コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(113)
―雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する㉓―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、雪印乳業(株)が実施した食中毒事件の再発防止策等について述べた。
2000年12月22日、西社長は、東京本社で記者会見を行い、①商品安全監査室(社長直轄)の設置、②マニュアル類の整備・策定と日報(記録)の見直し及び専門チームによる衛生教育の計画的実施、③エンテロトキシンの検査機器の全工場導入、④設備改善の計画的実施、⑤エンテロトキシン検査を含めた製品出荷前検査の実施、⑥365日、苦情をフリーダイヤルで受付けるコミュニケーションセンターの開設、⑦直ちに告知、回収できる社内体制の構築等を表明した。
今回は、2000年9月26日に発表した牛肉偽装事件発覚前の経営再建計画について考察する。
【雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する㉓:経営再建計画】
雪印乳業(株)の売上げは、食中毒事件の報道がエスカレートする中で、ずさんな衛生管理が次々と報道され、消費者・流通の信用を失い、大幅に落ちたが、西新社長のもと、従業員が一体となって信頼回復の努力を重ね、一時、本体はともかく連結売上高は回復基調にあった。[1](連結売上高は、平成11年度約1兆2,878億円⇒平成12年度約1兆1,408億、平成13年度1兆1,647億円)
しかし、その2年後に子会社の雪印食品(株)による牛肉偽装事件が発覚したために、同社は決定的に社会的信用を失い、売上げは大幅に下落、解体的出直しを迫られた。(平成14年度連結売上高は約7,271億円 平成15年度3,181億円 平成16年度2,834億円 平成17年度2801億円 平成18年度2,773億円)
雪印食品(株)の牛肉偽装事件については後述することとし、本稿では、牛肉偽装事件発覚前で売上が回復基調にあった時の経営再建計画について考察する。(一部、これまでの記述と重複する)
1. 信頼回復と経営再建の取組み
西紘平社長は、「牛乳・乳製品の製造・販売が将来にわたるコアビジネスであることを再確認し、これまで乳業メーカーとして培ってきた生産技術力、研究開発力、流通・販売力」経営再建計画の基盤とし、1. 企業風土の改革、2. 品質保証の強化、3. 平成14年度黒字化に向けての施策を柱とした。
具体的には次の通りである。(『雪印乳業史 第7巻』435頁~439頁)
【経営再建計画の具体的な施策】
1. 企業風土の刷新
(1)企業倫理の再構築
雪印企業行動憲章の制定と責任ある行動の徹底
(2) 顧客志向運動の推進
- ① CS(顧客満足)推進室の新設
- ② フリーダイヤル365日体制整備と経営への迅速なフィードバック
- ③ 開かれた会社を目指した広報体制の充実強化・IR活動、ホームページ等による積極的な情報開示
- ④ 工場見学等外部への積極的な工場開放とお客様並びにお取引先との意見交換会の実施推進
(3) コーポレート・ガバナンス(企業統治)の強化
- ① 消費者代表、有識者等第三者による「経営諮問委員会」の設置
- ② 取締役会の改革(取締役数の削減による意思決定の迅速化と経営戦略機能の強化、社外取締役の招聘)及び執行役員制度導入の検討
(4) 組織と人事制度の改定
-
① 組織
事業本部制の見直し、権限の委譲と風通しの良いフラットな組織の確立 -
② 人事制度
現場重視を基軸とする部門に応じた人事評価基準の再構築、適材適所と実力主義の徹底 -
③ 危機管理体制の再構築
危機管理体制、マニュアルの刷新と実用のための教育訓練の徹底
2. 品質保証の強化
(1) 商品安全監査室の設置
- ① 社長直属の組織とし、品質管理と安全監査の徹底強化
- ② 社外衛生専門家の招聘
(2) HACCPの徹底による現場作業レベルにおける安全性、健全性の確保
- ① HACCPの遵守並びにHACCPプランの検証と改革の徹底
- ② 生産現場における管理者の意識改革
- ③ 衛生、品質管理教育への重点投資
(3) 工場検査体制の充実
- ① 専門スタッフ配置による検査業務・検査水準の高度化
- ② エンテロトキシン等、検査項目の拡大
- ③ 品質検査機器への重点投資
(4) 雪印グループ品質保証体制の強化
- ① 検査部門のグループ内人事交流の実施
- ② グループ品質保証委員会の活性化
(5)食品衛生研究所の新設及び研究成果の社会還元
- ① 食中毒の研究
- ② エンテロトキシンの迅速、簡易測定法の開発
- ③ 衛生管理に関わる教育の実施
3. 2002年度黒字化に向けた施策
(1) 事業構造の改革
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① 商品開発力の強化
・ 商品開発本部の新設による商品開発の一元化とスピードアップ
・ ブランド戦略・容器戦略の再構築と新規展開 -
② コアビジネスへの経営資源の集中
・ 市乳生産拠点の再編(大阪工場の閉鎖含む)
・ チーズ、業務製品等への経営資源の重点的投入
・ 営業面におけるマンパワーの強化 -
③ ノンコアビジネス(非中核事業)の分離独立及び縮小廃止
・ 冷凍食品、アイス事業等における戦略的パートナーとの提携等を視野に入れた見直し
・ 医薬品事業の対象分野の絞込み
・ 不採算事業の整理 -
④ グループ事業の再構築
・ グループ流通機能の統合・再編
・ グループ内重複事業の再編
・ 不採算事業関連子会社の整理
(2) 収益構造の見直し
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① 固定費圧縮
・ 従業員数の削減(約1,300人を削減し2002年度末5,500名体制の確立)
・ 役員報酬・従業員賞与の削減 - ② 不動産等の売却
- ③ 海外拠点の統廃合
- ④ 運動部の廃止(アイスホッケー部、陸上競技部)
このように、雪印乳業(株)は、信頼回復のための施策に加えて、長い歴史の中で蓄積・形成された肥大化・官僚化した組織(筆者は、同社の「事件を風化させない活動」に招かれた官僚が、講演の中で、「官僚の私が言うのもなんですが、食中毒事件発生当時の雪印は官僚以上に官僚的な組織でした」と言うのを聞いた記憶がある)を、西新社長を中心に、会社の経営危機をバネとして、不採算部門の整理、不稼働資産の売却、要員の削減等、経営全体を筋肉質に作り変えようとしていた。
次回は、この再建計画の進捗と経営諮問委員会の設置等、具体的な施策について考察する。
[1] 雪印メグミルク編『雪印乳業史 第7巻』(雪印メグミルク、2016年)862頁~863頁