日弁連、取調べの可視化の義務付け等を含む
「刑事訴訟法等の一部を改正する法律」成立に当たっての会長声明
岩田合同法律事務所
弁護士 青 木 晋 治
1.はじめに
日本弁護士連合会は、平成28年5月24日付けで、取調べの可視化(録音・録画)の義務化やいわゆる日本版司法取引の導入などを含む刑事司法改革関連法案が、同日衆議院で可決し成立したことを受け、会長声明を発表した。全体として刑事司法改革が一歩前進したものと評価しつつも、今般の改正によって導入された新たな制度については解釈や運用等を厳しく注視していくというものである。
2.改正の概要
今般の改正のうち刑事訴訟法(以下「法」という)にかかる改正の概要は以下のとおりであるが、本稿では、①取調べの録音・録画制度の導入、及び②合意制度等の導入について概説する。
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3.取調べの録音・録画制度の導入について
身体拘束中の被疑者を取り調べる場合に、原則として一定の事件についてはその取調べの過程の録音・録画を義務付けるものである(刑事訴訟法301条の2第4項)。被告人又は弁護人が供述調書(同法322条)の任意性について異議を述べたときは、検察官は任意性立証のために録音・録画記録の取調べ請求をすることが必要となり(同法301条の2第1項)、検察官がこれに違反した場合には裁判所は供述調書の取調べ請求を却下しなければいけないとされている(同2項)。
ただし、取調べの録音・録画制度の対象事件は裁判員対象事件及び検察官独自捜査事件に限られている。具体的には、殺人、傷害致死、強盗致傷、強盗致死、強盗殺人、危険運転致死罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪、覚せい剤密輸など、人の生命に関わる犯罪や無期又は死刑等の刑の重い重大犯罪に加えて、特捜部等による独自捜査事件が対象になる。
4.合意制度等の導入について
(1)証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度の導入
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ア 概要
日本版司法取引ともいうべきもので、検察官が、弁護人の同意を条件に被疑者・被告人が「他人の犯罪事実」を明らかにするために供述等をし、検察官と被疑者・被告人との間で、検察官が不起訴や特定の求刑等をする旨の合意ができる制度である(法350条の2第1項。以下「合意制度」という。いわゆる米国における司法取引のように「自己の罪」を申告することで合意制度を利用することが可能となるわけではないことに留意する必要がある)。 -
イ 対象事件
合意制度の対象事件は、一定の経済財政事件及び薬物銃器事件に限られており、対象事件は「特定犯罪」と呼ばれる(法350条の2第2項)。
特定犯罪のうち、企業の役員・職員が関係する可能性の高い犯罪として、詐欺罪(刑法246条)、業務上横領罪(刑法252条)、私文書偽造罪(159条)等の文書偽造の罪、贈賄罪(刑法198条)、租税法、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)、金融商品取引法の罪などがある。
企業犯罪においては複数の役職員が関与する場合が多いが、同一企業内であっても、例えば、従業員が他の従業員の犯罪を明らかにする供述をすることにより、合意制度を利用する場合があり得ることになる。 -
ウ 合意の手続
司法取引は、被疑者・被告人が、「他人の刑事事件」に関し、証拠収集等への協力と引き換えに不起訴処分や求刑の内容等を約束するものであるが、被疑者・被告人による協力の具体的な内容は以下のとおりである(法350条の2第1項1号)。
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- 検察官は、被疑者・被告人による上記証拠収集等への協力と引き換えに、その証拠の重要性等も考慮して、被疑者又は被告人との間で、不起訴処分や求刑の内容等、具体的には以下の合意をすることができる(法350条の2第1項2号)。
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エ 協議の手続
合意制度を利用するためには、当該合意に必要な協議を検察官と被疑者又は被告人及び弁護人との間で行うものとされており(法350条の3第1項)、原則として弁護人の関与が必要とされる。合意が成立した場合には、検察官、被疑者又は被告人及び弁護人が連署した書面(合意書面)が作成される(同2項)。
また、合意に必要な協議において被疑者又は被告人がした供述については、協議を行った結果として、合意が成立しなかった場合には証拠とすることができないとされている(法350条の5第2項)。しかし、当該供述等を基にして別途証拠(派生証拠)を収集した場合、派生証拠の使用は禁止されていないとされているため留意が必要である。 -
オ 合意内容書面等の取調べ請求義務
検察官は当該被告人に対する被告事件の公判において、合意書面の取調べを請求しなければならない(法350条の7)。
また、解明の対象となる他人の事件における合意内容書面等の取調べ請求義務も規定されている(法350条の8、同350条の9)。 -
カ 履行の確保
検察官が合意に反して、公訴提起したり、公訴を維持するような訴因変更をしたりした場合には、裁判所は公訴を棄却しなければならないとされるなど合意の履行が確保されている(法350条の13第1項)。また、検察官が合意に違反したときは、被告人が検察官との協議においてした供述や当該合意に基づいてした被告人の行為により得られた証拠はこれを証拠とすることができないとされている(法350条の14第1項)。
他方で、真実の供述をする旨の合意に反して、検察官等に虚偽の供述をし、又は偽造若しくは変造の証拠を提出した者は5年以下の懲役に処するとされている(法350条の15第1項)など被疑者又は被告人側の合意事項の履行も確保されている。
(2)刑事免責制度の導入
検察官は、裁判所の決定により、証人が尋問に応じてした供述及びこれに基づいて得られた証拠について、これらを証人の刑事事件において不利益な証拠とすることができないという条件を与えることで、証人に不利益な事項であっても証言を義務付けることができるようにする制度である。
この制度は、証人尋問開始後に証人が証言を拒んだ場合にも利用することができる。
5.まとめ
今般の刑事訴訟法等の一部を改正する法律の成立により、取調べの可視化の義務付けのほか、いわゆる司法取引に属する合意制度が本邦にも導入されることになった。合意制度は企業も摘発の対象となり得る租税法、独占禁止法、金融商品取引法も対象にしていることから、自己の刑事責任の減免を意図して、従業員が他の役職員の犯罪の関与を供述するとか、複数の企業が関与して犯罪が行われた場合に他の企業がもう一方の企業(の従業員)による犯罪の関与を供述するといったことが、従前に比して増えることが想定されるところであり、当局による捜査の対象となり得る企業やその従業員に影響を与えることは不可避であるといえる。施行は2018年の見通しであるものの、企業を取り巻く刑事司法に与える影響は極めて大きいと思われ、今後の議論の状況に注視する必要があると思われる。