広告表示・勧誘規制に関する試論(再考)
―事業規制手法の多様化と(行政)法理論の観点から―
第1回 広告表示・勧誘規制――はじめに
弁護士法人キャストグローバル
弁護士 酒 井 俊 和
【第1回】 広告表示・勧誘規制――はじめに
【目次】 1 広告表示・勧誘規制――はじめに ⑴ 本稿の目的 ⑵ 広告表示規制とは? ⑶ 勧誘規制とは? ――金融法の観点も踏まえて ⑷ 広告表示・勧誘規制という(広義の)視点――行政法の観点も踏まえて ⑸ 本稿の構成 |
1 広告表示・勧誘規制――はじめに
⑴ 本稿の目的
本稿は、日本における広告表示に関連する法規制(以下「広告表示規制」という。)を、包括的にかつ理論的に検証することを目的としている。広告表示規制については、すでに優れた書籍や文献が存在するものの、本稿を執筆するにあたり関連する書籍や文献を改めて調査した印象としては、その重要性や実務上の需要に鑑みると、これを包括的にかつ理論的に検証した書籍や文献は必ずしも多くない。本稿の第一の目的は、広告表示規制を包括的にかつ理論的に検証する最新の論文となることである。
また本稿は、広告表示規制につき、これを包括的にかつ理論的に検証した従来の書籍や文献とは異なる視点から、広告表示規制の新たな体系的理解を提示することを目的としている。従来の書籍や文献においては、広告表示に関する法規制の歴史的沿革や、その一般法とでもいうべき主要法令(不当景品類及び不当表示防止法、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律、消費者契約法、知的財産法など)との関係から、不当表示規制と表示義務規制に議論の中心が置かれ、これ以外の広告表示規制は、個別的に独立したものとして取り上げられる傾向があった。個別的に独立して取り上げられる広告表示規制においては、広告そのものの禁止(規制)や勧誘・販売を行うにあたっての許認可・登録規制なども含まれている。広告表示規制は、憲法における「営業の自由」(憲法第22条、第29条)の制約という観点からその理論的な位置づけが議論されることが多いが[1]、こうした観点から見た場合、不当表示規制、表示義務規制、広告禁止規制、許認可・登録規制は同列の関係にあると言える。すなわち、これらは、行政法理論との関係では、「営業の自由」規制における方法・態様の違いに過ぎない。「営業の自由」規制および行政法理論という上位概念から見た場合、「営業の自由」を規制する手法は典型的な広告表示規制(不当表示規制と表示義務規制)に限られないことは明らかであり、これにより、従来は個別的に独立して取り上げられる広告表示規制も含めた体系的理解が可能となるように思われる。筆者の知る限り、このような観点からの検証が行われたことはこれまでないが、本稿の第二の目的は、このような行政法理論に基づく広告表示規制の新たな体系的理解を提示することである。
さらに本稿は、上記第二の目的とも関連して、従来の広告表示規制を含むがこれに限られない「広告表示・勧誘規制」という新たな体系的理解を提示することを目的としている。広告表示規制は、事業者による消費者に対する情報提供を伴う勧誘行為を規制するものであるが、金融規制分野の主要法令である金融商品取引法(以下「金商法」という。)においては、勧誘行為(「営業の自由」)に対する規制手法(以下「勧誘規制」という。)は登録規制や届出規制が中心となっており、広告表示規制はその補完的規制という様相を呈している。金商法における勧誘規制と広告表示規制の関係は、上記第二の目的との関係上、広告表示規制の新たな体系的理解にあたり有益な材料となる可能性がある。筆者らの知る限り、このような観点からの検証が行われたことはこれまでないが、本稿の第三の目的は、勧誘規制と広告表示規制を統合した「広告表示・勧誘規制」という新たな体系的理解を提示することである。
最後に本稿は、「広告表示・勧誘規制」という新たな体系的理解に基づき、広告表示・勧誘に関連する法令のいくつかにつき個別具体的な検討を行う。上記のように、本稿で提示する「広告表示・勧誘規制」は、従来の典型的な広告表示規制を内包しつつ、これと密接に関連しまたはその外縁となる個別的に独立して取り上げられる広告表示規制や(金商法における)勧誘規制を取り込んで、これらを再構築・体系化したものとなる。「広告表示・勧誘規制」においても、従来の典型的な広告表示規制(不当表示規制と表示義務規制)の内容や説明に基本的な変更はなく、「広告表示・勧誘規制」がその独自的価値を発揮するのは、❶従来は個別的に独立して取り上げられる広告表示規制の体系化とその説明、❷広告表示規制と金商法における勧誘規制の一体的理解、❸「広告表示・勧誘規制」の体系的理解から見た場合における、勧誘行為(「営業の自由」)に対する規制手法の再検討と評価という点となる。本稿における紙面は無限ではないため、本稿においては、従来の典型的な広告表示規制に係る個別法令については従来の書籍や文献の紹介とその概要説明にとどめ、上記❶❷❸の観点から独自性を有すると思われる個別法令についてのみ検討を行う。筆者らの知る限り、このような観点からの検討が行われたことはこれまでないが、本稿の第四の目的は、上記❶❷❸の観点から独自性を有すると思われる個別法令の検討を行うことである。
以上を踏まえ、以下、具体的な検討を行う。
⑵ 広告表示規制とは?
(a) 広告表示の意義と必要性
憲法における「営業の自由」という観点から見た場合、広告表示はどのような意義と必要性を有しているであろうか。
広告表示規制を包括的かつ理論的に検証した従来の書籍や文献においても、広告表示の意義と必要性から議論を始めるものは、必ずしも多くはない。[2]
広告表示の意義と必要性から議論を始めている文献[3]においては、広告表示の意義と必要性は、市場経済における事業者と消費者との情報格差(情報の非対称性)から説明が行われることが多い。
まず、前提として、憲法における「営業の自由」には、営業活動に付随して広告・宣伝活動をすることが当然含まれる[4]。営業活動に付随する広告・宣伝活動は、一般的にマーケティングと呼ばれるため、広告表示の意義と必要性は、マーケティングの意義と必要性と同義のものとして議論されることも多い。[5]
次に、歴史的に見た場合、広告表示の意義と必要性は、現代の市場経済における社会構造から説明される。すなわち、現代の市場経済は、不特定多数の消費者を対象に大量生産・大量販売により商品・サービスを提供するため、広告表示は、事業者の観点からは、その提供する商品・サービスを一般消費者に販売するにあたり、当該商品・サービスに関する情報を伝達し、その販売促進を図る上で重要な役割を果たす。他方、一般消費者の観点からは、広告表示は、その必要とする商品・サービスを選択するにあたり、事業者が提供する商品・サービスに関する情報を取得するために重要な役割を果たす。[6]
さらに、デジタル化が進んだ現在の情報社会においては、広告表示やマーケティングも、インターネットを含むデジタル媒体を通じたものが圧倒的に多くなっている。これに先立つマスコミ時代(マスコミにより広告宣伝が独占されていた時代)と比べ、事業者と一般消費者との非対面化はさらに加速し、一般消費者が商品・サービスを選択するにあたっては、インターネット検索も含め、デジタル媒体による広告表示が不可欠の存在となっている。[7]
(b) 「広告」および「表示」とは?
「広告」または「表示」という用語は多くの法令で使用されているが、法令上定義が存在しない場合も多い。
一般的に、「広告」とは、広告主が企業や商品・サービスを宣伝することをいい、「表示」とは、商品・サービスと物理的に密着しまたはこれに関連する表現をいうとされる。[8]
もう少し詳しく説明する場合、「広告」とは、事業者が消費者に対し、商品・サービスの知名度を高め、その特性を理解させ、消費者の購買意欲を高めることを目的とし、媒介を介した表現物によって行うコミュニケーション活動などと定義される。[9]
他方、「表示」には、広義と狭義の2つの意味があるとされる。まず、広義の「表示」とは、事業者が消費者に対し、事業者の提供する商品・サービスの識別のために、その内容、取引条件など取引に関しての情報を提供する行為をいう。次に、狭義の「表示」(通常「ラベル」と呼ばれる)とは、事業者が消費者に対し、商品の名称、品質、内容量、取扱い方法、取引条件など消費者が商品を特定する上で不可欠の情報を具備し、商品に密着して提供されるものをいう。[10]
「広告」と「表示」との関係は、まず、「広告」は広義の「表示」の一部を構成する。次に、「広告」と狭義の「表示」は、「広告」は消費者が商品・サービスを選択する上で中間的な情報を提供するものであるのに対し、狭義の「表示」は消費者が商品・サービスを選択する上で最終的な情報を提供するものである点において、その情報提供としての機能を異にするとされる。[11]
以上は伝統的な説明となるが、デジタル化が進んだ現在社会においては、「広告」と「表示」の接近・融合(より正確には「広告」の狭義の「表示」化)が指摘されている。すなわち、マスコミ時代には、大量販売を満足させるために「広告」と「表示」は別々に機能しながら補完し合ってきたが、その元をたどれば、店頭での売買取引は「広告」と「表示」が一体化して機能していたものである。この分離した機能を再び戻そうとするのが情報社会である。1979年の古い資料[12]によれば、広告は中間的な情報で消費者の即時対応を求めていないとされるが、2004年の消費者基本法をはじめ、消費者契約法は、消費者が契約場面に誘い込まれる場面を想定し、その保護を前提に立法化されている。そこでは、消費者が商品・サービスを自主的に選択する上での最終的な情報として「広告」にその機能と責任を課すケースが生まれていると指摘される。[13]
なお、「広告」と狭義の「表示」は異なっているが、特に法律に定義規定が設けられている場合の他は、「広告」と「表示」は双方を含むもの(すなわち、広義の「表示」を意味する。)と解釈するのが合理的であると指摘されている。[14]
(c) 広告表示規制の必要性
事業者と一般消費者との間には情報の非対称性が存在するため、広告表示は、一般消費者の適正な商品・サービス選択に資するために必要となる事項につき正しく行われる必要がある。このため、法律は、❶広告表示の内容に虚偽や誇大なものがあった場合にはこれを禁止または制限したり(不当表示規制)、❷一般消費者が適正に商品・サービス選択できるための必要な事項について広告表示を義務付けたりする(表示義務規制)(広告表示規制)。[15]
伝統的な説明においては、「広告」と「表示」に分けて見た場合、その機能および役割の相違から、両者を規律する原則が異なると指摘される。すなわち、「表示」(ラベル)に関しては、虚偽や誇大な表示が規制されるのみではなく、商品・サービスの性質に応じて最低限必要な事項の表示が積極的に義務付けられる。他方、「広告」に関しては、一般論としては、一定の事項について制度上表示義務を課すことは原則として適当でなく、制度上の規制は虚偽誇大の範囲内に留めるべきであるとされる[16]。[17]
もっとも、デジタル化の進んだ現代の情報社会においては、一般消費者はインターネット上の「広告」のみで商品・サービス選択の最終判断を行う場面が増えており、「広告」と狭義の「表示」の接近・融合化が進んでいる。[18]こうした観点からは、現代の「広告」においては、商品・サービスに関する最低限必要な事項の情報提供を行うことも必要または適切である場面が増えてきている。[19]
(d) 広告表示規制の種類・内容:概観
日本においては、広告表示規制に関する一般法は存在しない。
それでは、広告表示規制に関連する法令(以下「広告表示関連法令」という。)にはどのようなものが存在し、それらは全体としてどのような関係にあるのか。
この点、広告表示規制には様々な種類や内容があることから、一般的に、複数の異なる観点から広告表示関連法令の分類が行われる傾向がある。こうした複数の異なる観点からの分類についても、不当表示規制と表示義務規制(規制手法)の2つを基軸として全体をまとめるもの、公正競争と消費者保護の観点(保護法益)の2つを基軸として全体をまとめるもの、知的財産法における広告表示規制(商標法や不正競争防止法など)を中心に説明を行うもの、現在社会におけるプライバシーや個人情報保護の観点から検討を行うもの、広告に関する紛争と広告責任という民事的観点から検討を行うもの、マーケティングビジネスという商業的観点から検討を行うものなど、筆者の属性(弁護士、広告代理店、その他)やその専門性(独占禁止法、消費者保護法、知的財産法、プライバシー関連法など)により、分類そのものや取り上げられる広告表示関連法令が異なっている。このように、広告表示関連法令に関する統一した分類は存在しないように思われる(詳細は第2回で検討予定)。
しかしながら、規制内容という観点から見た場合には、上記(c)記載の通り、❶虚偽または誇大な広告表示を禁止または制限する規制(不当表示規制)と❷商品・サービスに関する一定の情報の表示を義務付ける規制(表示義務規制)が中心的に議論されている(詳細は第2回で検討予定)。
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(さかい・としかず)
1999年弁護士登録。株式会社東京三菱銀行など複数の国内・外資系の金融機関に出向。金融規制及びコンプライアンス全般、ストラクチャード・ファイナンス、バンキング、信託、アセット・マネジメントなどを専門とする。横浜国立大学大学院国際経済法学研究科卒業。
著作物は『ファイナンス法――金融法の基礎と先端金融取引のエッセンス』(商事法務、2016)など。講演は「パネルディスカッション『世界と国内の規制の最新事情:日本と世界が抱える新たな課題』」(金融規制ジャパン・サミット2017)、「Harmonization of Capital Market」(第54回AIJAミュンヘン国際会議)など。