◇SH3907◇中国:近時の中国独禁法の厳罰化傾向と日系企業への影響(下) 鹿 はせる(2022/02/15)

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中国:近時の中国独禁法の厳罰化傾向と日系企業への影響(下)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 鹿   はせる

 

 

(承前)

3. 中国独禁当局による厳罰化傾向の背景及び日系企業に与える影響

⑴ 独禁当局によるIT企業厳罰化の背景

 アリババ等が行なった「二者択一」の要求は、それ自体、取引の相手方である出店者の取引の自由を制約し、競合者の排除を目的とする行為であるから、SAMRの行った処分は独禁法の観点から違和感のあるものではなく、同様の行為が仮に日本で行われたとしても、不当な排他条件付取引であり、独禁法違反行為として問題視される可能性が高いと思われる[8]

 したがって、中国独禁法の厳罰化といっても、①厳罰化が行われる背景と②日系企業への影響のいずれにおいても、多面的・重層的な意味合いがあり、安易に単純化できないのが現状である。

 まず①の厳罰化が行われる背景としては、中国当局による民間企業の統制強化という文脈が言及されやすいが、世界の潮流として、GAFA等の巨大IT企業に対する米国・EU及び日本の独禁当局の対応の厳格化と軌を一にする側面もある[9]

 また、中国独自の事情として、IT企業に関する国内の競争環境にも着目する必要がある。すなわち、中国では国外のIT企業の直接参入が制限されていることもあり、広大な市場を巡って毎年数多くの国内スタートアップ企業が起業している。一方で、大手IT企業はアリババ及びテンセントを頂点に寡占化していることから、スタートアップ企業は買収、出資等によりそれらの大手IT企業の傘下に収まることが多く、最終的には多くの事業で2つの競合者に収束するのが一般的となっている。アリババが処罰を受けたECプラットフォーム事業では、アリババと京東(JD)が2大競合者である。美団の所在するフードデリバリーサービスも美団と餓了麼(英: Ele.me)が2大競合者であり、美団はテンセント、Eleはアリババのそれぞれの傘下でもある。

 これらの2大競合者が熾烈な争いを繰り広げる最中で、競合他社と取引を継続する場合には自らは取引しない、又は処遇を劣後させるとして、利用者に対していずれかの選択を迫ることが多いため、中国では排他条件付取引よりも「二者択一」の用語が浸透した。特に、大手プラットフォーマーがそういった選択を出店者に迫ることは、昨年の処罰より前から社会問題化しており、大手の出店者がプラットフォーマーに対して、独禁法違反を理由として民事訴訟を提起することもあった。しかし、当局(特に地方当局)は、企業が成長する過程においては、経済を牽引する効果を期待し寛容な態度を取ることも多く、問題が深刻化してから集中的に処罰することで解決を図る傾向にあることが指摘されている。また、以前では、SAMRの独禁法執行部門の人員不足により、独禁法違反行為については、当局による調査よりも被害を主張する者による民事訴訟の提起が推奨されていたとも指摘されている。この点、昨年では執行部門の人員が大幅増員されたとの報道も見られ、厳罰化の傾向は当分続くものと見られる。

 但し、厳罰化といっても、具体的に処分の内容に着目した場合、アリババ、美団に対する制裁金の金額及びテンセントが過去に行った違法な企業結合に対する問題解消措置の内容は、いずれも企業にとって妥協的とも評価できる。中国独禁当局によるIT企業処分は、これまで放置していた問題への対応を急に変えたことは否めないが、他の法域の処罰と比較して過度に厳しいものといえるかどうかは、なお議論の余地がある。

 

⑵ 厳罰化の日系企業への影響及び対応

 次に、②の日系企業への影響については、中国独禁当局の厳罰化が日系企業を対象とするものであるかについては、現時点の回答はノーである。もっとも、以下に述べるように、リニエンシー申請及び民事訴訟対応を含め、外資企業であっても中国で独禁法の積極的・主体的運用が求められるようになってきていることは指摘できる。

 2021年に行われた処罰の多くは中国国内企業を対象とするものであった。日系企業(日本企業の中国子会社を含む。)に対する処分は数件程度であるが、うち2件は上記のとおり、中国IT企業との合弁設立による企業結合届出義務を怠ったもので、いわば合弁相手に巻き込まれたのに近い形で制裁金額も小さい。その他2021年11月には、日本大手物流企業の中国子会社が、他の中国企業2社と2017年に入札カルテル及び市場分割を行ったとして、処罰が公表されているが、同子会社はカルテルを察知後、リニエンシー申請を第1順位で行ったことから、90%の制裁金の減免が認められている。この取扱いからも分かるように、現時点でSAMRは他の国の企業と比較して、日系企業に対して特段厳しい又は不合理な対応をとっておらず、日系企業は中国で独禁法違反行為を内部告発や社内調査等により察知した場合、リニエンシー等の制度の利用を通じて、処罰の軽減を積極的に目指す選択肢が考えられる[10]

 観点によっては、アリババ、テンセント等の中国大手IT企業に対する独禁法エンフォースメントの厳格化は、日系企業にとって追い風にすらなりうる。中国のデジタルプラットフォームにおいて、日系企業は運営者ではなく、利用者にあたるため、「二者択一」等不合理・不利益な条件をプラットフォーマーから迫られる立場にあるためである。特に近年中国では、いわゆる路面店の売上が落ちており、デジタルプラットフォームを利用したオンラインショッピングの占める割合が非常に高まっている[11]。日系企業にとっても、アリババ等が運営するデジタルプラットフォームに対する依存度が高まり、11月11日等の大規模なオンラインセールにおける売上が重要化してきている。

 各国共通の問題であるが、プラットフォーマーと利用者(特に出店者)の間では交渉力に大きな差がある。実務の経験上も、中国におけるプラットフォーム出店の場面において、「二者択一」のような極端なケースではないにせよ、運営者にとって一方的に有利な条項を含む出店契約の締結を求められることや、出店者に無理を強いていると思われる場面に遭遇することがしばしばある[12]。日系企業としては、今後プラットフォーマーとの交渉において、むしろ近時の中国当局による規制強化を有利に利用することが考えられる[13]

 

⑶ 日系企業に対する独禁民事訴訟

 他方で、行政処分ではなく、民事訴訟では、2021年4月に、浙江省寧波市中級人民法院で、2014年に提起された中国民間企業4社を原告とし、日本大手金属会社を被告とする独禁法違反に基づく損害賠償請求(原告である中国企業4社は、被告の日本企業が保有するネオジム焼却磁石関連の特許ライセンスの許諾を求めたところ、拒否されたことを被告による市場支配的地位の濫用と主張した)で、原告の請求を認容する一審判決が下されたことが注目される。

 同一審判決は、被告の日本企業が保有するネオジム焼却磁石関連特許は標準必須特許にあたらないものの、原告がネオジム磁石製品市場に参入するのに必須である、いわゆる不可欠施設(Essential Facilities)にあたることを理由に、原告の請求を認容し、原告の損害を「被告からライセンスが得られていれば得られていた利益」を基礎に算定したうえで、被告の損害賠償を認めた。もし同判決が確定した場合には、今後日系企業が中国で現地企業から技術ライセンスの許諾を求められた場合、その技術が相手方にとって「不可欠」と認められることで、事実上ライセンスの許諾を強制されるリスクがあり、実務上のインパクトは決して軽視できない。

 本稿では同判決内容の詳細について立ち入る余裕はないが、判決書を読む限り、いくつか重要な論点に関する一審の判断には疑問を覚える(訴訟提起から一審判決までに7年がかかったことからも複雑な経緯をたどったことがうかがわれる。)[14]。被告の日本企業は、同一審判決を不服として控訴を提起しており、昨年11月から中国最高人民法院の知的財産法廷で審議が開行われている。同案件については、最高人民法院の判断及び類似訴訟の提起の有無も含め、今後の動向が注目される。



[8] 例えば、公取委が、アマゾンジャパン合同会社に対して、同社が、Amazonの出店者との間の契約において価格及び品揃え等について、他のデジタルプラットフォームと比較して最も有利なものとする等の同等性条件を定めることにより、拘束条件付取引にあたるとして、同社に対して行なった調査及び処分を参照。(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h29/jun/170601.html

[9] 公取委の「デジタル市場における公正取引委員会の取組」参照。(https://www.jftc.go.jp/dk/digital/index.html

[10] リニエンシー以外に利用可能な制度としては、日本独禁法48条の2以下で定められる確約手続と類似する、事業者承諾制度が考えられる。SAMRは2019年1月に「独占案件経営者承諾ガイドライン」(中国語:垄断案件经营者承诺指南)を公布し、事業者が一定の要件のもと、カルテル案件を自主的に申告し、行為の終了及び改善措置等を承諾することで、当局が調査を中止・終了させることができるとしている。但し、(日本の確約手続も同様であるが)同制度は価格の取決め等のいわゆるハードコア・カルテルには適用されないため、ハードコア・カルテル行為が発覚した場合は、リニエンシーを用いる必要がある。

[11] 背景としては、オンラインショッピングの方が消費者にとって輸送等が便利であるとともに、大手ECサイトの運営業者が模造品対策に力を入れており消費者に代わって厳格にチェックしてくれることや、出店者との間のトラブル処理及び返品等のクレームについても迅速に対応してくれること等が挙げられる。

[12] もっとも、これらの問題はプラットフォーマーが大量の出店者を画一的に処理しようとするために発生することが多く、プラットフォーマーとの個別の交渉により解決が図られることも多い。

[13] 上記SAMRが公布した「プラットフォーム経済分野における独占禁止ガイドライン」(中国語:平台经济领域的反垄断指南)は、日系企業にとってのプラットフォーマー対策の行動指針としても重要である。

[14] 例えば、上記の通り市場支配的地位の濫用を認めるためには、まず被告の「市場支配的地位」が認定される必要があるが、本件一審判決は原告が参入を制約されたと主張する川下市場(ネオジム焼却磁石商品市場)に対して、「被告が保有するネオジム焼却磁石特許」という川上市場を画定したうえで、被告の同市場における市場支配的地位を有していること及び同特許が原告にとって「不可欠」であると認定している。その際、被告が自らの技術を“essential”、”critical”と宣伝していたことを重要な根拠の一つとしている。しかし、一般的に企業が自らの技術をそのように誇示することは、広告宣伝の観点からまま見られることであり、市場の差別化の根拠となりうるのか疑問である。本件一審判決は、少なくとも過去のEssential facilitiesの該当性が争われた欧米の事例と比較して、「不可欠性」の認定のハードルが相当低いとの印象受ける。同判決は、その他にも原告の損害の認定や、知的創作のためのインセンティブ確保という観点に対する論及の薄さなど問題が多いように思われる。

 


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(ろく・はせる)

長島・大野・常松法律事務所東京オフィスパートナー。2006年東京大学法学部卒業。2008年東京大学法科大学院修了。2017年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018年から2019年まで中国大手法律事務所の中倫法律事務所(北京)に駐在。M&A等のコーポレート業務、競争法業務の他、在中日系企業の企業法務全般及び中国企業の対日投資に関する法務サポートを行なっている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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