約当事者間の法的結合関係は消滅するが、なお当事者間では精算を要することから建物買取請求権によって新たな法的結合関係の創設を認めていると評価できよう。すなわち、契約終了後においては従前の賃貸借契約に基づく法的結合関係は消滅するが、なお従前の法的結合関係の精算の必要性が認められるために、従前の法的結合関係の精算目的で新たな法的結合関係の創設する建物買取請求権が認められるといえる。

 このように、賃借人(借地権者)の有益費償還請求権と建物買取請求権とは賃貸借契約の終了の時に従前の法的結合関係の清算を目的として行使が認められるという点で共通しているものの、その法的性質を異にしている。有益費償還請求権は、賃貸借契約の終了によって賃貸借契約に基づく給付利益・給付結果の獲得に向けられた法的結合関係が従前の関係の清算に向けられたものへと変じ、これを存立基盤とする債権であるということができる。これに対し、建物買取請求権は賃貸借契約の終了に伴い従前の法的結合関係は終了するといえるが、なお当事者間での精算の必要性が認められるために従前の関係の影響を受けた新たな法的結合関係の創設を目的として特別に認められる形成権であるということができる[31]

 

Ⅴ おわりに

 有益費償還請求権と建物買取請求権とは、多くの相違が認められるものの、従前の法的結合関係の清算を目的として賃貸借契約が終了したにもかかわらず認められるものであるといえる。このように、契約の終了が画一的・全面的に当事者間の法的結合関係を終了させるものではなく、従前の法的結合関係の清算を目的として、従前の法的結合関係の変容または従前の法的結合関係に影響を受けた新たな法的結合関係の創造が認められることがあることを示すことができる。

 このように、契約終了後でもなお従前の法的結合関係の清算を目的とした法的結合関係が認められるものの、両制度ではその性質を異にしている点には注意が必要である。本稿では契約終了の時に行使可能な民法608条2項と借地借家法13条で認められる制度の異同に着目したが、当事者間の精算を目的とすると考えられる制度は他にも認められ、これらの比較・検討を本稿では行うことができていない[32]。さらに、他人物賃貸借の場合や賃借目的物が譲渡された場合、借地上建物等が譲渡された場合などについても検討することができていない。また、本稿では契約終了時に行使可能な2つの制度を取り上げたが、いわゆる履行過程において認められる制度との相違についても取り上げることができず、今後の課題として残されていることを明らかにしておくこととする。

以 上

 


[17] 幾代通=広中俊雄編『新版 注釈民法(15) 債権(6)』(有斐閣、1989)384、420~421頁〔鈴木禄弥=生熊長幸〕。なお、買取後に借地権設定者によって建物等を取り壊すこと自体は否定されるものではない点には注意されたい(稻本洋之助=澤野順彦編『コンメンタール 借地借家法〔第4版〕』(日本評論社、 2019)103頁〔山本豊〕)。また、建物買取請求権は借地権設定者による更新拒絶との関係で重要な意義を有していたことについて詳しくは鈴木=生熊・同注385~386頁を参照されたい。

[18] 前者の例として、門及び塀が挙げられており、後者の例として、下水設備及び防火設備が挙げられている(大阪高判昭和29・9・3高民7巻8号605頁)。

[19] 大阪高判昭和29・9・3高民7巻8号605頁。

[20] このように賃借物に付合した場合には有益費償還請求権の問題として処理されるに過ぎない。

[21] 一方的意思表示によって効力が生じることから、売買契約類似の効果を生じさせるために相手方からの承諾の意思表示を求めるという意味での請求権とは異なり、意思表示後に請求者による一方的撤回は認められない(鈴木=生熊・前掲[17] 589~590頁)。

[22] なお、借地権消滅原因は、借地権の存続期間満了後に契約の更新がない場合に限られない。そのため、借地権者の債務不履行を原因とする契約解除や、合意解約などでも認められるのかが問題となる。この点につき、肯定的見解と否定的見解に分かれるが、借地権者の債務不履行を原因とする契約解除について判例は建物買取請求権の成立を否定している(最三判昭和35・2・9民集14巻1号108頁)。また、合意解約による場合については、借地権者が地上建物の運命まで顧慮した上で合意をしたと解されることから、特に建物買取に関する合意が存しない限り建物買取請求権を放棄したとして、借地権者によって建物収去がなされなければならないと判示している(最二判昭和29・6・11判タ41号31頁)。

[23] 山本・前掲[17] 106、114頁。

[24] 大判昭和7・6・2民集11巻1309頁。

[25] 札幌高判函館支部昭和34・4・7高民12巻3号66頁。

[26] 山本・前掲[17] 122~123頁。

[27] なお、借地権者が必ずしも経済的弱者とは限らないということが指摘されている(山本・前掲[17] 123 頁)。

[28] 不利な特約か否かの判断の仕方については、当該特約自体について判断すべきであるという見解と、その他の条件を考慮して総合的に判断すべきであるという見解に分かれている。この点については山本・前掲[17] 124~125頁を参照されたい。

[29] 山本・前掲[17] 104頁。

[30] 山本・前掲[17] 104~105頁。

[31] なお、両制度が目的とする対象は理論的に異なっているが、現実にはその対象が重複していると考えられる場合が認められる。そのような場合には、両制度の目的や法的性質等に着目し、いずれの要件をも充足する場合にはその競合を認め、その行使に優劣を付けることはできないであろう。

[32] 例えば、占有者による有益費償還請求権(民法196条2項)、使用貸借契約の借主の有益費償還請求権(民法595条による民法583条2項の準用による民法196条の準用)、使用貸借における借主の原状回復義務(民法599条3項)、賃借人の原状回復義務(民法621条)、建物賃借人の造作買取請求権(借地借家法33条)、などがある。

 

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