経産省、「『スピンオフ』の活用に関する手引」を改訂
岩田合同法律事務所
弁護士 泉 篤 志
本年8月31日、経産省は、「『スピンオフ』の活用に関する手引」の改訂版を公表した。同改訂は、平成30年度税制改正の内容を踏まえ、①スピンオフ準備のための完全支配関係内の組織再編の適格要件の緩和、②スピンオフ元の会社による証券会社への分割割合等の通知義務について説明を追加したものである。かかるスピンオフは、平成29年度及び平成30年度の税制改正並びに本年7月に施行された改正産業競争力強化法により、企業にとって利用し易い制度となったためその概要を紹介することとする。
まず、スピンオフとは、一般的に、自社内の特定の事業部門又は子会社を切り出して独立させ、独立した会社の株式は元の会社の株主に交付されるものをいう。かかるスピンオフにより、(1)元の会社が中核事業に専念することが可能になる(選択と集中)、(2)両会社がそれぞれ独自に投資家から資金調達を行うことが可能となる、(3)独立した会社は従来自社グループの競合会社であった会社とも取引をすることが容易となる(取引先の拡大)等のメリットが想定され、両会社の企業価値の向上が期待される。
この点、平成29年度税制改正においては、特定の事業をスピンオフする分割型分割(分割対価である新設会社株式の全てを分割会社の株主に交付するもの)又は完全子会社をスピンオフする株式分配(完全子会社株式の全てを自社の株主に分配するもの)に関して、一定の税制適格要件(下記表を参照)を満たした場合に譲渡損益や配当についての課税を繰り延べるものとされた。
また、平成30年度税制改正においては、税制適格要件の一つとして完全支配関係の継続の見込みが必要とされる分社型分割等の後に適格株式分配を行うことが見込まれている場合(実務上、上場会社としての体制を整える等のために一旦分社型分割を行い、その後株式分配を行うケースが存在する)の上記完全支配関係の継続要件について、当該適格株式分配の直前の時まで完全支配関係の継続が見込まれればよいとされた。加えて、分割型分割や株式分配を行った上場会社等は、特定口座が開設されている証券会社に対して、当該上場会社等の株式の取得価額及び当該特定口座を開設する者がその分割型分割や株式分配により取得した株式の取得価額の計算に必要な情報(分割割合(当該上場会社等の簿価純資産に占める分割対象純資産又は完全子会社株式の帳簿価額の割合)等)の通知義務が課された。
そして、かかる分割型分割や株式分配を行うためには、原則として会社法上の各種手続(取締役会決議、株主総会決議、株式買取請求手続、債権者異議手続、基準日設定公告等)が必要となるが、改正産業競争力強化法によって特例が設けられ、同法に定める認定事業者(主務大臣に事業再編計画を提出し認定を受けた会社。当該認定を受けるためには、スピンオフにより独立した会社の株式が遅滞なく上場予定であること等が要件とされる。)は、現物配当に関する株主総会特別決議を取締役会決議(金銭配当を取締役会で随時決定できる会社(会社法459条1項4号)に限る。)又は株主総会普通決議で代替することが認められた。
以上のとおり、スピンオフに関しては、ここ数年の種々の法改正により、円滑な実施を可能とする税制の整備や法的手続の簡略化が進んでおり、これを利用した事業再編は今後益々増えるものと思われる。機動的な事業再編によって、我が国の産業競争力の強化及び持続的成長に繋がることを期待したい。
以 上
【適格分割型分割の要件】*単独新設分割 | 【適格株式分配の要件】 | ||
要件 | 内容 | 要件 | 内容 |
非支配要件 | 分割法人が分割の直前に他の者による支配関係がない法人であり、かつ、分割承継法人が分割後に他の者による支配関係があることとなることが見込まれていないこと | 非支配要件 | 現物分配法人が分配の直前に他の者による支配関係がない法人であり、かつ完全子法人が株式分配後に他の者による支配関係があることとなることが見込まれていないこと |
株式のみ按分交付要件 | 分割により分割法人が交付を受ける分割承継法人の株式の全てが分割法人の株主に交付されるもので、分割法人の株主の持株数に応じて分割承継法人の株式のみが交付されること | 株式のみ按分交付要件 | 完全子法人株式の全てが移転するもので、分配法人の株主の持株数に応じて完全子法人の株式のみが交付されること |
主要資産等移転要件 | 分割事業に係る主要な資産・負債が分割承継法人に移転すること | 従業者継続要件 | 80%以上の従業者が完全子法人の業務に引き続き従事することが見込まれること |
従業者引継要件 | 分割事業に係る80%以上の従業者が分割後に分割承継法人の業務に従事することが見込まれること | 事業継続要件 | 完全子法人の主要な事業が完全子法人において、株式分配後も引き続き行われることが見込まれること |
事業継続要件 | 分割事業が分割承継法人において分割後も引き続き行われることが見込まれること | 役員継続要件 | 特定役員の全てが株式分配に伴い退任するものでないこと |
役員引継要件 | 分割法人の役員又は分割事業に従事している重要な使用人のいずれかが分割承継法人の特定役員となることが見込まれること | ― | ― |
出典:経産省「『スピンオフ』の活用に関する手引」10頁