資金決済法等の一部を改正する法律案が国会で可決、成立
岩田合同法律事務所
弁護士 和 田 義 光
1 はじめに
令和4年6月3日、安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案が成立した(以下「本改正」という。)。
本改正は、社会経済全体のデジタル化が進む中、金融のデジタル化[1]等に対応し、安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るため、電子決済手段の交換等を行う電子決済手段等取引業及び複数の金融機関等の委託を受けて為替取引に係る分析等を行う為替取引分析業の創設等の措置を講ずること等を内容とする。本稿では、本改正の概要について、本改正でポイントなった「電子決済手段等への対応」「銀行等による取引モニタリング等の共同化への対応」「高額電子移転可能型前払式支払手段への対応」の3点を中心に説明する。
2 本改正の内容
(金融庁「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案の概要」
(以下「金融庁概要」という。)から引用)
⑴ 電子決済手段等への対応
ステーブルコイン[2]には、次の2つの分類がある。
- ① 法定通貨の価値と連動した価格(例:1コイン=1円)で発行され、発行価格と同額で償還を約するもの及びこれに準ずるもの(以下「デジタルマネー類似型」という。)
- ② ①以外(アルゴリズムで価値の安定を試みるもの等)
(金融庁「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案の説明資料」
(以下「金融庁説明資料」という。)5頁)
現行制度では、デジタルマネー類似型については、「通貨建資産」(資金決済法2条6項)として暗号資産から除外され、送金としての「為替取引」に用いられるものについて[3]は、これを発行・償還する行為には、銀行法上の銀行業免許又は資金決済法上の資金移動業登録が必要[4]であった[5]。しかしながら、デジタルマネー類似型のステーブルコインについて、発行等の機能(主として利用者から資金を預かり、運用する機能)を担う発行者と、移転・管理の機能(取引の検証メカニズムや顧客に対するカストディサービス、電子的支払手段の取引を可能とするアプリの提供を含む。)を担う仲介者が分離したスキームに対しては、仲介者に対し、たとえば暗号資産と同様の形態で取引され得るもの等に関する規律を適用するのかも含めて、利用者保護やマネー・ローンダリング等対策、決済機能の安定の観点からの規律が及ぶか明確でなかった[6]。
本改正により、電子決済手段等取引業等[7]が創設され、これまで規制のなかった、電子決済手段等の発行者(銀行・信託会社等)と利用者との間に立つ仲介者について登録制が導入され(改正資金決済法2条10~12項、同法62条の3等)、利用者に対する情報提供や利用者の保護[8]を図ること、利用者の財産の管理等が規制されることとなり(同法62条の10~17)、仲介者に対し、報告、資料の提出命令、立入検査、業務改善命令等(同法62条の18~24)の監督が及ぶこととされた。また、仲介者について犯罪収益移転防止法の取引時確認義務等に関する規定が整備された(犯罪収益移転防止法2条等)。
さらに、本改正により、電子決済手段に該当する一定の信託受益権について、信託会社等に資金決済法等の規律を適用し、発行者又は仲介者が破綻した場合における利用者に対する償還請求権が適切に確保されることにより、信用リスク、金利リスク、流動性リスク、為替リスク等のリスクが最小化・明確化されることとなる[9]。そのため、投資判断に有益な情報を提供するという金融商品取引法の開示規制について適用しないこととした(改正金融商品取引法2条等、改正資金決済法37条の2等)。
⑵ 銀行等による取引モニタリング等の共同化への対応
マネー・ローンダリング等の手口の巧妙化等を踏まえ、取引モニタリング等について、国際的にもより高い水準での対応が求められており、現在、銀行界において、取引モニタリング等の共同化への対応による高度化・効率化に向け、具体的な検討が加速している[10]。
本改正により、為替取引分析業を創設し、預金取扱金融機関等の委託を受けて、為替取引に関し、顧客が制裁対象者に該当するか否か、又は、取引に疑わしい点があるかどうかを分析し、その結果を預金取扱金融機関等に通知することを共同化して実施する為替取扱分析業者について、業務運営の質を確保する観点から、許可制を導入した(改正資金決済法2条18項、63条の23等)。為替取引分析業者は、情報の適切な管理を行うことなどとされ(同法63条の27~31)、報告、資料の提出命令、立入検査、業務改善命令等(同法63条の32~37)等の監督が及ぶこととされた。
⑶ 高額電子移転可能型前払式支払手段への対応
我が国では、前払式支払手段については、犯罪収益移転防止法上の取引時確認(本人確認)義務や疑わしい取引の届け出義務等が課されておらず、資金決済法上、利用者ごとの発行額の上限も設けられていない[11]。しかしながら、我が国で利用されている前払式支払手段については、電子的な譲渡・移転が可能なものも利用されており、中には、アカウントのチャージ可能額の上限額が高額となるものもある[12]。
そこで、高額電子移転可能型前払式支払手段[13]の発行者について、不正利用の防止等を求める観点から、業務実施計画の届出(資金決済法11条の2等)、犯罪収益移転防止法の取引時確認義務等に関する規定を整備した(犯罪収益移転防止法2条等)。
3 まとめ
本改正により、デジタルマネーを発行する民間事業者については、利用者保護やマネー・ローンダリング等の対策が求められることとなるが、金融のデジタル化の進展を踏まえ、決済の効率化等に向けた民間のイノベーションを促進することを内容とした改正となっており[14]、国際的な規制の動向等を踏まえつつ、多様な関係者が連携・共同し、適切な運用が求められる。また、マネー・ローンダリング等の手口の巧妙化等を踏まえ、本改正を踏まえ、金融機関等についてはより高い水準での対応が求められるといえよう。
以 上
[1] たとえば、送金・決裁の分野において、近年、法定通貨と価値の連動を目指すステーブルコインを用いた取引が、米国等で急速に拡大している(金融審議会「『資金決済ワーキング・グループ』報告」(以下「WG報告書」という。)2022年1月11日、13頁、https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2022/06/houkoku.pdf)。
[2] ステーブルコインには明確な定義は存在しないが、一般的には、特定の資産と関連して価値の安定を目的とするデジタルアセットで分散台帳技術(又はこれと類似の技術)を用いているものをいう(金融安定理事会(FSB)「『グローバル・ステーブルコイン』の規制・監督・監視―最終報告とハイレベルな勧告」における定義(WG報告書16頁))。
[3] ステーブルコインの取扱いが「通貨建資産」となる場合に、それが「為替取引」に用いられずに「前払式支払手段」(資金決済法3条1項)として発行される場合も想定される。
[4] 100万円以下のステーブルコインの移動については資金移動業の登録が必要となり(資金決済法2条2項・37条、資金決済に関する法律施行令2条)、100万円を超えるステーブルコインの移動については銀行業の免許が必要となる(銀行法2条1項・2条2項・4条1項)。
[5] 小笠原匡隆=島内洋人「ステーブルコイン・DeFiとCBDC」金判1611号(2021)120頁
[6] 前掲WG報告書21頁
[7] 電子決済手段等取引業とは、電子決済手段の売買・交換、管理、媒介等や、銀行等を代理して預金債権等の増減を行う行為を業として行うことをいう(改正資金決済法2条10項)。
[8] 海外では、顧客から受け入れた資金を適切に保全していない事業者が存在するという指摘がある(前掲WG報告書13頁)
[9] WG報告書24~25頁
[10] 前掲金融庁説明資料13頁
[11] 前掲WG報告書36頁
[12] 日本資金決済業協会のアンケート調査結果(2021年12月)によると、実際の利用者はかなり限られるとみられている(前掲金融庁説明資料17頁)が、例えば、国際ブランドのプリペイドカードにおいて数千万円のチャージが可能なサービスも提供されている(前掲WG報告書37頁)
[13] 高額電子移転可能型前払式支払手段とは、電子情報処理組織を用いて高額の価値移転等を行うことができる第三者型前払式支払手段等をいう(資金決済法3条、11条の2等)
[14] 前掲金融庁概要
(わだ・よしみつ)
岩田合同法律事務所所属。2014年北海道大学法学部卒業。2016年一橋大学法科大学院修了。2018年1月裁判官任官。松山地方裁判所勤務を経て、2021年4月「判事補及び検事の弁護士職務経験に関する法律」に基づき弁護士登録。
岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/
<事務所概要>
1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。
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