「SNS」プラットフォームに関する文献調査と日本への示唆(2)
アリックスパートナーズ ディレクター
福 永 啓 太
東京大学名誉教授
アリックスパートナーズ アカデミックアドバイザー
後 藤 晃
目 次 1 要旨 2 はじめに 3 「SNS」プラットフォームの競争を制限する力に関する検討 4 「SNS」プラットフォームに関する日本の当局による調査の検討 5 結論 文献リスト |
3 「SNS」プラットフォームの競争を制限する力に関する検討
海外当局によるいわゆる「SNS」プラットフォームの市場支配力に関する調査として、例えば英国CMA報告書、欧州委員会に委託された調査報告書であるCrémer, et al.(2019)などがある[4]。また、当局の見方に批判的な論者による議論として、Varian(2021)やEvans(2017)、主に経済学におけるプラットフォームに関する議論をレビューする論文として、Calvano and Polo(2021)、Rietveld and Schilling(2021)などがある。
こうした調査・論考は、いわゆる「SNS」プラットフォームの市場支配力に関して、ネットワーク効果(直接・間接ネットワーク効果の有無や程度、ユーザーが特定のプラットフォームを使い続ける程度を意味するフォーカリティの有無・程度)やネットワーク効果を弱める方向に作用するユーザーのマルチホーミングの有無・程度、スイッチングの容易性といった考慮要素があることを論じている。本章では、既存の論文に基づいてこれらの考慮要素について説明し、日本におけるいわゆる「SNS」プラットフォームに関して、これらの考慮要素が与える示唆を検討する。
3.1 ネットワーク効果について得られる示唆
直接ネットワーク効果は、特定のプラットフォームのユーザーが多くなればなるほど、当該プラットフォームのユーザーにとっての価値が大きくなるという状況を生み出す。ネットワーク効果が強いとき、市場のティッピングが生じる(ユーザーの需要が最も大きなプラットフォームに集中する)結果、市場集中度が高まる可能性がある。このとき、ネットワーク効果が発揮されることにより、便益が生じる可能性と、市場支配力の行使によって弊害が生じる可能性の両方がある[5]。
ネットワーク効果の便益だけを考慮すれば、ネットワーク効果を背景とする市場支配力による弊害の可能性を無視することになってしまい、消費者厚生や社会厚生への悪影響を見過ごすおそれがある。他方、ネットワーク効果の弊害の可能性だけが取り上げられると、ネットワーク効果が強いことがただちに市場支配力の根拠であるとされ、そのことをもってプラットフォーム規制強化の根拠とされてしまい、ネットワーク効果によって生じる可能性がある便益が失われてしまうことになりかねない。したがって、ネットワーク効果による便益と弊害のどちらが生じる可能性が大きいか、規制を行う前に慎重に判断を行う必要がある。
その際、ネットワーク効果によって市場支配力が高まり、弊害を生じさせる要因として、どのようなものがあるかという点が自ずと重要となる。Calvano and Polo(2021)は、既存のプラットフォームの市場支配力を生じさせ得る要素として、スイッチングコストと「フォーカリティ」(ユーザーが、他のユーザーはある特定のプラットフォームを使い続けるだろうと推測して当該プラットフォームを選ぶとき、当該プラットフォームは「フォーカル」であるという)を挙げる。そして、既存のプラットフォームの市場支配力を弱め得る要因として、ローカルなネットワーク効果(ネットワーク効果が全てのユーザーについて働くのではなく、親しいつながりのユーザーについてのみ働く場合、ネットワーク効果がローカルであるという)と、マルチホーミングを挙げる。そして、いずれの要因についても、様々な研究が行われている途上であるとして確定的な言説は行わず、さらなる分析が必要であるという立場をとる。
これに対し、CMA報告書をはじめとする海外競争当局の調査は、プラットフォームが直面するネットワーク効果を重視し、既存のプラットフォームが市場支配力を有すると結論づける点で共通する。例えばCMA報告書は、いわゆる「SNS」市場ではユーザー側の需要の増加がさらにユーザー側の需要増につながるという直接ネットワーク効果が働くことを前提とした上で、Facebookが最も大きなプレゼンスを占める英国では、ユーザー側の市場でMeta[6]が市場支配力を得ているとしている。
CMA報告書によれば、Metaはこれに反論し、いわゆる「SNS」プラットフォームが直面するネットワーク効果は、ユーザーが最も重視する家族や親しい友人などとの緊密なつながりのみに関して働くローカルなものであり、「SNS」プラットフォームが新規参入するために必要なユーザー数は小さいことを主張したとされる[7]。関連して、Katona, Zubcsek and Sarvary(2011)は、ネットワークへの加入や口コミの拡散効果の観点で見たとき、単なるネットワークの大きさではなく、ネットワークに含まれるユーザー間のつながりの強さの方が重要であることを指摘する。
これに対し、CMA報告書は、過去10年間、Metaが提供するサービスと十分に異なり、Metaと密接に競合しないプラットフォームしか成功裏に参入できておらず、またその規模もMetaと比較して小さい程度に止まるとし、これが、直接ネットワーク効果がMetaの市場支配力を生み出していることの証拠であるとする[8]。
しかし、別の見方として、競争事業者はサービスの差別化を行うことでユーザーの関心を巡って競争することが尚可能である。Evans (2017)も指摘するように、多くの「SNS」プラットフォームは広告収入から利益を得ており、広告主から広告料を獲得するための競争を行っている。特に、多くの場合、ユーザーに対して無料でサービスが提供されていることから、広告事業において成功するためには、Metaと同様のサービスを提供することで競争する必要はなく、むしろMetaが提供できないサービスを提供することでユーザーや広告主を惹き付けようとすることの方が自然である。競争者として成長しているTikTokはその例である。またMetaはAppleやGoogleのプライバシーポリシーの変更に伴い、ターゲット広告に関して課題に直面している[9]。
こうした議論を踏まえると、英国等、海外のいわゆる「SNS」について直接ネットワーク効果が働くと競争当局が主張していることをもって、日本においてMetaが競争を制限する力を有すると結論づけることはできないと筆者らは考える。理由は以下の通りである。
まず、日本においては、2022年時点の全人口に占めるアクティブユーザー数の比率は、LINE71%、YouTube52%、Twitter47%となっているのに対して、Facebook39%、Instagram31%であり、FacebookやInstagramよりプレゼンスが大きい競争相手が複数存在する[10]。
二点目に、上で述べたとおり、広告主は他のプラットフォームやチャネルを通じて消費者にアクセスすることができる。
三点目にCMA報告書は、英国において、2019年においてディスプレイ広告にかける費用の半分以上をMetaが占めると推定しているが、それも直接ネットワーク効果によるものとは限らない。ターゲティング広告に関する改善された技術等、直接ネットワーク効果とは直接関係しない要因によってMetaが広告主に評価されており、それが、広告市場におけるMetaのプレゼンスとして表れている可能性がある。他のプラットフォームが、ネットワーク効果に依拠しようとするだけでなく、他の方法で、広告収入を得る競争を行える可能性もある。
四点目に、いわゆる「SNS」に関しては、日本におけるネットワーク効果の性質や程度について、さらに検討を行うことが必要である。
実際、Katona, Zubcsek and Sarvary(2011)は、筆者らが特定することができた、いわゆる「SNS」に関するネットワーク効果についての唯一の実証的な論文である。同論文は、1)すでにSNSプラットフォームに加入したユーザーに関するローカルなネットワーク構造、2)すでにSNSプラットフォームに加入しているインフルエンサー、3)今後加入する可能性がある潜在的なユーザー、という3つの要因が、個々のユーザーの加入の有無に影響を与えることを想定するモデルを想定し、欧州におけるSNSプラットフォーム(具体的なプラットフォーム名は明らかにされていない)から得られたデータを使い、モデルの推定を行った。
このうち、同論文では、ローカルなネットワーク構造については、より多くの既存の加入者とつながっている人ほど加入する確率が高くなること、既存の加入者とのつながりの密度が高い人ほど加入する確率が高くなることが明らかになった。また、全体的なネットワークの中でのその人の位置づけや特性が加入確率や、加入した後のインフルエンサーとしての影響力に有意な影響を与えることも同論文において明らかになった。さらに、同論文は、インフルエンサーとしての影響力は、当該インフルエンサーがつながるユーザーの数が増加するほど、限界的には逓減することも明らかにした。
以上のような推定結果から、Katona, Zubcsek and Sarvary(2011)は、マーケティングの観点から、Word of Mouth(口コミ)の効果を大きくするためには、純粋なネットワークの大きさではなく、ネットワークに含まれるコミュニティの強さの方が重要であるとする。また、口コミを拡散させるためには、単につながりが多いユーザーをインフルエンサーとして特定しターゲットにするより、つながり自体は少なくても、密接なつながりを有するユーザーをターゲットとした方が効果的であるとする。
この観点からは、単なるネットワークの大きさや、それによって示唆されるかもしれない直接ネットワーク効果は、そもそもSNSプラットフォームの競争力に密接に関連していない可能性が示される。
さらにこの点に関連して、単にユーザー数や、プラットフォーム上で費やされるユーザーの時間をネットワーク効果の大きさを表す指標として用い、それらをベースに例えば市場シェアを計算するなどして、ユーザーに対する支配的地位の目安にすることは、SNSに関しては適切でないおそれがある。直接ネットワーク効果が強く働くとすれば、ユーザー数やプラットフォーム上で費やされるユーザーの時間(ユーザー数の増加に応じて増加する)は、直接ネットワーク効果と密接な関係があると思われるので、支配的地位に係る合理的な指標といえそうではある。しかし、そもそも直接ネットワーク効果が強く働かないのが実態であったとすれば、直接ネットワーク効果により支配的地位が生じるというロジックは成り立たず、したがって、ユーザー数やプラットフォーム上で費やされるユーザーの時間も支配的地位に関係しないことになる。
以上より、Metaが日本において競争を制限する力を有すると判断する前に、日本におけるSNSに関して、Metaにとっての有力な競争者の存在を考慮することや、直接ネットワーク効果の評価も含め、Metaの競争を制限する力の源泉(FacebookやInstagramよりも利用されているサービスを含む、代替的なサービスからの競争圧力の検討を含む)に関して理論と客観的な事実とに基づいて理解を深める必要がある、と筆者らは考える。
3.2 需要者のマルチホーミングについて得られる示唆
当局による調査をはじめ、プラットフォームの市場支配力を懸念する論文や報告書の多くは、ユーザー側及び広告主側のマルチホーミングがプラットフォームの市場支配力の有無を決める重要な要因であると認識している。マルチホーミングは特定のプラットフォームへの依存を減らし、競争事業者がユーザーを獲得する機会を作り、他の代替的なオプションがあることをユーザーに知らせることになるため、特定のプラットフォームの市場支配力を減ずると考えられるからである[11]。
しかし、そうした需要者のマルチホーミングの実態の評価の面では各調査の間に違いがある。具体的には、欧州委員会から調査を委託されたCrémer, et al.(2019)や、Stigler Center報告書は、マルチホーミングがプラットフォームの市場支配力を軽減し得ることを指摘しているが、マルチホーミングの実態についての実証的な検討は限定的にしか行われていない。
CMA報告書は、英国におけるインターネット利用実態の調査・分析を行うComscore社の「cross-visiting」のデータを用いて、SNSプラットフォームのマルチホーミングの実態について分析している[12]。cross-visitingは、特定の2つのサイトを訪れたユーザーの数を示す。同分析によれば、英国において、Facebookユーザーで他のSNSプラットフォームを利用している人の割合より、他のSNSプラットフォームのユーザーでFacebookを利用している人の割合の方が多い。前者は、多くてもTwitterが53%で(つまりFacebookユーザーのうち53%がTwitterを同時に利用している)、少ないものはTumblrの6%である(つまりFacebookユーザーのうち6%がTumblrを同時に利用している)。それに対して後者は概ね90%以上に上り、少ないものでもTumblrの81%である(つまりTumblrユーザーのうち81%がFacebookを同時に利用している)。このことからCMA報告書は、Facebookユーザーは他の「SNS」プラットフォームを同時に利用しているものの、Facebookに代替するものとして他の「SNS」プラットフォームを利用している訳ではない[13]とし、マルチホーミングがFacebookの市場支配力を軽減しないという見解である。
しかし、cross-visitingの比率に差があるというだけでは、重要なポイントであるFacebookのユーザーがFacebookと代替的なサービスを利用している程度やその理由を捕捉することにはならないため、Facebookとその他の「SNS」プラットフォームとの間で代替性がないと結論することはできないはずである。そもそもcross-visitingは特定の2つのサイトを訪れたユーザーの数を示すに過ぎず、ユーザーのサービス利用の程度を捕捉するものではないという点で、Facebookと他のプラットフォームのサービスとの間の代替性を検討する上での有用性は限られる[14]。
Akman(2021)は、英国を含む10カ国を対象としたユーザーへのアンケート調査で、ソーシャル・職業ネットワーキングに関して、マルチホーミングをしているユーザーの割合は、フランスを除くすべての対象国で50%を超えるという結果を得た[15]。この結果から、Akman(2021)は、一般的な前提条件として、マルチホーミングが行われていないと仮定することは適切ではないと指摘する。
PPMI(2021)は、欧州における12ヵ国(英国は含まれない)のユーザーを対象にアンケート調査を行い、SNSプラットフォームのユーザーの89%以上が月に2つ以上のアプリを利用しているという結果を得た[16]。メッセンジャーアプリのマルチホーミングの状況については、82%以上が月に2つ以上のアプリを利用していると回答し、マルチホーミングが浸透していることが窺える[17]。
以上のマルチホーミングの実態に関する分析を横断的に見たとき、以下が指摘できる。まず、分析に用いたデータには、取得方法、対象とする国や期間などに違いがあるものの、プラットフォーム間のマルチホーミングの有無に関していえば、ユーザーによるマルチホーミングは行われているといってよさそうである。しかし、マルチホーミングの程度については、上で説明したように、サンプル対象が異なることに加え、分析対象とする期間が、CMA報告書では1ヵ月、Akman(2021)では過去1年間、PPMI(2021)では過去3ヵ月間と異なるため、これらを直接的に比較評価することはできない。
いわゆる「SNS」プラットフォームの市場支配力の有無を判断するに当たっては、マルチホーミングの有無だけでなく、その程度についても評価することが必要である。そのためには、①マルチホーミングの程度の計測方法(計測対象(人数、プラットフォーム上で費やされた時間等)、計測期間)、②市場支配力の有無を判断するためのマルチホーミングの程度に関する基準、の2つの要素について、今後検討が深められ、一貫性のある分析方法を確立する必要がある。
現状では、一つの方法に依拠するのではなく、考え得る複数の分析方法でマルチホーミングの実態を多角的に捉えようとすることが考え得る一つのアプローチだろう。
日本においてマルチホーミングが行われている程度が大きいほど、Metaが日本において競争を制限する力を有する蓋然性は小さくなる。日本においてはMetaと競争する有力な「SNS」プラットフォームが複数存在することに鑑み、マルチホーミングの程度は、当然、十分考慮されるべきである。
3.3 市場画定・市場シェアについて得られる示唆
CMA報告書では、SNSを、消費者が互いに交流しコンテンツを楽しむ場を提供するオンラインプラットフォームとして定義し、SNSプラットフォームとして、Facebookのほか、YouTube、Snapchat、WhatsApp、Instagram、TikTok、Twitter、LinkedIn、Pinterest、Reddit、Tumblrを含んでいる[18]。しかし、Facebookの市場シェアを計算するに当たっては、ほとんどの消費者が動画ストリーミングサービスを利用する目的でYouTubeを利用しているのに対して、Facebookではよりソーシャルネットワーキングに焦点が置かれていることを理由に、YouTubeを除外した上で市場シェアを計算し、その結果、英国におけるFacebookのシェアをユーザーの利用時間のベースで54%と算定した[19]。
米国FTCは、2021年9月訴状において、関連市場を個人向けのソーシャルネットワーク(Personal Social Network、PSN)市場と画定した上で、2021年9月現在で事業者をFacebook、Instagramの他、Snapchat、MeWeなどと特定し、Facebook及びInstagramのプレゼンスが突出して大きいと主張する。なお、CMAと異なり、FTCはYouTubeやTwitter、TikTokなどは関連市場には含まれないとする[20]。FTCは、サービス上で使われた時間、日次アクティブユーザー数(Daily Active Users、DAUs)、月次アクティブユーザー数(Monthly Active Users、MAUs)のベースで市場シェアを計算しており、ユーザーがサービス上で費やした時間をベースにFacebookの市場シェアを計算すると、2012年以降、継続して80%を超過し、DAUsベースでは、2016年以降、継続して70%を超過し、MAUsベースでは、2012年以降、継続して65%を超過しているという状況である[21]。
ドイツ・Facebook最高裁判決は、商品範囲に関しては、個人ユーザーから見た特性、利用目的及び価格の観点から、ソーシャルネットワークに関する市場を画定し、地理的範囲についてはドイツ人ユーザーが主にドイツ国内において知人とつながるためにソーシャルネットワークを活用することからドイツ国内市場を画定したドイツ連邦カルテル庁を支持した。その上で、ソーシャルネットワークに含まれるサービスは、Facebookの他、StudiVZとJappyのみとした[22]。当該市場において、Facebookの市場シェアは、毎日ソーシャルネットワークサービスを利用している利用者数ベースで、95%以上と算定された[23]。
以上の事例から明らかなように、地理的範囲は自国とすることは共通しているが、商品範囲の画定において、どの事業者を一定の取引分野/関連市場に含めるかの結論は互いに整合しない。いずれも、ユーザーの利用目的や機能・用途に着目して判断を行っているところ、こうした判断は主観的なものであり、少なくとも異なる考慮要素が判断に占める重みが異なれば判断も異なり得る。どの事業者を一定の取引分野/関連市場に含めるかの判断により、市場シェアも大きく変わり得、ひいては市場支配力の有無の判断も変わり得るという状況である。Crémer, et al. (2019)は、デジタル市場については、そもそも適切な市場画定が可能か明らかではないと指摘するが[24]、以上のような商品範囲の不一致は、まさにその問題が顕在化したもののように見える。
さらに、仮に正しく一定の取引分野/関連市場が画定されたとしても、3.1で述べたとおり、市場シェアを計算する際のベースとして何が適切かについてもさらなる検討が必要である。DAUs、MAUs、ユーザーがサービス上で費やした時間が、ビジネスの実務上、一般的に参照されることは、それらを市場シェア算定のベースとする根拠としては不十分なように思われる。また市場シェアが高いことは特定の状況では市場支配力があることを示すかもしれないが、そのためには、市場シェアが市場支配力を示唆することの根拠や、画定された市場の外からの競争圧力についても考慮しなければならない。とりわけ、ユーザーに対して無料でサービスが提供されている状況で、DAUs、MAUs、ユーザーがサービス上で費やした時間等をベースとして計算される市場シェアが、市場支配力を計測する上で合理的であるといえるのか、さらに検討される必要がある。
以上のような状況に鑑みれば、やはり市場シェアは参考程度にとどめておき、市場シェアに依拠して市場支配力の有無を判断することは避けるべきと考えられる。Metaが日本において競争を制限する力を有するといえるか否かを検討するにあたっては、単に市場シェアをみるのではなく、需要者にとって利用可能な代替的サービスの有無や代替の程度、マルチホーミングやスイッチングの容易性に力点を置いた判断が求められる。
3.4 個人情報保護と競争
個人情報保護と競争の関係に係る経済学の議論についても簡単に触れておく。
Acquisti, Taylor, and Wagman(2016)[25]は個人情報保護が消費者厚生や社会厚生に及ぼす影響に関して経済学文献をレビューしている。その重要な結論の一つは、個人情報保護は、想定される状況や前提条件によって消費者厚生や社会厚生を増進させることもあれば、その逆もある。文献によれば、個人情報が他者と共有されることにより取引を阻害する要因が取り除かれ、取引が活性化されることは、厚生を増進させる。他方、個人情報を共有すると、価格差別やスパム、個人情報の窃盗・なりすましなど、厚生を低下させるリスクもある。したがって、個人情報保護が厚生に対する影響は複雑である[26]。また、実証的な研究でも上記と同様の示唆が得られている[27]。この両者のトレードオフの間でどのように個人情報保護をすることが社会的に最適かという点については、研究が緒についたばかりで、共通の理解が存在しているとは言えない状況である。
Stigler Center報告書は、個人情報保護の問題を消費者の限定合理性の問題と関連付けた上で、消費者の行動バイアスや情報劣位によって生じる問題は、競争促進それ自体では解決されないと主張する[28]。競争が激しくなれば、企業はリテラシーが低い消費者からより大きな利益を得、それを原資としてリテラシーが高い消費者を奪い合う競争が行われる。これにより、リテラシーが低い消費者の厚生に悪影響が生じるとともに、リテラシーが高い消費者の厚生は改善する可能性があると同報告書は指摘する。Stigler Center報告書は、以上のように競争促進だけでは解決できない消費者保護の問題があると指摘する。
以上に鑑み、筆者らは、個人情報保護が常に消費者厚生の改善につながるという誤った仮定と競争を関連付けて論じるのは単純に過ぎると考える。個人情報保護に関連する問題の解決方法として独禁法・競争法を用いることは適切ではないおそれがあり、個人情報保護に関して、消費者側の利益と事業者側の利益の間の最適なバランスをとることを目的とした規制を割り当てることが適切だろう。既存のガイドラインの改善や産業による自助努力が効果的なアプローチかもしれない。それにより、規制の費用便益についての検討や、規制により望ましくない結果が予期せず生じることのリスクの評価などを含む、全ての利害関係者間での議論・調整が可能となるからである。
3.5 「SNS」プラットフォームとイノベーション
「SNS」プラットフォームとイノベーションの関係についても簡単に触れておく。
CMA報告書は、Metaが直面する競争圧力は限定的で、参入障壁も存在するため、仮に参入圧力が存在した場合よりも、イノベーションにより消費者の利益になるようなサービスの改善を行おうとする誘因が低くなっているとする[29]。
Stigler Center報告書は、既存のプラットフォームが新規参入を排除する能力を有している現状では、新規参入を支援するベンチャーキャピタルは既存のプラットフォームの事業と直接競合する分野への参入を避け、その周辺分野(例えば、既存のプラットフォームが直面する特定の技術的問題を解決するなど)への参入に対して投資をする傾向があると主張する[30]。それにより、既存のプラットフォームは新規参入から競争圧力を受けることが少なくなるという。また、既存のプラットフォームはその資金力を背景に、積極的にスタートアップ企業などの買収を行っている。MetaがInstagramとWhatsAppを買収した理由として、将来、競争事業者となる可能性がある企業を買収することで、イノベーションの道筋を自社の戦略と整合的になるようにする狙いがあったのではないかという点が主張されている。
これに対して、Varian(2021)は、そもそもGoogle、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft(これらを併せてGAFAMという)による研究開発投資は、全産業・全世界で見ても大きな割合を占めており、GAFAMによるイノベーションへの貢献は大きいとする[31]。また、ベンチャーキャピタルが、既存のプラットフォームの事業を避けるのは、単により高い収益性が望める分野に投資しようとしているだけであるとする。さらに、スタートアップ企業は既存のプラットフォームを脅威と見ておらず、むしろ既存のプラットフォームによる買収を魅力的な成功と考えていると指摘する[32]。
以上のように、新規参入者が既存のプラットフォームの事業分野への参入を避けることや、既存のプラットフォームが競争者となる可能性があるスタートアップ企業を買収することを競争への弊害として重視するCMA報告書やStigler Center報告書の立場と、既存のプラットフォーム自身の研究開発投資やスタートアップの買収をイノベーションの促進要因として重視するVarian (2021)などの立場には、隔たりがある。したがって、政策立案者や規制当局は、事案ごとの個別の事情を勘案することなく、いわゆる「SNS」プラットフォームがイノベーションを阻害するという一般化した前提条件に依拠するべきではない、と筆者らは考える。
(3)につづく
[4] このほか、米国や欧州において係属中の競争当局とMetaとの間の訴訟に関する資料も存在するが、訴訟が係属中であることに鑑み、本稿ではセクション3.3以外では触れない。
[5] Calvano and Polo(2021)6頁。
[6] CMA報告書はMetaへの社名変更前に書かれており、同報告書中ではFacebookと表記されている。以下同様。
[7] CMA報告書 パラ3.208。またIansiti(2021)も同様の指摘をしている。
[8] CMA報告書131~139頁でFacebookが直面するとされるネットワーク効果について論じている。
[9] BBC News, “Google moves to make Android apps more private”
(https://www.bbc.com/news/technology-60403963)
[10] Humble Bunny ウェブサイト
(https://www.humblebunny.com/japans-top-social-media-networks/#facebook)
[11] Iansiti(2021)2頁。
[12] CMA報告書 Appendix C、パラ79~82でcross-visitingのデータを用いた分析が説明されている。対象期間は2020年2月の1ヵ月間である。
[13] CMA報告書 パラ3.173。
[14] CMA報告書、Appendix C パラ82。
[15] 英国は53%である(Akman(2021) Figure 3)。
[16] PPMI(2021) Figure 9。
[17] PPMI(2021) Figure 14。
[18] CMA報告書 パラ2.30、3.153。
[19] CMA報告書 パラ3.169、パラ3.171、及びFigure 3.9。
[20] 2021年9月訴状 パラ169。
[21] 2021年9月訴状 パラ200~201。
[22] 柴田=東條(2021)5頁。
[23] 柴田=東條(2021)10~11頁、舟田(2019)5頁、島村(2019)738頁。
[24] Crémer, et al.(2019)46頁。
[25] Acquisti, Alessandro, Curtis Taylor, and Liad Wagman. “The economics of privacy.” Journal of Economic Literature 54, no. 2(2016): 442-92.
[26] Acquisti, Alessandro, Curtis Taylor, and Liad Wagman(2016)448頁。
[27] 以上、Acquisti, Alessandro, Curtis Taylor, and Liad Wagman(2016)483頁。
[28] 以下、Stigler Center報告書60頁。
[29] CMA報告書 パラ3.194。
[30] さらに、Fa
[31] Varian(2021)Fig.3。
[32] 以上、Varian(2021)5頁。
(ふくなが・けいた)
コンサルティング会社、公取委企業結合課を経て、現在、
(ごとう・あきら)
一橋大学経済学部教授、
主要な日本語の著作は、『日本の産業組織と技術革新』(東京大学出版会、1993)、『イノベーションと日本経済』(岩波書店、2000)、『独占禁止法と日本経済』(NTT出版、2013)、『イノベーション 活性化のための方策』(東洋経済新報社、2016)など。