◇SH2195◇債権法改正後の民法の未来64 背信行為による贈与契約の解除(2) 奥津 周(2018/11/15)

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債権法改正後の民法の未来 64
背信行為による贈与契約の解除(2)

堂島法律事務所

弁護士 奥 津   周

Ⅲ 審議の経過

 経過一覧

 法制審議会では、以下のとおり背信行為による贈与契約の解除の論点について、審議がなされた。

会議 開催日等 資料等
第16回 H22.10.19 部会資料15-1、15-2
第23回 H23.2.8 部会資料23「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理のたたき台(3)」
中間的な論点整理 H23.4.12決定 中間的な論点整理案
第53回 H24.7.31 部会資料44
第2分科会第5回会議 H24.9.4 部会資料44
第68回 H25.2.5 部会資料57「中間試案のたたき台(5)」
中間試案 H25.2.26決定 中間試案
第84回 H26.2.25 部会資料75B

 

 審議の概要

 (1) 審議された論点

 背信行為等を理由とする贈与契約の解除について、論点としては、①このような規定を設けることの是非、②このような解除の制度の趣旨をどのように理解するか、③設けるとした場合の要件、④③とも関連するが贈与の履行の前後で解除の要件を分けるか、⑤解除権の一身専属性、⑥解除権の期間制限、といった点について審議がなされた。

 (2) 規定を設けることの是非

 昨今、ビジネスの世界においても、例えば次のビジネスチャンスにつなげていくという目的で、無償で一定の製品やサービスを提供するということは頻繁に行われており、贈与は必ずしも個人的な情愛や信頼関係を背景にしているものばかりではなく、贈与には様々な類型があることから、信頼関係の破壊を背景とした背信行為等を理由とする解除の規定は設けるべきではないという指摘がなされた[1]

 この点については、ルールの適用の場面を限定したり、要件の定め方によって、ビジネスにおける無償行為に不合理に影響させないような制度作りができるのではないかといった指摘がなされた。

 (3) 解除の制度趣旨をどのように理解するか

 背信行為等を理由とする解除の制度について、受贈者に対する制裁的な措置として理解するものと、贈与者・受贈者の個人的な信頼関係の破壊を理由とすると理解するものとがある。

 前者(制裁的措置)と考えれば、解除の要件については、論点③以下の点について、解除の一身専属性を否定し、解除事由をより背信性の高いものに限定し、原状回復義務を負わせる方向性を指向することになるとされる。他方で、後者(信頼関係の破壊)と考えれば、一身専属性を肯定し、解除事由はより広く背信性を基礎づけるものであれば足りるとし、原状回復義務を一定の時点での現存利益に限定するという方向性を指向することになる[2]。中間試案に対するパブリック・コメントにおいても、いずれの説についても理解を示すものがあったとされている。

 法制審議会における議論とすれば、後者の信頼関係の破壊を根拠とするという理解が中心であった。前回の中間試案における提案も、この理解を前提にしている。

 (4) 解除の要件

 解除の要件をできるだけ広く解するか、あるいは狭く解するべきかについては議論が分かれた。

 贈与が無償行為であり、当事者の情愛や信頼関係に基づくものが多い以上、贈与者の意思や期待や信頼といった贈与者の気持ちを尊重すべきであり、そのような期待や信頼等が裏切られたときには、契約の拘束力を奪ってもよいという考え方もあり得ることが指摘された。

 一方、解除の効果が重大であることや、贈与の背景として、例えば被相続人から相続人の一人(例えば長男)に多くの生前贈与や相続分の指定がなされ、相続する財産の調整のために兄弟間で贈与がなされるなど、贈与者と受贈者の利益調整のために贈与が使われているといったこともあることから、その要件は限定的かつ明確である必要があるといった指摘もあった。

 そして、解除の要件を広くするとすれば、要件の設定も困難であることから、法文化する以上は、解除の要件はある程度明確にし、また我が国で贈与が相続類似の機能を果たしていることなどを前提に、受遺者の欠格事由(民法第965条、第891条)や推定相続人の廃除事由(民法第892条)を参照するべきだという意見をふまえて、中間試案においては、推定相続人の廃除事由と同じ要件とすることが提案された。

 一方、贈与の背景事情は様々であり、必ずしも相続類似の状況にあるものばかりではないから、一般的な要件の設定は困難ではないかといった議論もなされた。

 (5) 履行の前後で分けることの是非

 贈与の契約後、履行の前後で解除権の要件を分けるべきではないか、履行前のものは履行後よりもより広く解除権を発生させる要件とすべきという意見もあった。

 例えば、法科大学院に入って勉強するからというので毎年金銭を贈与するという契約をしたが、勉強もせずに遊びほうけているときに贈与の解除を認めてもよいと思われ、また履行前の場合は法的安定性を考慮する必要はないし、このような事例では、相続人の廃除などの要件では厳しすぎることから、より緩い要件を設定すべきという指摘がなされた[3]

 これに対しては、履行の前後で要件を分けるとするとその要件設定が困難ではないか、民法891条の相続人の欠格事由は遺贈にも準用されているが、ここに規定されているものは遺贈が履行されていない場合が想定されていて、遺贈の場合に限定的な要件とされていることの整合性がないのではないかといった批判があった[4]

 (6) 解除権の一身専属性

 背信行為等を理由とする解除権の行使を贈与者の相続人にも認めるかどうかの議論もなされた。

 この点は、法制審議会での議論としては、背信行為等による解除は、贈与者と受贈者との人間関係の破綻等を根拠とするものであり、贈与者において解除権をあえて行使しなかったときに相続人に解除権を行使させるのは相当ではなく、贈与者の一身に専属するものとして、相続人による行使を認めないという意見が大半であった(民法896条ただし書)。

 このため、中間試案においても解除権は贈与者の一身に専属するものという規定を設けることが提案された。もっとも、受贈者が贈与者を死亡させたときなどは、贈与者は解除権を行使する余地はないから、この場合は例外とするものとされた。

 (7) 解除権の期間制限

 贈与の背景にある人間関係が破壊されたことなどを解除権の実質的根拠とする場合には、一定期間の経過により人間関係の破綻の程度が緩和され、解除により贈与を覆す必要性が薄れるのが通例であると考える余地がある。この考え方を推し進めるとともに、当事者間の法律関係の安定に配慮する必要性なども踏まえると、背信行為等による撤回・解除権については、消滅時効の一般原則とは別に、その行使につき一定の期間制限を設けることが考えられる。

 法制審議会の議論の中では、消滅時効の一般原則に委ねることでよいという意見も一部にあったが、別途期間制限を設ける方向となった。

 意見としては、贈与者が解除権を行使し得るときから1年といった短期の期間制限も設けるというものもあったが、中間試案としては、贈与の履行からの期間制限のみを設ける案が採用された。



[1] 第16回議事録12頁以下等

[2] 部会資料75B

[3] 第2分科会第5回会議議事録49頁以下。なお、中国法や韓国法では、履行の前後で解除の要件を変える規定がある。

[4] 第2分科会第5回会議議事録52頁以下。

 

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