◇SH1818◇社外取締役になる前に読む話(20)――報酬委員会、指名委員会でのスタンス⑵ 渡邊 肇(2018/05/09)

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社外取締役になる前に読む話(20)

ーその職務と責任ー

潮見坂綜合法律事務所

弁護士 渡 邊   肇

 

XX 報酬委員会、指名委員会でのスタンス(2)

 先回に引き続き、指名委員会等の問題について検討しよう。

 ワタナベさんの疑問は以下のようなものであった。

 当社では、社外取締役も、社長が議長となっている報酬委員会と指名委員会のメンバーになっている。

 今回の指名委員会で、社長より、次期社長候補者が発表され、その可否について問われたが、この候補者は、現社長の経営方針を踏襲し、積極的な海外拡張戦略を更に推し進めようとする人物である。自分はこれまでの経験で、当該戦略は今後の当社にとっては非常にリスクが大きく、その方針の存続については慎重になるべきであると考えている。取締役の中には、現社長の方針に異を唱える取締役も何人かいるが、彼等は社長候補者にならないばかりでなく、役付取締役にも昇進しない。

 私は、指名委員会ではどのようなスタンスを採ったら良いのだろうか。また、最終的に社長との折り合いがつかなかった場合、どうしたら良いのだろうか。

 

解説

 先回は、指名委員会等との法的根拠について若干解説した。指名委員会等といわれる委員会は、いわゆる委員会設置会社におけるものには法的根拠はないが、それ以外の会社におけるものは総て任意の委員会である旨をご紹介した。

 今回は、先回の事前知識をもとに、ワタナベさんの疑問について考えてみよう。この問題はどのような視点で考えていけば良いのだろうか。

 社外取締役が設置された目的が「企業価値の向上」であることは、これまで何度も申し上げてきた。そして、「企業価値の向上」とは、端的に言えば、投資対象としての企業の価値を高めることに他ならない。企業を取り巻くステークホルダー(利害関係者)には、投資家のみならず、その従業員、消費者の他、製品販売先や原材料調達先などの取引の相手方、更には、日本や海外の社会環境そのものなども含まれる(ことに、国連サミットでSDGsが採択された後、企業の社会的貢献という観点が急速に脚光を浴び、株式市場においては、ESG投資が脚光を浴びている。)。しかしながら現状、社外取締役の設置の関連で考えられている企業価値とは、主として投資家にとっての価値であり、そうだとすると、取締役人事もまた、投資家にとっての企業価値を最大限向上させるのは誰かという観点から検討され、決定されるべきであると思われる。

 そして、投資家にとっての企業価値の向上は、まず何よりも利益の獲得によってもたらされることに疑いの余地はない。そうだとすると、指名委員会もまた、会社利益を最大限とする経営を行うのは誰かという観点から人事決定を行う旨を原則とすべきであろう。ワタナベさんの会社の指名委員会が任意の諮問機関であり、会社法上の根拠のない委員会であるとしても、コーポレートガバナンス強化の目的が企業の価値の向上にある以上、任意の諮問機関たる指名委員会もまた、この原則に従うことが求められていると言って良いと思われる。

 但し、ここでいう会社利益の最大化という点についても、例えば売上高の最大化を目指すのか、営業利益の最大化を重視するのかという営業戦略上の問題もあろうし、その実現を何年後とすべきなのか、という問題もあろう。また、利益の最大化と、いわゆる会社文化との調和や融合の問題などもあろう。それらの点は、経営者個々人で考え方も異なるであろうから、慎重に議論することが非常に重要であることはいうまでもない。会社経営の根本的な方針の問題であれば、指名委員会等での議論よりも、取締役会全体で議論し、取締役全員で共通の理解、認識を持つことがより望ましい。いずれにしても、「企業価値の最大化」についての基本的考え方に乖離がなければ、社外取締役と社長等との間で意見の対立があったとしても、最終的に解決は可能であると思われる。

 しかしながら問題は、この「投資家にとっての企業価値」についての社外取締役の見解が、社長等と根本的に異なり、それについての妥協が難しい場合であろう。ワタナベさんも、まさしくそのような場面に直面しているわけである。設問では、反社長派の取締役の出世が頭打ちになっている等、若干きな臭い面はあるが、社長とワタナベさんの見解の相違は、この「企業価値の最大化」のために辿るべき方向に関する見解が異なるということがその本質である。このような場合、ワタナベさんはどうしたらよいのだろうか。

 この問題解決についての処方箋は法律の条文にはない。以下は筆者個人の見解である。

 社外取締役の独立性が最も効果的に発揮されるのは、経営陣の後継者の選定に関する問題についてである。社内の取締役にとっては、取締役人事に関する問題は自らの問題でもあり、そもそも客観的に判断し、あるいは社長に対して意見を具申すること自体が困難な場合も多いであろう。従って結果的には、取締役人事に株主の意向が強く反映される会社は別として、取締役人事は、人事権を掌握する限られた者(多くの会社では社長または会長)の意向によって決定されるのが実情であろうと思われる。これに対して最も客観的に意見を述べることができるのが社外取締役である。従い、社外取締役に期待される行動とは、指名委員会の中で、社長等のメンバーと徹底的に議論するということであろう。

 そしてこのことは、取締役人事が、例えば現社長との個人的関係、社内の派閥や学閥、取締役の報酬確保等々、会社利益の最大化とは異なる観点から行われていると推測される場合も同様である。仮に社外取締役が問題だと考える人事に何ら異議を唱えず、社長等の意向に唯々諾々と従ってしまえば、その結果、この社外取締役の行為は、社外取締役設置の目的とは全く異なってしまっていることになる。

 社外取締役としてのワタナベさんが、最終的に社長との折り合いがつかなかった場合、ワタナベさんはどうすべきか。この点については、社外取締役の解任または辞任の問題として別途検討することにしたい。

 

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