◇SH2015◇弁護士の就職と転職Q&A Q51「一般民事は企業法務弁護士にとってプロボノ活動なのか?」 西田 章(2018/08/06)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q51「一般民事は企業法務弁護士にとってプロボノ活動なのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 「一流企業が真に信頼する法律事務所はどこか?」のインタビューに応じていただいた5つの事務所では、いずれも、アソシエイトに対して(事務所事件を受けるだけでなく)「個人で事件を受任することも奨励する」と語られていました。これは、「弁護士は専門バカではいけない」という職業観に基づくものであり、別に「商売のために有利」という発想から出たものではありません。しかし、損得勘定の視点から見ても、「個人を依頼者とする事件(≒一般民事)」を経験しておくことは、事務所経営上の営業力を強化するメリットがある、という見方もできます。

 

1 問題の所在

 企業法務を中心に扱う事務所に勤めているアソシエイトにとっても、離婚、相続、交通事故や刑事事件を引き受けることで、「弁護士としての足腰」を鍛えたり、「ひとりで全責任を負って案件を処理する」という経験を積むためにプラスの価値がある、という一般論に異論はありません。ただ、個人依頼者は、自分にとって主観的には重大な相談事を抱えているため、弁護士にも迅速な対応を求めがちです(客観的な緊急性の有無とは別に)。経済合理性だけでドライに割り切って事件を進めることもできません。そのため、依頼者の満足度を高めようと丁寧にやればやるほどに時間を要する(それに見合う報酬を請求できるわけでもない、という意味では「割に合わない」)傾向もあります。

 そこで、2つの疑問が湧くことになります。まず、ひとつは、「事務所事件や自分の専門性を磨くための事件に投じるべき時間を削ってまで対応すべきことなのかどうか?」という疑問です。特に、一般民事は、「書類を入手しておいて、深夜や週末の空き時間にレビューする」というタイプの作業だけでは対応できません。依頼者から直接に事情を聞き取ったり、現場を確認しなければならないことも多いですし、相手方や関係者との交渉も、電話とメールだけで済ませるわけにも行かずに、直接に先方に赴いて対面して誠意をもって話し合うことも重要です。そうすると、日中でも外出が増えますし、関係者の剥き出しの感情に接することで、精神的にも疲弊しがちです。「個人事件=副業」的に捉えた場合に、「副業のために、本業たる企業法務又は自己の専門分野の仕事に全力を投入することができなくなってしまったら、本末転倒ではないか?」という葛藤を抱えることになってしまいます。

 もうひとつは、「問題となっている法律問題について、自分の知見が不足しているにも関わらず、事件を引き受けることが依頼者の利益に適うのか?」という疑問です。企業法務の第一線で活躍するパートナーは、案件の受任に際して「この法律問題については、自分が最も優れたアドバイスをできる」というプライドを持って働いていますし、アソシエイトも、そのような専門家を目指して案件に取り組んでいます。それに対して、離婚でも、相続でも、交通事故でも、刑事でも、ちょっと周りを探せば、すぐに自分よりも遥かに同種案件に手慣れた弁護士を見付けることができます。それにも関わらず、「弁護士として修行・成長するため」という自己都合だけで(当該案件に十分な時間を投じるだけのアベイラビリティを確保する自信があるわけでもないのに)積極的に引き受けて良いものかどうかについては迷いが生じます。

 

2 対応指針

 企業は、事業活動に関わる重大なリーガルリスク管理のためには、関連する法分野の最高水準の法的助言を求めますが、経営者も、役員も、法務部長や担当者も、自己のプライベートな法律問題については、(高度な専門性よりも)「人間的な信頼」をできる弁護士への相談を行います。依頼者企業の関係者から、個人的な悩みを打ち明けられることは、「人間的な信頼」を得ていることの証であり、私的な秘密を共有した上で、その期待に応えて代理人としての務めを辛抱強く果たすことは、依頼者企業と所属事務所との信頼関係の強化にもつながります。

 ビジネスパーソンが個人依頼者として外部弁護士に求めるサービスの第一は、「私的問題に関する外部との連絡窓口」を「自分の代わりに担ってくれること」です(それを外注できれば、執務時間中は、私的問題を忘れて、仕事に集中することができるからです)。そこで期待されている最大の役割は、(状況を打開する画期的なアイディアをひねり出すことではなく)関係者からのクレームや剥き出しの感情からの防波堤となることです。

 外部弁護士としては、アソシエイトのうちに、一般民事や刑事を数件ずつでも経験しておくことができれば、パートナーになってから、依頼者企業の役員等の私的な悩み事に対しても、尻込みせずに、自ら相談に応じる素地を築くことができます(専門的助言や事務的作業には他の弁護士の助力も得るとしても)。

 

3 解説

(1) 依頼者が私的問題の相談先を選ぶ基準

 外部弁護士は、依頼者からの「二重の信頼」を獲得できなければ、その関係を続けることはできません。ひとつは、「人間的な信頼」であり、もうひとつは「法律専門家としての信頼」です。重要なことは、「人間的な信頼」が親亀であり、「法律専門家としての信頼」は子亀であることです。いくら専門性を磨いても、人間的な信頼が失われたら、依頼者との関係は終わります。

 これは、依頼者企業との間にも当てはまりますが、個人依頼者との間では、入口段階で、それが強く現れます。つまり、個人依頼者は、(自己の抱えている法律問題について専門知識を持った弁護士を求めるのではなく)「自分又は身内の恥」とも思えるような事実関係を明かすことができる先を求めることになります。ここでは、「理路整然と合理的に問題を整理してくれる切れ者」が求められているわけではなく、「人間とは軽率で愚かな行動をするものであり、生産性がない恨みや憎しみや執着心を抱くことも理解してくれる度量の広さ」と「秘密を保持してくれる口の固さ」のほうが重要です。

 自己の秘密を明かしてまで相談してくれたにも関わらず、「守備範囲外である」ことを理由として依頼を断ったならば、依頼者は、再度、別の弁護士を探して、改めて、自己の恥を曝して相談に行かなければならない立場に置かれることになります。逆に、その期待に応えることができれば、依頼者個人と弁護士個人は、「同じ秘密を共有する仲間」という色彩も帯びて信頼関係は強化されます。そして、依頼者は、所属する企業において、新たな法律問題が起きた場合にも、まずは、自分がお世話になった弁護士を頭に思い浮かべることになります(もちろん、現実に依頼するためには、「法律専門家としての信頼」も求められますが、別の専門弁護士と協働することでそれを補うことも可能ですので、法律事務所の営業面においては、「真っ先に声をかけてもらうこと」が最も重要です)。

(2) 私的問題の代理人としての最大の役割

 ビジネスパーソンが、自己又は家族に法律問題を抱えた時に、もっとも煩わしいのは、相手方当事者や関係者からの連絡を、自ら直接に受けなければならないことに伴う心理的な負担です。外部からの連絡が、いつ自分に届くかわからず、連絡が来たら、すぐに当方からの回答を求められるかもしれない、という不安がある状況の下では、常にその問題を頭に置いておかなければなりません。そうなってしまうと、本業たる仕事にも集中することができずに、業務上のミスも起こりがちになります。そのため、ビジネスパーソンが、最も必要とする存在は、「自分の代わりに、外部関係者とのコミュニケーションを担当してくれる連絡窓口」です。連絡窓口を外注することさえできれば、とりあえず、依頼者は、業務時間中は仕事に集中することができるようになり、二次的な損害の拡大を防ぐことができます。

 依頼者が、この「連絡窓口」に対して求める最大の資質は、「自己や家族の利益を守るために誠実に行動してくれること」に尽きます。決して、高度な法解釈をする能力が求められているわけではありません。むしろ、事実認定において、依頼者の納得感を高められるように、よく依頼者の言い分を聞いてあげて、それを相手方にも、きちんと主張している姿を見せてあげることが重要です(結果的に、当方の主張を認めさせることまではできないとしても)。

(3) アソシエイト時代に求められる最低限の経験値

 前記のとおり、一般民事や刑事事件といっても、依頼者企業の経営者、役員や法務部の部長や担当者が、本人又はその家族に法律問題を抱えた場合に、その相談を受けて問題解決の代理人として活動してあげることには、法律事務所と依頼者企業とのリレーションを強化する経済的メリットが認められます。

 しかし、弁護士登録以来、10年以上、一般民事等を一件も扱ったことがないパートナーが、個人依頼者からの相談をひとりで自ら受けることは困難です。というのも、この手の相談は、予め、事実関係を整理した文書を送って来てもらうような事前の情報提供は期待できません。具体的にどんな問題を相談されるのかを知らされることもなく、面談に臨まなければならないときには、付け焼き刃で関連文献を予習する時間すら与えられません。それにも関わらず、相談を受けたその場で、大まかな論点や今後の展開についてはその場でコメントを求められることになります。できれば、相談される法律問題に詳しい弁護士を同席させたいところですが、依頼者から、プライベートな秘密を打ち明けてもらうためには、まずは、自分ひとりで対応しなければならない場面も想定されます(せめて、「どのような事実関係を確認しておけばいいのか」の勘所は持っておきたいところです)。

 そういう点では、まずは、アソシエイト時代において、個人事件として、「1回限り」の依頼者との間で、離婚も、相続も、交通事故も、それぞれ一件ずつでも受任しておくことは、「将来において、自分を頼りにしてくれる依頼者企業の関係者から相談を受けたときのために役立つような経験値を今のうちに蓄えておく」という自己投資と位置付けることができます(もちろん、「1回限り」の依頼者だからといって、手を抜いて対応することはできません。ただ、「事務所の依頼者企業の関係者の前で恥をかいてはいけない」と背伸びする必要はないので、初心者であることを明かして正直ベースで案件に取り組むことはできます)。

以上

 

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