◇SH1162◇顧客本位の業務運営に関する原則の概要(第2回) 有吉尚哉(2017/05/17)

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顧客本位の業務運営に関する原則の概要(第2回)

西村あさひ法律事務所

弁護士 有 吉 尚 哉

 

3 対象となる「金融事業者」・取引の範囲

 本原則の適用対象は「金融事業者」である。「金融事業者」という概念は法令に定められているものではなく、これまで金融規制の中で用いられたことのないものであるが、「金融商品の販売、助言、商品開発、資産管理、運用等を行う全ての金融機関等」が含まれるとされている。もっとも、本原則では、具体的にいかなる業態が「金融事業者」に含まれるか定義や基準は示されておらず、「顧客本位の業務運営を目指す金融事業者において幅広く採択されることを期待する」と述べられているだけであり、金融事業者の外縁は明確ではない。この点、例えば、保険代理店も本原則の適用対象から排除されるものではないとされている[1]。基本的には、銀行、金融商品取引業者、保険会社、信託会社などの金融規制上の許認可・登録を受けて業務を行っている金融機関が本原則の対象として想定されるものの、金融機関の代理店やそれ以外の事業者であっても金融に関わるビジネスを営んでいる業者であれば、本原則の適用対象となり得ると考えられる。その上で、各金融事業者が顧客本位の業務運営として実施すべき具体的な取組みの内容は、業態や個々のビジネスモデルなどの個別具体的な状況によって異なることになる。

 また、適用対象となる取引の範囲についても、抽象的に「金融商品・サービス」と記述されているだけであり、本原則の中で具体的な範囲は示されていない。パブコメ回答でも、預貯金の受信業務、貸付・割引など与信業務、送金など決済業務、有価証券の売買執行、あるいは金融商品取引業者の営む届出業務や承認業務、銀行の営む付随業務などについて、本原則の対象ではないと解してよいかという意見に対して、金融庁は明確な回答を示さず「本原則はプリンシプルベース・アプローチを採用していることから、当局において具体的な適用範囲等を示すことは適当でない」としている[2]。さらに、金融事業者間で対等な関係で取引を行う場合などについての本原則の適否についても、同様に明確な回答が示されていない[3]

 個別の原則の内容からして、仕組み性のない預貯金、貸付け、決済・送金などのサービスは本原則の対象には馴染まないように思われるものの、本原則を受け入れた金融事業者は、広く提供する金融商品・サービスが取引相手の属性なども問わず一般的に本原則の対象となり得ることを前提に、自社の顧客本位の業務運営に関する取組みとして、どの範囲の商品・サービスに本原則に関する方針を適用するか、検討を行うことが必要となろう。この点、本原則の適用範囲を検討するに際しては、パブコメ回答で「原則1.に基づいて顧客本位の業務運営を実現するための明確な方針の策定・公表が求められ、その中に、原則2.~7.に示されている内容を実施しない場合にはその理由や代替策を、分かりやすい表現で盛り込むことが求められる」と言及されていることに留意が必要となる[4]

 

4 プリンシプルベース・アプローチ/コンプライ・オア・エクスプレイン

 本原則は、法律のように法的拘束力を有する規範ではなく、本原則の趣旨に賛同する金融事業者がこれを採択することにより、本原則を遵守することを期待することによって規律付けを図るものである。本原則に従わないことにより直接的に民事責任の根拠となったり、これに従わないことにより直ちに罰則や行政処分の対象になるものではない。パブコメ回答でも、「本原則を採択した金融事業者が、原則1.に基づいて策定・公表した方針とは異なる対応をとっていたことをもって直ちに金融商品取引法等の違反となるものではありません」と明示されている[5]。もっとも、本原則を受け入れた金融事業者には、レピュテーションへの影響も踏まえて業務運営を行うことが求められることに加えて、本原則の対応状況を踏まえた検査・監督が行われることになる。また、金融事業者と顧客の間で紛争が生じた場合には、金融庁により本原則が策定されたという事実や、各金融事業者が本原則に従って策定・公表した方針の内容も踏まえて、私法上の注意義務等の内容が判断されることになると考えられる。このように、金融事業者には、事実上の影響や、法的責任への間接的な影響も踏まえて、本原則への対応を検討することが求められる。

 また、本原則では、金融事業者がとるべき行動を個別的、具体的に規定する「ルールベース・アプローチ」ではなく、顧客本位の業務運営に有用となる抽象的な原則だけを定め、原則の趣旨・精神を実践するためにどのような行動をとるべきかについては、個々の金融事業者が自らの置かれた状況に応じて判断するという「プリンシプルベース・アプローチ」の手法がとられている。ルールベース・アプローチの規律の方が対象者にとって遵守すべき事項が分かりやすい一方で、規制の内容が事実上、ミニマム・スタンダードとなり、それさえ遵守すればよい(換言すると、足切りラインさえ超えれば100点を目指す必要はない)とする態度を助長しやすいという難点があることが指摘されている。金融庁は、金融事業者に対して、自ら主体的に創意工夫を発揮し、ベスト・プラクティスを目指して顧客本位の良質な金融商品・サービスの提供を競い合うことを期待しており、本原則では、プリンシプルベース・アプローチの手法が採用された。このような考え方から、パブコメ回答では「金融事業者の対応を示すような業界団体が指針等を設けることは必ずしもその趣旨には合わない」と述べられている[6]

 同時に、「コンプライ・オア・エクスプレイン」の考え方がとられており、本原則を受け入れた金融事業者であっても、本原則に示された原則のうちの一部を実施(遵守:コンプライ)しないことも許容されるが、その場合には実施しない理由等について十分な説明(エクスプレイン)を行うことが求められる。この場合の一部の原則を実施しない理由を説明するための方法や表現等は金融事業者に委ねられている[7]。なお、本原則に示された原則には注記が付されているが、顧客本位の業務運営を実現するための方針には「原則に付されている(注)も含めてその対応方針を、分かりやすい表現で盛り込むこと」が求められる[8]

 このような「プリンシプルベース・アプローチ」や「コンプライ・オア・エクスプレイン」の考え方は、スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードでも採用されている手法である。



[1]    平成29年3月30日付で金融庁より公表された「『顧客本位の業務運営に関する原則』の確定について-コメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方」(以下「パブコメ回答」という)25番。

[2]    パブコメ回答26番・27番・31番。

[3]    パブコメ回答30番。

[4]    パブコメ回答29番~31番。

[5]    パブコメ回答62番。

[6]    パブコメ回答41番。

[7]    パブコメ回答13番。

[8]    パブコメ回答21番。

 

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