◇SH0602◇イビデン、社員の自殺をめぐる労務訴訟の終結に関するお知らせ 藤原宇基(2016/03/22)

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イビデン、社員の自殺をめぐる労務訴訟の終結に関するお知らせ

岩田合同法律事務所

弁護士 藤 原 宇 基

 本件は、電子機器製造会社大手のイビデン株式会社の元従業員で東海地方在住の30代の男性が平成25年に自殺したのは、上司のパワーハラスメントと長時間労働が原因であるとして、遺族らが同社と上司に対して、約1億550万円の損害賠償を求める訴訟を提起した裁判について、同社が第1回口頭弁論期日において遺族らからの請求内容を認諾したことにより、訴訟が終結したという事案である。

 同事案については、訴訟に先立つ平成27年1月に大垣労働基準監督署が、男性従業員の自殺について業務上の疾病に起因する労働災害であると認定していた。

 報道における労働基準監督署の報告書によれば、上司のパワーハラスメントとしては、「なんでできんのや」「バカヤロー」などと暴言を浴びせられたり、他の社員がいる前で30分間立たされたまま叱られたりしており、その様子を複数の社員が見聞きしていたとのことである。また、男性従業員の仕事は専門的で量も多く、平成25年4月から10月までの残業時間は月67時間から141時間に及んでいたとのことである。

 精神疾患が労働災害と認められるかに関する労働基準監督署の判断は、平成23年12月に厚生労働省が策定した「心理的負荷による精神障害の認定基準」[1]に基づいてなされる。

 同基準によれば、長時間労働による心理的負荷の強度は次のとおり評価される。①発病日から起算した直前の1カ月間に極度の長時間労働(おおむね160時間を超える時間外労働)を行った場合、②発病直前の連続した2カ月間に1カ月あたりおおむね120時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合、③発病直前の連続した3カ月間に、1カ月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合は、①から③の事情のみで心理的負荷の強度が「強」と認められる。④1カ月に80時間以上の時間外労働を行った場合は心理的負荷の強度が「中」と認められる(なお、単独の出来事の心理的負荷が「中」である出来事が複数生じている場合には、全体評価は「中」又は「強」となる。)。⑤心理的負荷の強度が「弱」又は「中」と判断される出来事が生じ、その前後のいずれか又は双方に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められる場合は、総合的な心理的負荷の強度が「強」と認められることがある。

 また、同基準によれば、パワハラについては、ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた場合の心理的負荷の強度は「強」とされ、上司とのトラブル(上司から、業務指導の範囲内である強い指導・叱責を受けた等)があった場合の心理的負荷の強度は「中」とされている(他にも同基準では、「業務に関連し、違法行為を強要された」「達成困難なノルマが課された」「退職を強要された」等、パワハラに関する事項が心理的負荷を与える出来事として挙げられている。)。

 以上を踏まえると、1カ月に80時間を超える長時間労働を行っていた労働者が精神疾患を発症した場合、長時間労働の事実のみで、又は、他の業務上の心理的負荷と相俟って、労働災害と認定される可能性が高い。なお、上記基準によれば、業務上精神疾患を発症したと認められる者が自殺をした場合、自殺についても業務起因性が認められるとされている。したがって、1カ月に80時間を超える長時間労働を行っていた労働者が精神疾患を発症して自殺した場合には、自殺についても業務上災害と認められる可能性が高い。

 一方、労働者の精神疾患の発症や自殺が労働災害であると認められたとしても、安全配慮義務違反や不法行為責任といった使用者の責任がそのまま認められるわけではない。使用者の責任を問うには、結果発生についての予見可能性や故意又は過失が必要とされるからである。もっとも、長時間労働による精神疾患の発症については、使用者には労働者の労働時間を適正に把握・管理する義務があるとされているため[2]、使用者の結果予見可能性や故意又は過失が認められやすいといえる。

 このように、長時間労働を行っていた従業員が精神疾患を発症した場合、労働災害と認定され、さらには、安全配慮義務違反等の使用者の責任が問われる可能性が高いことから、企業は、従業員が長時間労働を行わないよう従業員の労働時間の把握・管理を適正に行い、また、長時間労働となった場合には当該従業員の健康管理を十分に行うことが必要である。

以 上

 【参考】(平成27年6月25日 厚生労働省 「平成26年度『過労死等の労災補償状況』」)



[2] 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」参照

 

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