SH3781 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第27回 第5章・Delay(2)――EOTその3 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/10/07)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第27回 第5章・Delay(2)――EOTその3

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第27回 第5章・Delay(2)――EOTその3

5 Delay Damages

⑴  損害賠償の原則

 前回述べたとおり、EOTについては、Contractorが主張立証責任を負っている状況にあり、EOTが認められなければ、Contractorが遅滞の責任を負うことになり、より具体的には、工事の遅れによって生じたEmployerの損失について責任を負う。

 この責任の履行は、損害賠償という、ContractorからEmployerへの金銭支払いによって行われることが通常である。日本の民法では、この点、金銭賠償の原則が明記されている(417条)。

 この損害賠償請求において、請求者であるEmployerは、工事の遅れによって自らに生じた損害の存在および額を主張立証しなければならない、というのが原則である。すなわち、EOTについては、Contractorが主張立証責任を負うのに対して、損害については、Employerが主張立証責任を負うというのが基本である。

 なお、損害賠償請求においては、そもそも被請求者に責任があるかないかを判断するための「責任論」と、責任がある場合に賠償額がいくらであるかを具体的に判断するための「損害論」とを区分することが有益である。この区分にしたがって言えば、責任論についてはContractorが主張立証責任を負うのに対し、損害論についてはEmployerが主張立証責任を負うことになる。

 

⑵ Delay Damagesの意義および趣旨

 Delay Damagesは、ルールの内容としては、遅延の日数に応じて、機械的に損害賠償額を算定するというものである。たとえば、契約金額の一定割合の損害賠償責任が、遅延日数1日当たり生じるという定め方である。遅延に関するEmployerの損失は、全てこのDelay Damagesによりカバーされることになり、その他に遅延に関する損害賠償請求をEmployerが行い得ないというのが、基本である(8.8項参照)。

 このDelay Damagesの趣旨は、損害に関するEmployerの主張立証責任の緩和である。国際的な紛争案件では、損害の主張立証が容易ではなく、専門家証人(expert witness)が起用されることも多い。特に、工事の遅れに伴うEmployerの損害となると、基本的には逸失利益が想定されるところ、企業の利益額の変動要因として考え得る事項は極めて多様かつ多岐に渡るため、損害の主張立証はより一層困難となる。

 そこで、Delay Damagesを定めることにより、損害賠償額が機械的に定められることになり、Employerはこの主張立証の負担(多大なる負担)を免れることができる。

 これは、Contractorの側から見ても、複雑な係争の回避というメリットが認め得る。

 以上がDelay Damagesを定める趣旨である。FIDICが対象とする大規模な工事・インフラ契約では、基本的にDelay Damagesの約定があるというのが、筆者らの認識である。

 

⑶ ペナルティーとの区別

 工事が遅れた場合において、Contractorに機械的に算出される金額の支払義務を課す趣旨としては、理論上、ペナルティーが考えられる。いわば罰金である。ペナルティーないし罰金を定めることにより、Contractorに遅れを回避するインセンティブがより強く働き、迅速な工事完成の可能性が高まるとも考え得る。

 しかしながら、このようなペナルティーの定めは、無効とされる可能性がある。特にイギリスでは、債務不履行に際して賠償責任者が支払うべき額を予め約定した場合に、それがペナルティー(違約金)であると判断されると、当該効力が否定され、請求者は原則通り、損害の証明をしなければならないとされる。

 そこで、Delay Damagesは、ペナルティーではなく、損害賠償額の予定(liquidated damages)として位置づけられている。すなわち、実際に生じる損害額を基礎とした規定である。ただし、実際に生じた額を算定することはせずに、Delay Damagesとして定められた額が損害額であるとみなす、というのがその約定の内容である。

 

⑷ Delay Damagesの定め方

 契約自由の原則によれば、契約内容は当事者の合意次第でいかようにも定められるというのが原則である。しかしながら、Delay Damagesについては、上記のとおり、実際に生じる損害額を基礎とした規定であるため、ここから乖離することには問題があり得る。特に、Delay Damagesが著しく高額である場合には、ペナルティーとして評価され、効力が全部または一部において否定される可能性が十分に考えられる。そこで、Delay Damagesの額ないし算定方法については、実際に生じる損害額の想定として、一定の合理性を示し得る必要がある。

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