SH4250 システム障害予防・対応のためのガバナンス体制構築 第3回 人材育成のあり方とガバナンス 澁谷展由(2022/12/22)

組織法務経営・コーポレートガバナンス

システム障害予防・対応のためのガバナンス体制構築
第3回 人材育成のあり方とガバナンス

弁護士法人琴平綜合法律事務所

弁護士・公認不正検査士 澁 谷 展 由

 

1 システム障害予防・対応のための人材育成

 本連載の第1回でも紹介したが、金融庁の調査によると金融機関のシステム障害の「事象別割合」の3割を「管理面・人的要因」が占めている(金融庁「金融機関のシステム障害に関する分析レポート」(2022年6月)7頁)。

 https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/system01.pdf

 みずほフィナンシャルグループのシステム障害特別調査委員会「調査報告書(公表版)」(2021年6月15日)においても、「事業方針において、業務効率化の要請等を考慮しても、よりきめ細やかな人材のリソース配分の方針が示されないまま」システム業務への「人的リソースとコストの削減が計画された」。「従事する人員減少、異動等により」システム「全体を理解できるスキルのある人材や」「構築時のノウハウを有している人材の関与が減少していた」との原因が指摘されていた(126頁)。

 https://www.mizuho-fg.co.jp/release/pdf/20210615release_3_jp.pdf#page=126

 システム障害予防・対応のためには技術面の備えだけでなく、人材面の備えが極めて重要であることが明らかである。

 では、経営陣はシステム障害予防・対応のための人材育成にどのように取り組み、その取組みはどのように検証・評価・改善(ガバナンス)されるべきか。

 本連載第2回では、システム障害予防・対応のためにあるべき体制構築、組織作りを検討し、参考になる具体例を紹介したが、今回は構築された体制を動かす人材の育成のあり方を検討し、参考になる具体例を紹介する。

 

2 近時の政府指針をふまえた経営陣の人材育成に対するガバナンス

 経済産業省が公表した「デジタルガバナンス・コード 2.0」は「ITシステムについて技術的負債となることを防ぎ、計画的なパフォーマンス向上を図っていくこと」について「経営者の関与が不可欠」として、システムのパフォーマンスを主たるテーマの一つに挙げ(1頁)、取り組むべき2つの「戦略」の1つとして「組織づくり・人材・企業文化に関する方策」を挙げている(同年9月13日改訂版・項目2-2)。

 https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/dgc2.pdf

 経営陣が行うべきガバナンスの具体的内容、「望ましい方向性」として以下のような点が挙げられていることが注目される(7頁)。

  1. (ア) デジタル戦略推進のために必要なデジタル人材の定義と、その確保・育成/評価の人事的仕組みが確立されている。
  2. (イ) 人材育成・確保について、現状のギャップとそれを埋める方策が明確化されている。
  3. (ウ) リスキリングやリカレント教育など、全社員の デジタル・リテラシー向上の施策が打たれている。その中では、全社員が目指すべきリテラシーレベルのスキルと、自社のDXを推進するための戦略を実行する上で必要となるスキルとがしっかりと定義され、それぞれのスキル向上に向けたアプローチが明確化されている。

 また、紹介されている「取組例」として以下のようなものが特に注目される(8頁)。

  • DX推進を支える人材として、どのような人材が必要かが明確になっており、確保のための取組を実施している(計画的な育成、中途採用、外部からの出向、事業部門・IT 担当部門間の人事異動等)。
  • 全社員が、デジタル技術を抵抗なく活用し、自らの業務を変革していくことを支援する仕組み(教育・人事評価制度等)がある。
  • デジタルに関する専門知識を身につけた社員が、その知識を活用し、より実践的なスキルを身につけられるような人材配置の仕組みがある。

 また、IT・システム・デジタルにフォーカスした指針ではないが、コーポレートガバナンス・コードが監督・開示を求める人的資本の投資等(補充原則3-1③、4-2②)を具体的にどう検討すべきかの指針ともなる、経産省が公表した「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」(令和4年5月)でも、上記(イ)の関係で「As is – To beギャップ」の定量把握のための取組、上記(ウ)の関係でリスキル・学び直しのための取組を求めている。

 https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/report2.0.pdf

 上記のような政府指針の考え方、システム障害に関する調査報告書の指摘内容などをふまえると、システム障害の予防・対応のために経営陣が取り組み、社外取締役を中心とした監督側が検証・評価・改善(ガバナンス)すべき施策は以下のように考えられる。

  1. ① IT・システムの適切な運用管理に必要な人材の定義
  2. ② IT・システムの適切な運用管理に必要な人材の計画的な確保・育成・評価のための人事制度の構築・運用
  3. ③ ①で定義された人材を社内から確保するためのリスキル、リカレント教育施策の実施
  4. ④ ①~③をふまえた人材のIT・システムに関する司令塔部門、各部門のIT・システム担当への適切な配置

 

3 システム障害予防・対応の観点からも注目すべき人材育成策の具体例

 以上のシステム障害予防・対応のための人材育成策の考え方をふまえつつ、システム障害予防・対応の観点からも注目すべき人材育成の具体例を(1)ビジネス人材とITデジタル人材の双方の特性を兼ねる人材、(2)ビジネス人材のIT・デジタルに関するコミュニケーション能力のリスキル、(3)実践的なリスキル手法、(4)ジョブ型人材育成との連動という視点から以下、検討、紹介する。

⑴ ビジネス人材とITデジタル人材の双方の特性を兼ねる人材

 上記①の人材の定義に関し、ビジネス人材とITデジタル人材の双方の特性を兼ねる人材の必要性が認識されはじめている。

 三井物産は「DXを担う人材タイプの分類」として「ビジネス人材」「DXビジネス人材」「DX技術人材」の3つへの分類を行っている。DXを推進するためには「技術人材」が必要であるが、会社のビジネス、オペレーションへデジタル・ITを反映するにはそれだけでは足りず、「ビジネスとデジタルのどちらにも精通し、ビジネスモデルやサービスの全体設計」ができる「DXビジネス人材」が重要であるという発想に基づいている。同社は「DXビジネス人材」について「育成目標」として「グローバル100人(3年以内に内製化)」を掲げている(三井物産デジタル総合戦略部・真野雄司「DX総合戦略」10頁)

 https://www.mitsui.com/jp/ja/ir/meeting/investorday/2020/pdf/investorday2020_dx_ja.pdf

 味の素も「ビジネスDX人財」について「2020‐2022年度の3年間で100名体制を目指して初級・中級・上級の教育プログラムを開始」し、「2年間で従業員の約60%に相当する延べで1865名が認定を取得」というような計画的な育成を進めている(「味の素グループのデジタル変革(DX)―食と健康の課題解決企業へ―」12頁)。

 https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2022/12/ajinomoto_dx.pdf

 システム障害の発生確率を低下させ、発生時に迅速に収束させることのできるシステムを構築・運用するためにも、ビジネスとIT・システムの双方に精通した人材を確保・育成していく必要がある。

⑵ ビジネス人材のIT・デジタルに関するコミュニケーション能力のリスキル

 上記①の人材の定義との関係で、営業・製造・管理などの通常の部門の人材が、IT・デジタル部門の人材と円滑・適切にコミュニケーションが確保されることが極めて重要である。

 前述のみずほフィナンシャルグループのシステム障害の調査報告書でも、障害発生原因の1つとして「システム担当部署と顧客対応部門の連携」の「不足」、システム担当部署の情報収集・分析はシステム上の問題という視点に留まり、顧客対応部門は「システム復旧を待つ姿勢を基本としていたように見受けられる」といった問題が指摘されていた(86頁)。

 この点、味の素は「エンジニアとのコミュニケーションを取りやすくするスキル」を重視し、「プログラミングを学ぶことでプロジェクトでどんなプログラムを開発してほしいのか、より具体的に指示できるようになる」という発想のもと、「ビジネスDX人財」の上級口座にPythonのプログラミングとプロジェクトマネジメントを研修項目に組み込んでいるという(日経クロステック「失敗しないDX人材育成」2021.10.21記事)。

 システム障害の発生確率を低下させ、発生時に迅速に収束させる観点からは、システム・ITを利用するビジネス部門側の人材に対しても、構築時・運用時や障害発生時にIT・システムと充実した連携を図るために必要なIT・システム・デジタルの知見のリスキルが重要となる。

⑶ 実践的なリスキル手法

 ビジネス人材のIT・デジタルスキルの向上やビジネスとIT・デジタルを兼ねた人材の育成・リスキルには研修に加えて、より実践的な手法を用いる企業も出てきている。

 ブリヂストンは、中級レベルのデータサイエンティスト研修において、社員自身が実業務の中からテーマを設定し、データ分析を通して成果獲得を目指す「業務テーマ演習」を実施しており、修了者が部署に戻ると「その他の社員のスキルレベルがアップし、レベルアップした別の社員が中級演習に入ってくる。そんな良いスパイラルが生まれている」とのことである(日経クロステック「失敗しないDX人材育成」2022.10.31)。

 このほか筆者の見聞したところによると、IT・デジタルに関する社内資格制度を設け、研修受講やIT・デジタル施策へのプロジェクト参加などを経た場合に認定を行い、今後のプロジェクトへのアサインや異動に反映していくという施策を採っている会社もある。

 これは上記①のリスキルだけでなく、上記②のIT・デジタルスキルの評価、上記④の適切な配置にも繋がっていくものである。

 システム障害の発生確率を低下させ、発生時に迅速に収束させる観点からの人材のリスキルにも同様な実践性が求められる。

⑷ ジョブ型人材育成との連動

 上記④の適切な配置の関係では、前述の人材版伊藤レポート2.0や経団連「2022年版 経営労働政策特別委員会報告」においても言及され、検討する会社が増えつつある「ジョブ型」とも関係する(ジョブ型については澁谷展由編著『ジョブ型・副業の人事・法務』(商事法務、2022)をご参照されたい)。

 富士通は、ポジションの社内公募制度やリスキルのためのプログラムの充実(教育投資4割増)を伴うジョブ型を導入し、「上司が認めれば業務中も利用でき、終業後の学習は残業扱いになることもある」といった仕組みを導入した結果、主力部門でのコンサル関連の資格取得者が前年度比2.5倍の約1万5000人に増加するといった成果につながっているという。プログラムを活用している社員からは「キャリアの線路が可視化され、選んで走りやすくなった」との意見が出ている(日経電子版「しごと進化論」2022.5.24)。

 このように上記3⑴におけるITデジタルに関するリスキルの実質を高めるためには人事制度改革との連動も有効な施策となる。

以 上

 


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(しぶや・のぶよし)

弁護士法人琴平綜合法律事務所パートナー弁護士。公認不正検査士。司法試験予備試験考査委員(商法担当。現任)。デジタル庁・地方業務システム法務エキスパート(現任)。指名・報酬委員会運営、役員報酬設計などのコーポレート・ガバナンス体制、コンプライアンス体制の構築、デジタル・IT関係の法務、政策立案のほか、企業法務全般についてアドバイスを提供している。
※ 本稿の見解に当たる部分は筆者個人のものであり、所属組織の見解を代表するものではありません。

 

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