コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(75)
―企業グループのコンプライアンス⑧―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、組織間文化と組織の組織について述べた。
組織間文化は、組織間の価値や行動様式となる「行動規範」の機能があり、企業グループは、コンプライアンス重視の組織間文化を形成する必要がある。
組織間文化は、焦点組織の政策、対境担当者の行動とメンバー組織の評価・行動の積重ねにより形成され、協調関係の形成・維持の前提となり、組織間関係統合の役割を果たし、その形成・維持・変革には意識的側面と無意識的側面がある。
組織連合体は、単なる構成単位の寄せ集めではなく、それぞれが意思を持ち組織として異なる利害や価値を持ち、組織の集合体としてまとまった全体を持っている。
その媒介組織は、構成組織の様々な利害や要求に直面して常に『構造的緊張関係』におかれており、緊張処理メカニズムや組織間統合メカニズムが重要になる。
組織間統合のメカニズムには、①自らの価値と他組織の価値を結びつける文化的統合、②他組織の期待と焦点組織との同調を図る規範的統合、③組織間コミュニケーション・ネットワークを促進する意思伝達的統合、④組織間活動を分割し意識的に連結する機能的統合の4つがある。
今回から、企業グループのコンプライアンス施策を具体的に考察する。
【企業グループのコンプライアンス⑧:企業グループのコンプライアンス施策】
子会社の不祥事が親会社の存続にかかわる影響を与えることを踏まえ、企業グループのコンプライアンスは重要であるが、今回から複数回にわたり、筆者の経験[1]を踏まえ、企業グループのコンプライアンス施策を順次考察する。
- 1. 企業グループ全体を対象とする企業行動憲章の作成
- 親会社が子会社を含めたグループのコンプライアンス施策を実行するためには、まず親会社自身と子会社も含めたグループ全体を対象とする企業行動憲章を作成し、取締役会で採択、それをグループ内に浸透させるためのコンプライアンスプログラムを作成し実行する必要がある。
- その決定内容は、各種コミュニケーションを通して親会社内および子会社全体に伝えなければならない。
- コンプライアンス担当部門(または担当者)は、行動憲章の理解を深めるために、具体的な実施施策と解説書を策定し、これを研修やメルマガ等を通してグループ内に周知徹底する必要がある。
- その際、展開施策は実行手段であるので、必ずしも親会社と子会社が同一の施策を実施する必要はなく、業種・業態・組織の在る業界や経営環境、組織内へのコンプライアンスの浸透状況等により、すなわちリスクの種類や程度の実態に合わせて策定するほうが効果的である。
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そのため、コンプライアンスプログラムは各社において策定するか、仮に子会社単独での策定がノウハウ面で困難な場合には、親会社は子会社の策定を支援し、子会社の当事者意識を喚起するのが望ましい。
- 2. コンプライアンス担当役員・部署の設置
- 通常は既に実施済みである場合が多いが、親会社では代表取締役以上など上位の役員がコンプライアンス担当役員になるとともに、経営トップ直轄のコンプライアンス部門を設置する。また、子会社においても同様のコンプライアンス担当役員を選任し、コンプライアンス担当部門(または担当者)を設置する。
- これにより、親会社・子会社が一体となってコンプライアンス経営を構造化し推進するための核とする。
- 担当役員を代表取締役以上とする理由は、組織間においては対境担当者の位置づけが高く自組織内でも影響力が大きい者の方が、子会社にパワーを行使しやすいからである。
- すなわち、コンプライアンスという正面切って反対できないが積極的に受け入れるには心理的抵抗があるものを組織内に浸透・定着させるためには、大きな影響力の行使が必要になるからである。
- コンプライアンス担当部門は、自組織の各部門に指導・助言を行わなければならないが、各部門は、今までのやり方に変更を迫られることも多く、様々な抵抗の発生が予想される。
- その場合、コンプライアンス部門に一定の権限の裏付けがなければ、各部門や子会社は、コンプライアンス部門による指導・助言を無視しがちになり、組織としてコンプライアンス経営への革新に結びつかないからである。
- このことは、コンプライアンス経営を実現する上で極めて重要なことである。
- 仮に、コンプライアンス部門担当役員の序列が低い場合、コンプライアンス部門が組織機構上の下位に位置している場合、優秀な人材を投入していない場合等には、『会社としてコンプライアンスは重要だと言いながら、本音ではコンプライアンスを重視していない』という暗黙のメッセージを組織内に発信することになる。
- その場合には、コンプライアンス部門は、自社内だけではなく子会社にもコンプライアンスの浸透・定着を促すために強いパワー(影響力)を行使できず、企業グループのコンプライアンスは失敗する可能性が高まる。
- コンプライアンスが当然のこととして組織内に浸透し、一時ほどコンプライアンスに注目が集まらなくなってきている場合には、特に注意が必要である。
(つづく)
[1] 筆者は、不祥事企業の参加した合併会社で、初代コンプライアンス部長としてコンプライアンス体制をゼロから構築し、その子会社の管理担当常務として子会社のコンプライアンスを推進した他、親子会社とも不祥事を発生させ解体的出直しを強いられた企業グループの社史編纂により不祥事を研究した。