コーポレートガバナンス・コードの改訂(2018年6月1日)
岩田合同法律事務所
弁護士 田 中 貴 士
6月1日、東京証券取引所は、改訂コーポレートガバナンス・コード(以下「コード」)を公表し、当該改訂に係る有価証券上場規程の一部改正を行った。また、同日、金融庁は、機関投資家と企業の対話において重点的に議論することが期待される事項を取りまとめた「投資家と企業の対話ガイドライン」(以下「対話ガイドライン」)を公表した。これらは、「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」における提言[1](以下「フォローアップ会議提言」)を踏まえて行われたものである。
上場会社は、改訂後のコードの内容を踏まえたコーポレートガバナンス報告書を、準備ができ次第速やかに、かつ遅くとも本年12月末日までに提出することとされている。
今回の改訂におけるポイントの一つとして、資本コストを意識したコーポレートガバナンスの強化があげられる。改訂された原則1-4(政策保有株式)、原則5-2(経営戦略や経営計画の策定・公表)を見ると、旧コードからの変更点は次のとおりである。
新 | 旧 |
【原則1-4.政策保有株式】 上場会社が政策保有株式として上場株式を保有する場合には、政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など、政策保有に関する方針を開示すべきである。また、毎年、取締役会で、個別の政策保有株式について、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証するとともに、そうした検証の内容について開示すべきである。 上場会社は、政策保有株式に係る議決権の行使について、適切な対応を確保するための具体的な基準を策定・開示し、その基準に沿った対応を行うべきである。 |
【原則1-4.いわゆる政策保有株式】 上場会社がいわゆる政策保有株式として上場株式を保有する場合には、政策保有に関する方針を開示すべきである。また、毎年、取締役会で主要な政策保有についてそのリターンとリスクなどを踏まえた中長期的な経済合理性や将来の見通しを検証し、これを反映した保有のねらい・合理性について具体的な説明を行うべきである。 上場会社は、政策保有株式に係る議決権の行使について、適切な対応を確保するための基準を策定・開示すべきである。 |
【原則5-2.経営戦略や経営計画の策定・公表】 経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、自社の資本コストを的確に把握した上で、収益計画や資本政策の基本的な方針を示すとともに、収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために、事業ポートフォリオの見直しや、設備投資・研究開発投資・人材投資等を含む経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて、株主に分かりやすい言葉・論理で明確に説明を行うべきである。 |
【原則5-2.経営戦略や経営計画の策定・公表】 経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、収益計画や資本政策の基本的な方針を示すとともに、収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために、経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて、株主に分かりやすい言葉・論理で明確に説明を行うべきである。 |
政策保有株式については、従前より、上場会社の側からは、政策保有株式は提携等を通じて事業上の利益につながるとの見方が示される一方、株主や投資家の側からは、利益率・資本効率の低下や(株価変動リスクを抱えることに伴う)財務の不安定化を招くおそれがあるなどといった経済合理性に関する懸念が指摘されてきた[2]。旧コードの原則1-4は、政策保有に関する方針の開示により上場会社と市場との対話の基盤を確立するとともに、取締役会における経済合理性の検証とそれを踏まえた具体的な説明により合理的な解決策が見出されることを期待したものであった。
フォローアップ会議提言では、近年、政策保有株式は減少傾向にあるものの、事業法人による保有の減少は緩やかであり、政策保有株式が議決権に占める比率は依然として高い水準にあるとされており、それを踏まえて、改訂コードの原則1-4では、開示すべき方針の例として、「政策保有株式の縮減に関する方針・考え方」が明記された。これは、必ずしも政策保有株式の一律の縮減を求めるものではないとされているが[3]、今回の改訂で「個別の」政策保有株式について、「保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証するとともに、そうした検証の内容について開示すべき」とされたことにより、政策保有株式の縮減に向けたプレッシャーが高まるものと想定される。
今回の改訂により、取締役会で個別の銘柄について検証を行うことが必要とされた点や、その検証の内容を開示することが求められている点は企業にとって負担が大きいと想定されるが[4]、それとともに重要であるのは「資本コストに見合っているか」という経済合理性の検証である。
コード改訂の背景として、企業が生産性向上により収益を拡大し、それを賃金上昇や再投資、株主還元等につなげてインベストメント・チェーンを高度化していくには、資本コストを意識したコーポレートガバナンスの強化や、中長期的に資本コストに見合うリターンを上げる観点からの持続的な企業価値向上が重要であるとの認識がある。フォローアップ会議提言では、日本企業においては、事業ポートフォリオの見直しが必ずしも十分に行われていないとの指摘や、その背景として、経営陣の資本コストに対する意識が未だ不十分であるとの指摘がなされており、これを踏まえて、改訂コードの原則5-2では、自社の資本コストを的確に把握することが求められているところである。また、政策保有株式の保有についても、上場会社の資本がいわゆる本業に直接投資されるのではなく、他の上場会社の投資に充てられる場合(しかも、投資の直接的なリターンを追及する通常の純投資ではない場合)に、株主や投資家にとっては、そのような投資に事業上どのような意味合いがあるのかが必ずしも明確とならないという構造があり[5]、資本コストを意識した対応が十分になされているかという文脈で議論されているものである[6]。
具体的な対応としては、例えば、「伊藤レポート2.0」(持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資) 研究会報告書)では、「投資家からは、企業価値はROEスプレッド(ROEと資本コストの差)で決まると考えられており、目標株価もROEスプレッドで決めているとの見方が示された」とされており、政策保有株式についても、自社のROE目標値を基準に定性的な視点も加味して、その経済合理性を検証することが一案として考えられる[7]。ただし、フォローアップ会議の中では、「ROEは重要である一方、負債と資本により資金調達する場合には、ROICや純有形資産に対するリターンが重要である場合もある。企業は加重平均資本コスト(WACC)を上回るリターンを生み出すべき。」、「ROIC、ROA、ROEの数値に関してより多くの情報が得られることは重要であるが、より重要なことは、取締役会が如何にこうした情報を意思決定や監督に活用するかである。」との外国機関投資家の指摘もあり[8]、原則5-2の「収益力・資本効率等に関する目標を提示」する中で、投資家に対して、自社の資本コストについての考え方や経営における活用状況などを分かりやすく説明することが求められている[9]。
以上
[1] 平成30年3月26日「コーポレートガバナンス・コードの改訂と投資家と企業の対話ガイドラインの策定について」
[2] 油布志行ほか「『コーポレートガバナンス・コード原案』の解説〔Ⅱ〕」商事2063号(2015)51頁
[3] 「『フォローアップ会議の提言を踏まえたコーポレートガバンス・コードの改訂について』に寄せられたパブリック・コメントの結果について」59頁
[4] 前掲注3・54頁は、「例えば、保有の適否を検証する上で、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているかを含め、どのような点に着眼し、どのような基準を設定したか、設定した基準を踏まえ、どのような内容の議論を経て個別銘柄の保有の適否を検証したか、議論の結果、保有の適否について、どのような結論が得られたか等について、具体的な開示が行われることが期待されます」としている。
[5] 前掲[2]
[6] 中島正裕「平成三〇年株主総会の実務対応(6)――株主総会で想定される質問と回答例」商事2164号(2018)19頁
[7] 前掲注6参照(ただし、株主総会における回答例としての記述)
[8] 「コーポレートガバナンス改革の深化に向けた論点に関する海外機関投資家の意見の概要」2頁
[9] 前掲[3]・9頁