◇SH2114◇法務担当者のための『働き方改革』の解説(10) 江藤真理子/大村麻美子(2018/10/01)

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法務担当者のための『働き方改革』の解説(10)

基本給、賞与及び退職金の均等・均衡待遇の確保

TMI総合法律事務所

弁護士 江 藤 真理子

弁護士 大 村 麻美子

 

Ⅳ 基本給、賞与及び退職金の均等・均衡待遇の確保

1 同一労働同一賃金ガイドラインのたたき台

 企業は、現状においても労働契約法20条並びにパートタイム労働法8条及び9条に基づき均等待遇、均衡待遇を図るべき義務を有しているが、改正法の成立によって、均衡待遇規定(非正規法8条)による不合理な待遇差の禁止と、均等待遇規定(非正規法9条)による差別的取扱いの禁止が一層明確化された。

 そこで問題になるのは、正規従業員と非正規従業員との間に待遇差がある場合、どのような待遇差が不合理であり、どのような差であれば不合理でないのか、という点である。この点について、政府は、平成28年12月20日に「同一労働同一賃金ガイドライン案」(以下「ガイドライン案」という。)を、同30年8月30日には、同年6月1日付け最高裁判決(定年後に再雇用された従業員に関する長澤運輸事件)と改正法の成立を受けて、ガイドライン案を加筆修正した「同一労働同一賃金ガイドラインのたたき台(短時間・有期雇用労働者に関する部分)」(以下「ガイドラインたたき台」という。)を公表して、同一の企業・団体における通常の労働者(正規雇用労働者)と短時間・有期雇用労働者等(非正規雇用労働者)の待遇差がどのような場合に不合理とされるかを事例等で示した。

 ガイドラインたたき台は、現時点において文字どおり「たたき台」に過ぎないが、その主な内容はいずれ確定される可能性が高いこと、法的拘束力がないとはいえ厚生労働省の公的見解であること等を考慮すると、各社が体制整備を行う際には、まずは参考にするべきものである。ガイドラインたたき台が取り上げているのは、①基本給、②手当(賞与、役職手当、特殊作業手当等の各種手当)、③福利厚生(給食施設、社宅の利用等)及び④その他(教育訓練と安全管理)であるが、以下では、ガイドラインたたき台における「基本給」「賞与」に関する整理につき概観し、退職金の取扱いについても検討する。なお、定年後の再雇用については「Ⅷ及びⅨ 定年後再雇用と同一労働同一賃金」で、派遣労働者については「Ⅹ 労働者派遣と同一賃金同一労働」にて取り上げる予定である。

 

2 基本給

<ガイドラインたたき台の基本的な考え方>

  1. ● 労働者の①能力又は経験/②業績又は成果/③勤続年数のいずれかに応じて基本給を支給する場合、

    1. ・ 通常の労働者と同一の能力又は経験/業績又は成果/勤続年数である短時間・有期雇用労働者には、①能力又は経験/②業績又は成果/③勤続年数に応じた部分につき、同一の支給をしなければならない。
    2. ・ ①能力又は経験/②業績又は成果/③勤続年数に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた支給をしなければならない。
  2. ● 通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の賃金の決定基準・ルールの相違があるときは、「将来の役割期待が異なるため、賃金の決定基準・ルールが異なる」等の主観的又は抽象的な説明では足りず、…通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものの客観的及び具体的な実態に照らして、不合理なものであってはならない

 

<ガイドラインたたき台が示している具体的な事例>

 ① 基本給について、労働者の能力又は経験に応じて支給する場合

[ 問題とならない例 ]

定期的に職務の内容及び勤務地の変更がある通常の労働者の総合職であるXは、新卒採用後の数年間、店舗等において、職務の内容及び配置に変更のない短時間労働者Yと同様の定型的な業務に従事しているが、会社は、Xに対し、管理職となるためのキャリアコースの一環であることを理由に、能力又は経験に応じることなく、Yに比べ高額の基本給を支給している。

[ 問題となる例 ]

通常の労働者Xが有期雇用労働者であるYに比べて多くの経験を有することを理由として、会社は、Xに対して、Yよりも基本給を高くしているが、Xのこれまでの職業経験はXの現在の業務に関連性を持たない。

 

 

 ② 基本給について、労働者の業績又は成果に応じて支給する場合

[ 問題とならない例 ]

通常の労働者Xと短時間労働者Yは、同様の業務に従事しているが、生産効率及び品質の目標値に対する責任の有無に違いがあり、Xは目標が未達の場合、待遇上のペナルティを課されている。そのため、会社はXに対し、Yに比べ基本給を高くしている。

[ 問題となる例 ]

通常の労働者が販売目標を達成した場合に行っている支給との関係で、通常の労働者より所定労働時間が短い短時間労働者Yについて、(同一の販売目標を設定すべきでないのに)通常の労働者と同一の販売目標を設定し、それに達成しない場合には支給していない。

 

 ③ 基本給について、労働者の勤続年数に応じて支給する場合

 短時間・有期雇用労働者に対し、当初の雇用契約開始時から通算して勤続年数を評価した上で基本給を支給しなければならない。

 

3 賞与

<ガイドラインたたき台の基本的な考え方>

  1. ● 会社の業績等への労働者の貢献に応じて賞与を支給する場合、

    1. ・ 通常の労働者と同一の貢献である短時間・有期雇用労働者には、貢献に応じた部分につき、同一の支給をしなければならない。
    2. ・ 貢献に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた支給をしなければならない。

 

<ガイドラインたたき台が示している具体的な事例>

[ 問題とならない例 ]

通常の労働者であるXは、生産効率及び品質の目標値に対する責任を負っており、目標が未達の場合、待遇上のペナルティを課されているのに対し、通常の労働者であるYや有期雇用労働者であるZは、そのようなものを課されていないことから、会社はXに対しては賞与を支給しているが、YやZに対しては、ペナルティを課していないこととの見合いの範囲内で、支給していない。

[ 問題となる例 ]

通常の労働者には職務の内容や貢献等にかかわらず全員に賞与を支給しているが、短時間・有期雇用労働者には支給していない。

 

 

4 退職金

 本稿のテーマの一つである「退職金」については、ガイドラインたたき台において取り上げられず、具体例の整理がなされていない。しかし、ガイドラインたたき台の「第2 基本的考え方」によれば、「本指針に原則となる考え方が示されていない待遇や、具体例に該当しない場合についても、不合理な待遇の相違等を解消する必要がある。このため、各事業主において、労使により、個別具体の事情に応じて議論していくことが望まれる」とされており、要するに、改正法による均衡待遇規定(非正規法8条)による不合理な待遇差の禁止と、均等待遇規定(非正規法9条)による差別的取扱いの禁止の原則に立ち返ることになる。この点は、退職金の支給基準にもよるところではあるが、たとえば、勤続期間に応じた功労への報償として退職金を支給する場合において、勤続期間及び職務内容等が、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間で同一であれば、退職金の有無あるいは金額に差異が生じることは、均等待遇規定に基づく差別的取扱い禁止に違反する可能性が高い。勤続期間や職務内容等が同一ではない場合であっても、当該差異が、①職務内容、②職務内容・配置の変更範囲、③その他の事情(勤続期間を含む)の客観的及び具体的な実態に照らして、合理的に説明可能であるか否かを検証する必要があると考える。

 

5 小括

 上記のとおり、ガイドラインたたき台は、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間に、能力又は経験、業績又は成果、勤続年数や貢献に違いがあって、その違いを理由に基本給や賞与に差を設ける場合には、それらの「相違に応じた支給」をすることを求めているが、この「相違に応じた支給」額を具体的に算定することは、実務上、容易ではないと考えられる。

 そこで、次稿では、担当業務自体は同じである非正規従業員と正規従業員との間の賃金格差等が争われた実際の裁判例において、裁判所がどのように判断したのか、概観することとしたい。

 

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