知的財産戦略本部、「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」を公表
――専門検討会による策定、CGコードを踏まえながら中小・スタートアップ・各種専門家らの活用も想定――
知的財産戦略本部(本部長・首相、事務局・内閣府知的財産戦略推進事務局)は1月28日、「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会」(座長・加賀谷哲之一橋大学商学部教授)が今般「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン Ver1.0」を策定したとし、同本部ウェブサイトで公表した。
上記・検討会は「知財投資・活用戦略の開示・発信の在り方や社内におけるガバナンスの在り方等について深堀をしたガイドライン」の策定を主な目的として発足。学識経験者、企業の知財部門関係者、投資家・金融機関関係者、コーポレートガバナンス関係の有識者など計16名が委員として就任した。オブザーバーとして金融庁・特許庁・東京証券取引所が参画、事務局を内閣府知的財産戦略推進事務局および経済産業省経済産業政策局産業資金課が務めた。2021年8月6日に初会合を開催、以後月に2回程度の会合をかさね、今年1月25日に開いた第10回会合において意見募集結果を踏まえて本ガイドラインを決定、今般の発表に至ったものである(初会合について「SH3726 改訂CGコードを踏まえ「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会」が初会合――価値協創ガイダンスに沿った形でガイドライン策定へ、中小企業も視野に年内取りまとめ予定 (2021/08/25)」既報、CG報告書提出に向けた取りまとめについて「SH3778 知的財産戦略本部、改訂CGコードを踏まえたコーポレート・ガバナンス報告書の提出に向けて対応方針など示す――有効な開示・ガバナンス検討会における議論を反映、ガイドラインは年内取りまとめへ (2021/10/06)」既報)。
ガイドラインの略称は「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」と示され、副題として「知財・無形資産の投資・活用戦略で決まる企業の将来価値・競争力(投資家や金融機関等との建設的な対話を目指して)」を掲げている。対象とする「知財・無形資産」とは「知的財産(知財)を始めとする無形資産」であり、具体的には「特許権、商標権、意匠権、著作権といった知財権に限られず、技術、ブランド、デザイン、コンテンツ、データ、ノウハウ、顧客ネットワーク、信頼・レピュテーション、バリューチェーン、サプライチェーン、これらを生み出す組織能力・プロセスなど、幅広い知財・無形資産を含む」とする。これらが「競争力の源泉としてより重要な経営資源となっている」との認識のもと、新たに「知的財産への投資等」に関する情報開示の充実および取締役会の役割・責務を織り込んだコーポレートガバナンス・コードの再改訂(2021年6月11日)を踏まえ、企業の取組みが加速されるよう「どのような形で知財・無形資産の投資・活用戦略の開示やガバナンスの構築に取り組めば、投資家や金融機関から適切に評価されるかについて、分かりやすく示すために、本ガイドラインの検討、作成が進められた」と位置づけられている。また、いわゆる価値協創ガイダンス(経済産業省「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス-ESG・非財務情報と無形資産投資-」2017年5月29日)の趣旨に沿って作成したものとされており、併せての活用が想定されている。
上述のようにCGコードを踏まえたものである一方、「本ガイドラインで述べている知財・無形資産の投資・活用戦略の考え方は、中小・スタートアップを始めとする上場会社以外の企業が金融機関等と対話する際にも有効である。保有する有形資産が少ない中小・スタートアップにとっては、自社の知財・無形資産の投資・活用戦略を金融機関に的確に評価してもらい、必要な資金調達につなげていくことが必要不可欠である」とし、想定利用者には「中小企業」「スタートアップ」を含めた。また、企業側と対話する際の活用を見込んで「投資家」「金融機関」について、さらには企業を支援し、もしくは投資家・金融機関を支援する専門家となる「知財・無形資産の専門調査・コンサルティング会社」「弁護士、弁理士、会計士」等にあっても「本ガイドラインの活用が期待される」とする表明がある。
公表された「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」によると、表紙・巻末資料を含めた全体で67ページ建て。図表にはカラーを用い、コラムを15本、取組事例を14ケース織り込むなど、利用しやすい仕上がりとした。また「実践方法(How to)を示すというよりも、むしろその実践に当たって基礎となる考え方を中心に整理することによって、企業自らが考え、判断しつつ実践していくことを意図」(本ガイドライン4頁参照)した本文の記述と相まって、企業の個別の状況に応じ、企業ごとに自主的な取組みが行われることを促す効果が期待される。
「はじめに」に続いて掲げられる「エグゼクティブ・サマリー」では(本ガイドライン8頁以下参照)、【図表4:本ガイドラインの全体像】とともに「(1) 本ガイドラインの前提認識と狙い」を説明しつつ「(2) 知財・無形資産の投資・活用のための5つのプリンシプル(原則)」と「(3) 知財・無形資産の投資・活用のための7つのアクション」を示す。企業や投資家・金融機関に求められるプリンシプルとは、①「価格決定力」あるいは「ゲームチェンジ」につなげる、②「費用」でなく「資産」の形成と捉える、③「ロジック/ストーリー」としての開示・発信、④全社横断的な体制整備とガバナンス構築、⑤中長期視点での投資への評価・支援の5つ。企業がとるべき7つのアクションは、次のとおりとされている。(i)現状の姿の把握、(ii)重要課題の特定と戦略の位置づけの明確化、(iii)価値創造ストーリーの構築、(iv)投資や資源配分の戦略の構築、(v)戦略の構築・実行体制とガバナンス構築、(vi)投資・活用戦略の開示・発信、(vii)投資家等との対話を通じた戦略の錬磨。
【図表 2:価値協創ガイダンスの全体像】
※価値協創ガイダンスは、改訂の議論が進められている。
本編の構成をみると、「1.本ガイドラインの目的・考え方」「2.投資家や金融機関に伝わる知財・無形資産の投資・活用戦略の構築・開示・発信」「3.戦略を構築・実行する全社横断的な体制及びガバナンスの構築」「4.投資家や金融機関等に期待される役割」の全4章からなり、企業がとるべき上記(i)~(vii)の各アクションと、細項目を含めた「2.投資家や金融機関に伝わる知財・無形資産の投資・活用戦略の構築・開示・発信」以下の各項目とを対応させた。
たとえば、アクション「(i)現状の姿の把握」については本編「2.投資家や金融機関に伝わる知財・無形資産の投資・活用戦略の構築・開示・発信」の「(3)戦略構築の流れ」における「①自社の現状のビジネスモデルと強みとなる知財・無形資産の把握・分析」と対応(アクション(i)について、本ガイドライン11頁参照)。①では「企業は、まず、経営における知財・無形資産の重要性を踏まえ、自らのビジネスモデルを検証し、……自社の知財・無形資産を『見える化』することが期待される」と述べたうえで(31頁参照)、「IPランドスケープの活用等により、自社の知財・無形資産が他社と比べて相対的にどのような位置づけにあるかについても把握・分析し、自社の知財・無形資産の強みを客観的に捉えることが重要である」とも指摘(同頁参照)。この「IPランドスケープの活用」については、これらの記述に続く32頁「★コラム8:IPランドスケープの活用による自社の強みの分析」および33頁「■事例5:IPランドスケープの取組(旭化成、ブリヂストンの事例)」によって具体的に補足説明がなされるといった構成が採られている。
同様に、アクション「(v)戦略の構築・実行体制とガバナンス構築」については本編「3.戦略を構築・実行する全社横断的な体制及びガバナンスの構築」における「(1)全社横断的な体制の構築」「(2)取締役会によるガバナンス」「(3)社内における連携体制・人材育成」「(4)外部の知財・無形資産の有効活用に向けた取組」と対応させ(アクション(v)について、本ガイドライン12頁参照)、まず3(1)で「知財・無形資産の投資・活用戦略の構築・実行に向けては、社内の関係部門が横断的かつ有機的に連携し、経営トップの責任の下で適切な体制を構築することが必要である」ことを述べる(52頁参照)。「3.戦略を構築・実行する全社横断的な体制及びガバナンスの構築」全体では「★コラム14:知財部門のミッション変革の方向性」を織り込むことに加え、「■事例10:経営/取締役と知財部門・事業部門の実効的なコミュニケーション(ブリヂストンの事例)」「■事例11:IPランドスケープを活用した事業部門と知財部門の連携(旭化成の事例)」「■事例12:知財部員の人材育成に向けた取組(ソニーグループの事例)」「■事例13:大企業とスタートアップとのアライアンスの取組(KDDI の事例)」と多様な取組事例を収載した。
なお、(ア)今後、本ガイドラインを踏まえた様々な好事例を収集し、多くの企業に共有され、さらなる活性化につながっていくよう取り組んでいくことが必要であり、(イ)経営環境の変化を踏まえ、新たな知見や取組みなども取り入れつつ、本ガイドラインの見直しなどを随時行い、さらなる企業価値の向上に結びつけていくことが重要であるとされている(4頁参照)。