◇SH3955◇中国:債権回収の新制度の活用及び実務上の留意点(上) 鹿はせる/季菲菲(2022/03/28)

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中国:債権回収の新制度の活用及び実務上の留意点(上)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 鹿   はせる

中国弁護士 季   菲 菲

 

 日系企業は中国において取引先からの債権回収の困難に直面することが少なくない。一般的に、取引先からの債権回収を確保するためには、①取引前及び最中における紛争予防としてとれる手段、②取り立て困難が発生した後の紛争解決手段としてとれる手段の双方を講じる必要がある。紛争予防の手段としては、取引相手方についての信用調査[1]、契約条項の規定(所有権留保、違約金条項など)、保証人や担保の取得、相手方の信用状況のモニタリング等が考えられる。

 しかし、これらの紛争予防手段を講じたとしても、債権回収の困難が現実化した場合には、紛争解決手段として、訴訟又は仲裁を提起することが求められる。取引の相手方が中国に所在する場合は、中国の裁判所を通じた強制執行が必要となる。日系企業は、一般的に海外の裁判所を通じた紛争解決を嫌い、とりわけ中国における執行手続等の債権回収に対しては「困難」「面倒」の印象を持ち、利用を躊躇する傾向にある。

 この点、近年中国では、国内でも問題視されていた強制執行の困難(中国語で「執行難」と呼ばれる)[2]を解決する手段としていくつかの制度の施行を強化する傾向がある。実際に弊所が関与した案件においても、工夫次第では使い勝手が良く、債権回収に役立った経験が少なくない。以下ではそれら制度の概要及び実務上の留意点を説明する。

 

1 信用喪失者公表制度

 信用喪失者公表制度は「最高人民法院による信用喪失被執行人リスト情報の公表に関する若干規定」[3](「信用喪失者若干規定」)に定められており、その客観的要件、申立者、リスト掲載期限及び影響は以下のとおりである。

客観的要件 相手方において以下のいずれかの要件を満たす場合:

  1. 履行能力があるにもかかわらず(下記参照)発効した確定判決等に確定された債務(下記参照の弁済を拒否した場合
  2. ② 証拠偽造、暴力、脅威等の方式にて執行を妨害、拒否した場合
  3. ③ 虚偽の訴訟、虚偽の仲裁、又は財産の隠匿、移転等の方法で執行を回避する場合
  4. ④ 財産報告制度に違反した場合
  5. ⑤ 消費制限令に違反した場合
  6. ⑥ 正当な理由なく和解協議の履行を拒否した場合
申立者
  1. ・ 執行申立人(債権者):裁判所(人民法院)に対して被執行人を信用喪失被執行人リスト(いわゆる信用喪失者リスト)に掲載するよう申し立てることができる。
  2. ・ 裁判所:職権により決定することも可能。
掲載期間 上記②~⑥の場合:原則2年であるが、暴力、脅威との方式で執行を妨害、拒否して情状が厳重である場合、又は複数の信用喪失行為がある場合、1年~3年延長可能。
①の場合:(明確に規定されていないものの)債務の弁済が完了するまで
効果 裁判所は信用喪失者リスト情報を政府関連部門、金融監督管理機構、金融機構、行政職能を担当する事業機関及び業界協会等に通告することとなっている。
これにより、信用喪失者は、政府仕入調達、入札募集・入札、行政審査承認、政府支援、融資与信、市場参入、資格認定等の場面で不利な立場に置かれる。

 

 申立要件のうち、以下の点は実務上留意すべきである。

  1. ① 規定の文言上は、債務者が「履行能力があるにもかかわらず」、判決等で確定した義務を履行しないことが要件とされている。しかし、現行の実務上、債権者に債務者の履行能力を証明することまでは求められておらず、「債務者が期限までに義務を履行していない」と認められれば、申立を認められる。
  2. ② 債務者の義務は「発効した法律文書」で確定されている必要があるが、現行の実務上、私人間の契約書面では要件を満たさず、裁判所等の公的機関が確認した書面であることが必要とされている。この点、「最高人民法院による人民法院における執行工作の若干問題に関する規定(試行)」[4](「執行工作規定」)によれば、人民法院の執行機構は以下の「発効した法律文書」を執行するとされている(2条)[5]
  1.  ⑴ 人民法院による民事、行政判決、裁定、調停書、民事制裁決定、支払令、及び刑事に付帯する民事判決、裁定、調停書
  2.  ⑵ 法に基づき人民法院が執行する行政処罰の決定、行政処理の決定
  3.  ⑶ 国内の仲裁機関が下した仲裁判断及び調停書、人民法院が仲裁法の関連規定に従って下した財産保全及び証拠保全裁定
  4.  ⑷ 公証機関が法に従って強制執行力を与えた債権文書
  5.  ⑸ 人民法院の裁定を経てその効力が認められた外国の裁判所が下した判決、裁定及び国外の仲裁機関が下した仲裁判断
  6.  ⑹ その他

 なお、信用喪失者として公表された場合の効果について、法的なものは上記の通り政府調達等の場面で不利に働くのみである。しかし、実際には信用喪失者リストは公表されるため、中国では中国執行情報公開ウェブサイト[6]を通じて、取引先が信用喪失者かどうかを知ることができ、取引の中止や信用力強化のための担保供与、前払い等を求めるかどうかの有力な参考情報となる。逆に、信用喪失者リストに掲載された企業にとっては、そういった要求を取引先から突きつけられるようになり、ビジネスを円滑に行うことが困難になるため、掲載リストからの削除を求めて任意に債務を弁済する圧力として機能している。

 

2 消費制限制度

 上記の通り、信用喪失者公表制度は債務者のビジネス継続を事実上困難にすることで、任意弁済を促す機能があるのに対して、消費制限制度は、弁済を行わない債務者に実際の不便を与えることで、任意弁済を促す仕組みとなっている。当該制度は、「最高人民法院による被執行人における高額消費及び関連消費の制限に関する若干規定」[7](「消費制限若干規定」)で定められており、その概要は以下のとおりである。

客観的要件 被執行人が執行通知書に指定する期間内に、判決等により確定された支払義務を履行しない場合
申立者 原則、執行申立人(債権者)が裁判所に対して申し立てるが、裁判所は職権により決定することもできる。
制限期間 期間は定められておらず、被執行人は債務の弁済を完了するまで消費制限を受ける。
効果 消費制限措置が認められた場合、債務者は以下の高額消費、及び、「一般的生活及び勤務に必須と認められない消費行為」を禁じられる。

  1. ① 交通機関のうち、飛行機、寝台列車、船舶のビジネスクラス以上の座席、寝台の利用
  2. ② 一つ星以上のホテル、ラウンジ、ゴルフ場等の場所における高額消費
  3. ③ 不動産の購入、又は家屋の新築、増築、高額な改築
  4. ④ 高級なビジネスビル、ホテル、マンション等の賃借
  5. ⑤ 必須と認められない車両の購入
  6. ⑥ 旅行
  7. ⑦ 子を高額な私立学校に就学させること
  8. ⑧ 高額な保険料で保険金融商品を購入すること
  9. ⑨ Gで始まる列車番号の高速鉄道に乗ること、その他の急行列車のファーストクラス以上の座席を利用することを含む、その他の一般的生活及び勤務に必須と認められない消費行為

 

 中国では債務を弁済しないにもかかわらず、財産移転等により自らは贅沢な生活をする債務非弁済者(中国語で「老赖」と呼ばれる。)に対する不満が強いことが、こういった強い行為制限を課す背景となっている。実務上、上記の消費制限が全て漏れなく執行できるとは限らないが、少なくとも交通機関又は鉄道の利用に関しては、鉄道や航空関連システムが裁判所のシステムと連動しているため、実質的影響を受ける。また、こちらも事実上の効果として、取引先の企業を調査すると、企業の代表者が消費制限対象者になっているかどうかが判明するので、消費制限を受けている者にとってはビジネスの継続が困難となり、調査した者にとっては、取引契約の締結及び継続に関する重要な参考情報となる。

 なお、被執行人が法人である場合には、法人自身の消費が制限される他、その法定代表者、主要責任者、債務履行に直接影響を与える責任者、実質的支配者も上記①~⑨における消費行動が禁止される対象となりうるが、どの範囲の者まで制限者に含めるかは、裁判所による認定が必要である。

 この点、現在の実務においては、裁判所は制限者の範囲を広げることに慎重であり、通常法人の登記上の法定代表者のみが対象とされることが多い。この点を利用して、信用状況が悪化した法人では、登記上の法定代表者を無関係の第三者に交替させることが行われることがあり、留意を要する[8]

(下)につづく

 


[1] 但し、サイバーセキュリティ法、個人情報保護法等いわゆるデータプロテクション関連法令が続々と成立・施行されている状況において、実務上信用調査は難化している。

[2] なお、中国の執行法実務では用語として「執行難」と「執行不能」が区別されており、前者は債務者に実際に資力があるにもかかわらず財産の隠匿等を通じて執行を困難にする場合を指し、後者は債務者が本当に資力を有していないため、執行できない状況を指す。この両者の用語が区別されていることからも分かるように、中国では債務者が資力を有するにもかかわらず、財産隠匿等を通じて任意に弁済を行わないまま、ビジネスを継続するケースがままあり、社会問題化していたことが、これら制度を創設する背景となっている。

[3] 中国語:最高人民法院关于公布失信被执行人名单信息的若干规定

[4] 中国語:最高人民法院关于人民法院执行工作若干问题的规定(试行)

[5] 列挙されているものから、日本の民事執行法22条各号所定の「債務名義」に近いことが分かる。

[6] 中国語:中国执行信息公开网。http://zxgk.court.gov.cn/shixin/

[7] 中国語:最高人民法院关于限制被执行人高消费及有关消费的若干规定

[8] もしこのような事態が発生した場合には、従前の法定代表者を「実質的支配者」にあたるとして、申立対象に加えることが検討に値する。

 


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(ろく・はせる)

長島・大野・常松法律事務所東京オフィスパートナー。2006年東京大学法学部卒業。2008年東京大学法科大学院修了。2017年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018年から2019年まで中国大手法律事務所の中倫法律事務所(北京)に駐在。M&A等のコーポレート業務、競争法業務の他、在中日系企業の企業法務全般及び中国企業の対日投資に関する法務サポートを行なっている。

 

(Feifei・Ji)

日本長島・大野・常松律師事務所上海オフィス顧問。2015年華東政法大学外国語学部(日本語専攻)、法学部(第二専攻)卒業、2018年華東政法大学大学院修了(法学修士)。現在長島・大野・常松法律事務所上海オフィスの顧問として一般企業法務、M&A及び企業再編、紛争解決を中心に幅広い分野を取り扱っている。(※中国法により中国弁護士としての登録・執務は認められていません。)

 

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