◇SH1833◇法律文書の読解入門(2)―企業結合審査における資料提出のタイミング 白石忠志(2018/05/14)

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法律文書の読解入門(2)

企業結合審査における資料提出のタイミング

東京大学教授

白 石 忠 志

 

 独禁法は、一定以上の規模の企業結合について、事前届出を義務付け、公取委による所定の審査を経て承認を得た後でなければ企業結合をしてはならないという考え方を基本としています。

 この企業結合審査が、長引いて、話題となることがあります。

 長引くのは、審査を受ける企業が公取委に資料を提出していないからだ、と報道されることがあります。

 もちろん、論理的には、そのような事例もあり得ます。しかし、通常、企業は、公取委に的確に審査をしてもらって少しでも早く公取委の承認を得たいと考えていますから、資料を全く提出しないということは考えにくいところです。

 条文を見てみましょう。企業結合には株式取得、合併、共同株式移転など様々な形態がありますが、ここでは代表として株式取得に関する独禁法10条9項を見ます。

 

 

 冒頭に登場する17条の2第1項は、企業結合についての排除措置命令に関する条文です。ここでは取り敢えず、企業結合を禁止する命令であると考えてください。末尾に登場する50条1項は、公取委に対して、排除措置命令をしようとする場合には命令の名宛人となる者から事前に意見を聴くことを通知するよう義務付けています。

 上記画像の10条9項は、公取委によるそのような通知は、「全ての報告等を受理した日から九十日を経過した日……までの期間」内に行われなければならないことを規定しています

 「報告等」に出てくる「等」の文字は、一般には、何かを誤魔化すために用いられることもありますが、法令のような格の高い法律文書では、きちんと定義されているのが普通です。言い換えれば、法令において「○○等」と出てくれば、どこかで定義されているはずなので定義を探してください、という合図であるとも言えます。この「報告等」の場合は、同じ項の中で、「必要な報告、情報又は資料の提出」のことであると定義されています。

 答えが近づいてきました。かりに、その企業結合案件において、「九十日を経過した日」に至るカウントダウンが始まっていない場合であっても、企業(株式取得会社)は、「全ての」報告等に至っていないだけであって、ほとんどの報告等は終えているという論理的可能性があることが、条文を見ただけでもわかります。現に、公取委から提示された報告等要請リストの多数の項目のうち、例えば1件のみを故意に残しておき、他の報告等は早々に行う、ということは、よくあるようです。

 なぜ企業はそのようなことをするのか。それは、「全ての」報告等を早々に行ってしまうと、「九十日を経過した日」に至るカウントダウンが早々に始まってしまい、公取委を抜き差しならない状況に追い込んで、かえって命令手続に入る可能性を高めてしまうかもしれないため、穏便に事を進めたい企業の側がそれを避ける場合が多いからである、と言われています。

 

 

 この画像は、平成29年12月15日の公取委の公表文の一部です。第四銀行と北越銀行の企業結合について、公取委が承認(排除措置命令を行わない旨の通知)をした旨を公表しています。企業の側が、7月から12月まで、たぶん十分な報告等を行って、じっくりと審査を受け、大筋で公取委と妥結したところで、故意に残していた最後の報告等を(たぶん儀式として)12月6日に行った模様であることを窺うことができます。

 冒頭で触れた報道は、長引いている別の企業結合案件に関するものですが、おそらく、その企業結合案件において報告等が全て行われてはいない(カウントダウンが始まっていない)旨を公取委関係者が述べたところ、以上に解説したようなことが知られていないために(あるいは単に、「全てではない」と「全くない」が混同されたために)、行われてしまったものと考えられます。



  1. 「前項の届出受理の日から百二十日を経過した日」のほうが「遅」くなることは実際の実務においては考えにくいので、ここでは見ていません。
  2.    なぜ実際の実務においては考えにくいのか。「前項の届出受理の日から百二十日を経過した日」のほうが「全ての報告等を受理した日から九十日を経過した日」より遅くなるには、「前項の届出受理の日」から30日を経ないうちに「全ての報告等を受理した日」が到来する必要があります。しかし、実際には公取委は、報告等を「求め」る場合には、これを、届出受理の日から30日目に行うのが通常です(10条8項が規定する30日の期間の最終日)。さらに、企業の側から全ての報告等がされるまでの間にも、いくら速くとも何日かはかかるでしょう。したがって、届出受理の日から30日を経ないうちに全ての報告等が受理されることは実際にはほとんどあり得ないのです。

 

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