◇SH3689◇中国:ネットワーク安全審査弁法の修正草案の公表(上) 鈴木章史(2021/07/19)

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中国:ネットワーク安全審査弁法の修正草案の公表(上)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 鈴 木 章 史

 

 2021年7月2日、中国のサイバー関連の安全審査を管轄するネットワーク安全審査弁公室(以下、「安全審査弁公室」という。)は、大手配車アプリを運営する滴滴出行(ディディ)に対し、ネットワーク安全審査を実施し、リスクの拡大を防止するため、審査期間中は新規ユーザーの登録を停止することを命じた[1]。また、7月5日、安全審査弁公室は、トラック配車アプリの運満満及び貨車帮、求人アプリのBOSS直聘についても、同じく、ネットワーク安全審査を実施し、その審査期間中、新規ユーザーの登録を停止することを命じた。

 これらのネットワーク安全審査は、2020年6月1日に施行されたネットワーク安全審査弁法に基づき行われるものであるところ、2021年7月10日、国家インターネット情報弁公室は、ネットワーク安全審査弁法の修正草案(以下、「本草案」といい、現在施行されている同法を「現行法」という。)を公表し、パブリックオピニオンの手続を開始した。本草案における改正の目的は、主として、本草案の規定が2021年9月1日から施行されるデータ安全法上の国家安全審査に適用されることを明確化すること、及び、中国企業の海外証券市場での上場に対する規制を国家安全の観点から強化することにある。

 本稿では本草案のうち特に重要と考えられる規定について概説する。

 

1. ネットワーク安全審査の適用対象の拡大

 

 本草案に基づくネットワーク安全審査が必要となる場合は以下のとおりである。下線部が本草案で新たに加えられた文言であり、適用対象が拡大した。

審査の開始方法 審査が行われる場合
自主申告による審査の開始   重要情報インフラの運営者が、ネットワーク製品及びサービスを調達する際に、当該製品及びサービスの投入後に生じうる国家安全リスクを予め判断し、国家安全に影響する又は影響する可能性のある場合には、安全審査弁公室に対し、審査の申告を行わなければならない(現行法/本草案5条)。
100万人以上のユーザーの個人情報を管理する重要情報インフラの運営者及びデータの取扱い主体は、海外で上場する場合、安全審査弁公室に対し、審査の申告を行わなければならない(本草案6条)。
当局による審査の開始   ネットワーク安全審査業務体制構成部門が、国家安全に影響する又は影響しうると判断したネットワーク製品及びサービス、データの取扱い行為及び海外での上場行為については、安全審査弁公室が中央ネットワーク安全及び情報化委員会に報告し承認を得た後、本法の規定に従い審査を行う(現行法15条/本草案16条)。

 

 ⑴データの取扱い行為に対する適用

 データ安全法24条は、国の安全に影響する又は影響を与える可能性があるデータの取扱い行為に対して、国家安全審査を実施すると規定しているが、同法においては当該国家安全審査の具体的な実施方法に関する規定は設けられておらず、現行法のネットワーク安全審査との関係も明確ではなかった。本草案では、データ安全法上の国家安全審査としてネットワーク安全審査が行われることを明確化し、国家安全に影響する又は影響しうるデータの取扱い行為に対し、当局によるネットワーク安全審査が開始されうることが明確化された(本草案16条)。事業主体によるあらゆる情報記録に関する行為がデータの取扱い行為に該当する[2]ため、文言上、国家安全に関係すると判断されうる事業は、広く当局によるネットワーク安全審査の対象とされる可能性が生じることになった。

 本草案によると、自主申告が必要となるのは、上表のとおり本草案5条又は6条に該当する場合であり、文言上は、データの取扱い行為が国家安全に影響又は影響しうる場合に、自主申告を求める内容とはなっていない。もっとも、これらのデータの取扱い行為は当局による審査の開始要件とされたため(本草案16条)、事業に与える影響を事前に回避するために、自主的な安全審査の申告又は事前相談を行うことを検討する必要性が生じることも想定される。

 

 ⑵海外の証券市場での上場に対する適用

 本草案における改正で、100万人以上のユーザーの個人情報を管理する重要情報インフラの運営者及びデータの取扱い主体が、海外で上場する場合には自らネットワーク安全審査の申告が必要とされた。100万人以上のユーザーの個人情報を管理しており、海外の証券市場での上場を予定している事業主体は、今後、ネットワーク安全審査が必要となることによるビジネスプランへの影響を検討することが必要になると考えられる。なお、100万人以上のユーザーの個人情報を管理しており既に海外の証券市場で上場している会社が当該海外の証券市場で資金調達をする際にネットワーク安全審査の申告が必要なのかという点や、本規定にいう海外の証券市場に中国企業の上場実績が多い香港の証券市場が含まれるのかといった点については明らかではなく、今後の議論の動向を確認する必要がある。

(下)につづく

 



[1] また、国家インターネット情報弁公室は、7月4日、滴滴出行(ディディ)のアプリに個人情報の収集に関して重大な法令法規違反があるとして、ネットワーク安全法に基づきアプリのダウンロードの停止を命じ、7月9日には、滴滴出行(ディディ)企業版含む25のアプリについても、ダウンロードの停止を命じるとともに、問題の是正を要請したことを公表した。

[2] データ安全法において、「データ」とは、「電子又はその他の方法による情報の記録」(データ安全法3条1項)と定義されており、「データの取扱い」には、「データの収集、保存、使用、加工、転送、提供又は公開などの行為」(データ安全法3条2項)が含まれるとされている。


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(すずき・あきふみ)

2005年中央大学法学部卒業。2007年慶應義塾大学法科大学院修了。2008年弁護士登録(第一東京弁護士会)。同年都内法律事務所入所。2015年北京大学法学院民商法学専攻修士課程修了。同年長島・大野・常松法律事務所入所。2021年5月より中倫律師事務所上海オフィスに出向中。主に、日系企業の対中投資、中国における企業再編・撤退、危機管理・不祥事対応、中国企業の対日投資案件、その他一般企業法務を扱っている。

 

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