◇SH4090◇契約の終了 第22回 書面でする消費貸借における貸主からの解除(下) 谷口聡(2022/08/04)

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契約の終了
第22回 書面でする消費貸借における貸主からの解除(下)

高崎経済大学教授

谷 口   聡

 

(承前)

4 改正民法587条の2第2項の「効力を失う」概念

⑴ 「効力を失う」概念の検討の必要性

 上記までの価値判断に立って、金銭交付前の解除権を貸主に認めようとする場合、法理論的な根拠が必要となる。筆者は、改正民法587条の2第3項を類推適用できないかを検討するものである。「貸主による不安の抗弁」と「破産手続開始決定による失効」との中間に、借主の財産状況悪化を根拠として「貸主からの解除」という効果が認められれば、より円滑な金融実務に資すると考えるからである。

 その際、最大の問題点となるのは、同条同項の「効力を失う」という文言および概念である。「効力を失う」ということは、要件が満たされた場合に必然的に権利が失効することを一般的には意味すると思われる。この点、当事者の一方的「意思表示」によって契約関係を解消する「解除」とは異なっている。

 そこで、改正前民法の立法過程である法典調査会における審議を考察するとともに、民法の典型契約におけるその他の条文における「効力を失う」概念を検討して、その内容をみてみることにしたい。

⑵ 改正前民法589条の立法過程における法典調査会の審議

 改正前民法の589条の立法過程である法典調査会では、起草案は、「……契約ヲ解除スルコトヲ得」という条文であった。それにもかかわらず、議論の末可決された修正案は、「効力ヲ失フ」というものとなった。これは、富井博士の「或ハ破産ノ宣告ヲ受ケタ当事者自ラモ解除ヲスルコトカ出来ト云フ迄ニ規定シタ方カ宜イ」のではないかという発言に始まり、横田国臣委員や土方寧委員が「どちらテモ破産ヲシタナラハ当然解除セラルルト云フコトニシタ方カ宜」いのではと言う提案をしたのに対して、その解除は当事者のどちらからできるのかといった議論へと発展して、議論の収拾が困難になった。そこへ、梅謙次郎博士が、「夫レテハ一ツ案ヲ出シマス……『消費貸借ノ予約ハ爾後当事者ノ一方カ破産ノ宣告ヲ受ケタルトキハ其効力ヲ失フ』斯ウ云フコトニシタ方カ実際ハ宜カラウト思ヒマスカ如何テアリマスカ……」という修正案を提示して、これが賛成多数で可決されたということである[21]。この点の立法経緯を観ると、改正前民法589条の「効力を失う」という文言の中身は、契約両当事者の解除に対する「意思」であるということが読み取れる。

 改正前民法589条の「効力を失う」という文言に関する立法者の意図は、その他の文献から窺い知ることは難しい[22]

⑶ 改正前民法552条〔定期贈与〕の規定における「効力を失う」概念

 『民法修正案理由書』において、「本条ノ規定ハ既成法典ニ其例ナシ」とある[23]ので、旧民法関係条文の考察を省く。法典調査会で起草案提示に際して、ドイツ民法第一草案、同第二草案、オーストア、チューリッヒなどの国々の関係条文が「(参照)」されているが、「効力ヲ失フ」という文言に関係した議論は無い[24]。岡松参太郎の『民法理由』では、文言の説明として「『其効力ヲ失フ』-反対ノ意思表示ナキトキニ限ル」との記述のみがある[25]。梅謙次郎『民法要義巻之三』では、「本条ノ規定モ亦当事者ノ意思ヲ推定シテ之ヲ定メタルモノナリ故ニ当事者カ反対ノ意思ヲ表示シタルトキハ固ヨリ其意思ニ依ルヘキモノトス」(中略)「贈与者又ハ受贈者カ死亡スルトキハ其贈与ハ将来ニ向テ効力ヲ失フヘキモノトシタルナリ」として、任意規定であることおよび将来的効力のみがあると捉えている[26]

 その後の解釈論では、我妻博士が、「当事者の普通の意思を推定した規定である」「反対の特約を許すのだから、……」と述べたり[27]、石田穣博士が「『贈与者又ハ受贈者ノ死亡ニ因リテ其効力ヲ失フ』。……なぜなら、これが当事者の通常の意思に合致するからである」と述べている[28]ように、「意思の推定」でありかつ「任意規定」であるとするものがほとんどである。なお、柚木馨博士と高木多喜男博士が『注釈民法』において、ドイツ民法典の対応条文がBGB520条であると示している[29]が、BGB520条は、「贈与者が回帰的給付は、……贈与者の死亡と共に消滅す(erlischt)。」というものであり、„erlöschen“(>erlischt)「消滅する」概念は、ドイツ法におけるその他の契約終了関係概念との関りはない。

 以上のように、民法552条の「効力を失う」概念は、フランス法、ドイツ法の関係概念との関りはなく、わが国独自の概念であるとともに、本稿検討目的の改正前民法589条の「効力を失う」概念とも直接的な関係は無いと判断される。

⑷ 改正前民法556条2項〔売買の一方の予約〕の規定における「効力を失う」概念

 この条文について法典調査会で提示された参照条文、フランス民法1587条、同1588条、同1589条、旧民法財産編415条、財産取得編26条、27条、28条、31条、32条、商法532条に関しては、財産取得編31条規定の「解除条件」に関する文言を除いて、「効力を失う」こと、さらには、「権利などの消滅」に言及する条文は無い[30]。また、この条文の「効力を失う」概念は、フランス法上の「失効(caducité)」概念[31]ともかかわりがないと思われる。法典調査会の審議、『民法修正案理由書』、梅謙次郎『民法要義巻之三』においても民法556条2項の「効力を失う」概念に関する議論や著述は無い[32]

 その後の解釈論において、我妻博士が、民法556条2項を示した直後「第一九条などと同一の趣旨である」との著述を示した[33]。根拠はまったく記述されていなかったが、この条文と平成12年(2000年)成年後見制度導入前の民法19条の規定の文章構成が酷似しているため、そのような解釈の余地もあるものと考えられる。その場合には、準禁治産者の行為の「取消しの擬制」といった趣旨を民法556条2項の条文に当てはめて解釈することになり、「予約完結権の不行使の意思表示の擬制」といったことになるが、いずれにしても改正前民法589条の「効力を失う」概念とこの条文の同一文言との関係性は無いと判断される。

⑸ 改正前民法599条〔使用貸借終了〕の規定における「効力を失う」概念

 改正民法597条3項は、「使用貸借は、借主の死亡によって終了する。」としているが、改正前民法では、「死亡によって、その効力を失う」と規定されていた。

 この条文の沿革を辿り、旧民法典における対応条文財産取得編196条をみると、使用貸借終了に関する概念は用いられていない[34]。財産取得編196条の制定過程も同様である[35]。法典調査会の条文起草で参照されたフランス民法1879条にも契約終了に関係する概念は存在しない[36]。ドイツ民法605条では、貸主の相続人に解除権を認めている[37]。立法関係者の意思として、この条文の法意は、使用貸借を終了させないことが「当事者の意思に反する」というものである[38]。この「効力を失う」概念について、後の解釈論における展開は見られない[39]

 以上から、改正前民法599条の「効力を失う」概念は、直接的には改正前民法589条の同一文言との関係性がないということになると考えられる。

⑹ 小括

 以上から、わが国の典型契約規定上の「効力を失う」概念に直接的な共通性や統一性は無いということができることから、各々条文において個々別々に概念を考えるべきである。その場合には、改正前民法589条およびそれと接続された改正民法587条の2第3項の「効力を失う」という文言の中身には、貸主からの「解除の意思」が含まれるものと解されると考えられる。

 

5 改正民法審議過程における「効力を失う」概念

 今般の民法改正の法制審議会での審議過程で、典型契約上の「効力を失う」概念はどのように扱われたのかを簡略的に考察する。

 この点について、改正民法587条の2第3項に関しては格別な議論は存在していない。同様に、結論的には、民法552条の審議過程、民法556条2項の審議過程、改正民法597条3項の審議過程において「効力を失う」概念に関する格別な検討の形跡は存在しない[40]。法制審議会の委員の一人潮見佳男教授は後の著書で民法597条3項について「改正前民法599条を引き継ぐものである」とのみ記述している[41]

 なお、フランス法には従来から「失効(caducité)」という確立された概念が民法上存在している。この概念が今般の民法改正審議に影響を与えたかにつき深川祐佳教授が分析している[42]が、条文制定の結果として、具体的な影響は受けていないことを示しておられると考える[43]

 

6 結論

 金銭消費貸借において契約後金銭交付前に、借主の財産状態悪化を理由とする貸主からの解除を認めることについては、改正前民法589条の立法経緯、その後の多数の学説、改正後の実務家の考え、ドイツ民法との比較法的考察から支持されうる。さらに、金融機関における金銭消費貸借契約の「約定書」の「期限の利益喪失条項」は、直截には、金銭交付前の状況に適用できるものではないが、「貸主保護」「債権債務関係をゼロにする」という意味で共通の価値理念に基づく条項と言える。以上によれば、価値判断として、貸主に金銭交付前の解除権を認めることは可能である。貸主には不安の抗弁のみを認めれば十分との考え方もあろうが、貸主と借主の債権債務関係を完全に解消できる効果をもたらす解除を認めることにはそれなりの意義もある。

 そこで、貸主に解除権を認める根拠として、改正民法587条の2第3項を活用できないか。同条は、改正前民法589条を引き継いだ条文である。したがって、改正前民法589条における議論が一定の範囲で活用可能である。法典調査会の審議をみれば、起草条文は「解除スルコトヲ得」となっていた。その審議の過程からは同条の「効力ヲ失フ」の中には「貸主からの解除」が包含されていることがわかった。そして、わが国の民法典における典型契約上の「効力を失う」概念は、その立法経緯が各々全く異なっており、統一性や共通性が見いだせない。したがって、「効力を失う」概念は、個々の条文において、個別にその概念の中身を考えることが可能である。以上によれば、改正民法587条の2第3項の「効力を失う」の中身として、「貸主からの解除」を読み込むことが不可能とまでは言い切れないのではないか。したがって、改正民法587条の2第3項を類推適用できるとするならば、民法1条2項の信義誠実の原則を根拠とした事情変更の原則のような抽象的な法的根拠よりも、具体的な条文に根拠を求めることが可能であり、また、民法制定当初からの同条の理念にも合致する法的構成となろう。

 結論として、金銭消費貸借契約後、金銭交付前に、借主に「財産状況悪化」に関する一定の明確な司法手続が実施されたこと、例えば、破産手続開始決定のみならず、更生手続・清算手続開始の申請や借主の財産への差押などの要件をもって、改正民法587条の2第3項を類推適用して、貸主に解除をする権利を認めるべきであると考える。

以 上

 


[21] 前掲注[10]  296頁以下。

[22] 廣中編著・前掲注[12] 567頁以下、廣中俊雄編著『第九回帝国議会の民法審議』(有斐閣、1986)230~231頁、岡松・前掲注[12] 次179頁、梅・前掲注[5] 592頁以下、松波仁一郎ほか合著『帝国民法正解 第六巻〔復刻版〕』(穂積陳重ほか校閲)(日本法律学校、1897)1069頁以下などには関係する記述は見当たらない。

[23] 廣中編著・前掲注[12] 470頁。

[24] 前掲注[10] 306頁以下。

[25] 岡松・前掲注[12] 次540頁。

[26] 梅・前掲注[5] 470頁。

[27] 我妻・前掲注[13] 236頁。

[28] 石田穣・前掲注[16] 116頁。

[29] 柚木馨・高木多喜男『注釈民法(14)債権(5)』(有斐閣、1966)33頁。

[30] 前掲注[10] 16頁、木村健助=柳瀬兼助『現代外国法典叢書 仏蘭西民法〔Ⅳ〕』(有斐閣、1942)6頁以下。

[31] 上井長十「フランス法における『契約の失効』について」法学研究論集15号(2001)97頁。

[32] 前掲注[10] 16頁以下、『民法修正案理由書』(八尾書店、1898)477頁以下、梅・前掲注[5] 476頁以下。

[33] 我妻・前掲注[13] 260頁。

[34] 「財産取得編百九十六条」前田達明編『史料民法典』(成文堂、2004)863頁参照。

[35] 「箕作麟祥訳仏蘭西民法典1879条」前田・前掲注[34] 179頁参照、「明治11年民法草案第千四百六十八条」同578頁参照、「旧民法草案第千三百九十一条」同863頁参照。

[36] 木村=柳瀬・前掲注[30] 238頁。

[37] 柚木馨=高木多喜男『外国法典叢書 独逸民法〔Ⅱ〕債務法』(有斐閣、1955)529頁では、“kündigen“が「解除する」とされている。

[38] 法典調査会における富井博士の発言『法典調査会民法議事速記録第三十二巻』(日本学術振興会、1894)100頁以下、『民法修正案理由書』(八尾新助、1898)513頁以下、岡松・前掲注[12] 次195頁以下など参照。

[39] 我妻・前掲注[13] には関係する記述はない。

[40] 商事法務編『民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理の補足説明』(商事法務、2011)338頁以下、330頁、372頁参照。また、商事法務編・前掲注[2] 432頁以下、395頁以下、470頁以下参照。

[41] 潮見・前掲注[4] 258頁。

[42] 深川祐佳「相互依存契約の終了――フランス民法典における契約の失効(caducité)を参考にして」南山法学43巻2号(2019)1頁。

[43] 前掲深川教授の分析では、「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」「第11」 の 「2」「同一の当事者間で締結された複数の契約」に「失効(caducité)」が参照されたが、『要綱試案』の段階でこの草案条文は丸ごと削除されたことが示されている。

 

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