SH1910 企業法務フロンティア「芸能人やスポーツ選手の契約を考える」 中川直政(2018/06/15)

取引法務競争法(独禁法)・下請法

企業法務フロンティア
芸能人やスポーツ選手の契約を考える
――CPRC「人材と競争政策に関する検討会 報告書」を念頭に――

日比谷パーク法律事務所

弁護士 中 川 直 政

 

 芸能人が、その所属事務所である芸能プロダクションから独立・移籍する際のトラブルが、しばしば報じられている。報道によっては、芸能人と所属事務所の契約は、長期にわたる契約期間によって芸能人を拘束し、その独立や移籍を制限する「奴隷契約」などと揶揄されることがある。

 この点に関連して、公正取引委員会内に設置されている競争政策研究センター(CPRC)は、2018年2月15日付けで「人材と競争政策に関する検討会 報告書」(以下「報告書」)を公表した。近時、労働契約以外の契約形態によって企業からの指揮命令を受けずに役務提供を行う「フリーランス」と呼ばれる人材の人口は1,000万人を超えると言われ、我が国の労働市場においてフリーランスは大きな存在となりつつある。報告書は、フリーランスのような「個人として働く者」の獲得をめぐる競争について検討しており、芸能人と芸能プロダクションの契約やプロスポーツ選手契約の関連でも大いに注目されている。報告書を概観しながら、これらの契約のあり方について考えてみたい。

 

 企業がフリーランスを含む優れた人材を確保することは、企業の提供する商品・サービス市場における競争力を高めることは言うまでもない。そこで、「商品・サービス市場」における競争だけでなく、「人材獲得市場」においても競争が存することに着目し(下記の図を参照)、そのような人材獲得をめぐる競争にも独占禁止法が適用され得ることを指摘したのが、この報告書である。

[報告書12頁より引用]

 そのため、報告書では、まず、労働法と独占禁止法の適用関係が整理されている。「個人として働く者」には、事業者的な側面と労働者的な側面があるからである。報告書では、「個人として働く者」の人材獲得にあたっては、労働法制の適用がある場合であっても、独占禁止法の適用があり得るとの立場が示された。これまで十分検討されていなかった視点であり、重要な指摘である。

 その上で、報告書では、「個人として働く者」(役務提供者)の人材獲得をめぐって、役務提供を受ける企業(発注者)間で行われる競争を阻害するような行為についての独占禁止法上の考え方が検討された。

 「個人として働く者」については、フリーランスのみならず幅広い職種が念頭に置かれており、特に、芸能人やプロスポーツ選手のあり方が強く意識されている。

 もっとも、芸能人やプロスポーツ選手をめぐる我が国の契約慣行は、フリーランスの場合とは異なる特殊性がある。報告書自体が、「特定の業種・職種固有の具体的な取引慣行に対する評価は、検討対象とはしていない」と述べるところであるが、実際、芸能人と芸能プロダクションとの間の契約の独占禁止法上の考え方については、以下に述べるとおり、更なる検討が必要であると思われる。

 欧米をはじめとする諸外国では、芸能人本人が各種専門家と自ら契約するエージェント・システムが主流である。他方、日本では、芸能人と芸能プロダクションが「専属契約」と称される契約を締結し、相互に所定の業務を提供し合うシステムが主流である(一般社団法人日本音楽事業者協会のウェブサイト参照)。あたかも、芸能人が所属事務所に対する役務提供者であり、所属事務所が芸能人による役務提供の発注者であって、両者の契約がフリーランスと発注企業との間の契約と同列に扱えるかのように論じられる向きもあるが、芸能人と芸能プロダクションとの関係をフリーランスの場合と同列に論じるのはやや無理がある。スポーツ選手の場合も同様である。

 そもそも、芸能人が芸能活動を円滑に行うためには、当該芸能人だけの力では困難であって、マネジメントを行う者が必要である。そのため、多くの芸能人は芸能プロダクションに所属している。芸能プロダクションはマネジメント業務等を実施し、芸能人は出演業務等を実施することによって、両者にとっての「発注者」である放送局等のエンタテインメント企業や広告代理店、スポンサー企業等の需要者に対し、芸能活動が提供される。

 また、報告書においても言及されているように、日本の芸能プロダクションは長期間にわたって人材育成のための投資がなされることがあり、また、人材育成投資及び売上の収支について、芸能人個々人ではなく所属芸能人全体で計算されていることがある。

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