◇SH0347◇最高裁、労働基準法81条の打切補償を支払って、19条1項ただし書の適用を受けることができるとする判断 藤原宇基(2015/06/18)

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最高裁、労働基準法81条の打切補償を支払って、
19条1項ただし書の適用を受けることができるとする判断

岩田合同法律事務所

 弁護士 藤 原 宇 基

 最高裁第二小法廷(鬼丸かおる裁判長)は、6月8日、業務上疾病(頸肩腕症候群)により休業し、労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付を受けている労働者が、療養開始後3年を経過しても傷病が治らない場合、使用者は、当該労働者について、労働基準法(以下「労基法」)81条の打切補償を支払って、解雇することができるか、同法19条1項ただし書き所定の解雇制限が解除される場合に該当するのかが問題となった事案である。

 この点、業務上傷病の療養のために休業する期間及びその後30日間は、当該労働者の解雇が制限される(労基法19条1項)。療養のための休業とは、症状固定までの休業をいい、症状固定後の休業を含まない。通常、療養開始後3年を経過すれば、傷病が治るか症状固定となるが、まれに本件で問題となった頸肩腕症候群や神経性傷病では、症状固定とならないまま療養が3年を超えて継続する場合がある。

 その場合、使用者としては、労基法81条所定の打切補償を支払って解雇制限を解除し、労働者を解雇することが考えられる(同法19条1項ただし書前段)。

 しかし、同法81条には、使用者自身が療養補償を支払っている場合(同法75条)についての打切補償は規定されているが、労災保険法に基づき療養補償が支払われている場合については明文上規定されていない。

 そのため、第一審判決及び原判決(東京地裁平成24年9月28日判決、東京高裁平成25年7月10日判決)は、労災保険法に基づく療養補償が支払われている場合は労基法19条1項ただし書前段による解雇制限の解除が認められないとしていた。

 しかし、労災保険は、原則として一人でも労働者を雇用する事業主は保険加入の手続を行った上で保険料を納付することが義務付けられるいわゆる強制保険であるため、労災保険による療養補償が受けられるにも関わらず、使用者が自ら業務上災害に被災した労働者に療養補償を支払うことはほとんどない。そのため、本件下級審判決の考え方によれば労基法19条1項のただし書前段により解雇制限が解除される場合が極めて限定されるとの批判があった。

 また、労災による傷病等級が1~3級の場合は、療養開始後1年6カ月経過時点で症状固定に至らなければ、傷病補償年金の支給決定が行われ(労災保険法12条の8第3項)、その後、療養開始後3年経過時点で労基法19条1項所定の解雇制限が解除されることとなる(労災保険法19条)一方で、傷病等級が4級以下の場合は、傷病補償年金が支払われることがないため、第一審判決及び原判決の考え方によれば解雇制限が解除されないこととなり、その差を設けることが合理的ではないとの批判があった。

 これらの批判を受け、本判決は、次のように判示した。

  1. ① 労災保険法に基づく保険給付の実質は、使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであると解するのが相当であるから、使用者自らの負担により災害補償が行われている場合とこれに代わるものとして労災保険法に基づく保険給付が行われている場合とで、労基法19条1項ただし書の適用の有無につき取扱いを異にすべきものとは言い難い。
  2. ② 労災保険法に基づく療養補償給付がなされている場合、打切補償として相当額の支払いがされて(解雇されたとして)も、傷病が治るまでの期間は労災保険法による療養補償は継続することから、労働者の利益保護に欠けるともいい難い。
  3. ③ したがって、労災保険法の療養補償給付を受ける労働者が療養開始後3年を経過しても傷病が治らない場合は、使用者は打切補償(労基法81条)を支払うことにより、解雇制限の解除(同法19条1項ただし書前段)の適用を受けることができると解する。

 本判決の結論は、第一審判決及び原判決に対する実務界からの批判に応えたものとして、評価すべきものであると考える。厚生労働省によると、労災で3年以上療養している労災保険の受給者は平成26年3月時点で1万8227人いるとのことであり(平成27年6月9日付東京新聞)、その中には会社に在籍し続けながら療養を続けている労働者も相当数いると思われる。また、近時問題となっている精神疾患による休業の場合、3年を超えて療養を続ける者も認められる。これらの者について、復職の可能性を検討しないまま雇用関係を継続するのではなく、療養開始後3年経過時に復職可能性が認められない場合は解雇により雇用関係を終了することも可能となる。

 なお、本判決が、解雇の有効性(労働契約法16条該当性)について判断するために本件を原審に差し戻しているように、労基法19条1項の解雇制限が解除されたとしても、直ちに解雇が有効となるものではなく、解雇には客観的合理的理由及び社会通念上の相当性が必要であることに留意する必要がある。

参照条文

労基法19条(解雇制限)
 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間・・・は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第81条の規定によって打切補償を支払う場合・・・は、この限りでない。

労基法81条(打切補償)
 第75条の規定によって補償を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の1200日分の打切補償を行い、その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。

労基法75条(療養補償)
 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。

労基法84条(他の法律との関係)
 この法律に規定する災害補償の事由について、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)又は厚生労働省令で指定する法令に基づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては、使用者は、補償の責を免れる。

労災保険法12条の8第3項
 傷病補償年金は、業務上負傷し、又は疾病にかかった労働者が、当該負傷又は疾病に係る療養の開始後一年六箇月を経過した日において次の各号のいずれにも該当するとき、又は同日後次の各号のいずれにも該当することとなったときに、その状態が継続している間、当該労働者に対して支給する。
 ① 当該負傷又は疾病が治っていないこと。
 ② 当該負傷又は疾病による障害の程度が厚生労働省令で定める傷病等級(1~3級)に該当すること。

労災保険法19条
 業務上負傷し、又は疾病にかかった労働者が、当該負傷又は疾病に係る療養の開始後3年を経過した日において傷病補償年金を受けている場合又は同日後において傷病補償年金を受けることとなった場合には、労働基準法第19条第1項 の規定の適用については、当該使用者は、それぞれ、当該3年を経過した日又は傷病補償年金を受けることとなった日において、同法第81条 の規定により打切補償を支払ったものとみなす。

 

(ふじわら・ひろき)

岩田合同法律事務所カウンセル。2003年東京大学法学部卒業。2008年弁護士登録。人事労務関連業務を中心に企業法務全般を取り扱う。
主な著作・論文として,「個人請負の労働者性の問題」(共著 労働調査会刊 2011年)。

岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/

<事務所概要>

1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。

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