野村不動産ホールディングス、機構改革および人事異動
岩田合同法律事務所
弁護士 藤 原 宇 基
1. 概要
野村不動産ホールディングス(以下「野村不動産HD」という。)は、平成30年3月2日付で野村不動産株式会社(以下「野村不動産(株)」という。)を含むグループ各社における同年4月1日以降の機構改革および役職員の人事異動を発表した。
野村不動産(株)は、平成29年12月25日付で一部職員に適用していた企画業務型裁量労働制が適用要件を満たしていないとして所轄の労働基準監督署から是正勧告・指導を受けており、平成30年4月からは裁量労働制を廃止するとした。報道によれば、上記是正勧告・指導は、平成28年9月に東京本社に勤めていた50代の男性が自殺し、長時間労働による過労が原因として労災認定されたことがきっかけとみられる。把握された同男性の残業は最長で1ヵ月に180時間超であったとのことである。
今回の機構改革及び人事異動において、裁量労働制の廃止が反映されているかについては明らかではないが、野村不動産HDでは、労働局長から特別指導を受けた宮嶋誠一野村不動産(株)社長、野村不動産HD副社長・グループCOOの下、労務時間の短縮を含めた働き方改革が強く進められるものと思われる。
2. 野村不動産HDにおける働き方改革
野村不動産HDはもともと働き方改革への取組みを進めていた企業であり、野村不動産(株)では、平成25年には当時の中井社長を委員長とする「ダイバーシティ推進委員会(通称「ダイチャレ」)」を部門横断的に立ち上げ、契約社員に関する制度改正(契約期間の無期化、能力向上にともない昇級するステージの明確化)、介護に関する制度改正(時短勤務制度の導入、介護休業期間の延長、介護休業の分割取得制度の導入)、再雇用に関する制度改正(再雇用選択時における処遇の見直し、50代社員へのキャリアセミナー、マッチング面談の導入)、育児支援に関する制度改正(休日保育支援制度の導入、育児短時間勤務・看護休暇などの適用を小学4 年生の始期に達するまでに延長、男性社員のバース休暇制度導入)等の人事制度の改正が行われてきた。
また、同社は、平成28年には、女性の職域拡大・役割の高度化、長時間労働是正の働き方改革などが選定の重点テーマである経済産業省「新・ダイバーシティ経営企業100選」に選定され、また、女性が活躍できる環境整備、育児・介護を含む両立支援およびキャリアアップ支援の制度整備、社員への啓蒙活動などが評価されて、厚生労働省「えるぼし」最高評価「3段階目」を取得している。
さらに、平成29年4月には、宮嶋グループCOOを委員長とし、各部門長等から構成する「野村不動産グループ働き方改革推進委員会」を発足して、各社が現場レベルで業務内容の精査や課題の抽出を行ったうえで、具体的なアクションプランを精査・策定し、同年10月からは以下のような施策を内容とする「働き方改革」を実行するとしていた。
3. 実労働時間数の把握・管理の重要性
以上のような働き方改革への取組みの中で、過労死が認定される働き方や是正勧告を受ける裁量労働制の適用が行われてきたのであるが、そこには、全社を挙げて三六協定の遵守を進める中で長時間の隠れ残業が生じていた電通過労自殺事件と同じ構造がみられる。すなわち、労働時間の短縮や柔軟な働き方を進める中で実際の労働時間の把握が疎かになり、過労自殺に至る程度の長時間労働が生じていたものと考えられる。
今後、働き方改革を進めていく中で、一般社員の労働時間を短縮することにより管理職の負担が増える、在宅勤務や副業といった柔軟な働き方により労働時間の管理・把握が困難になる、高度プロフェッショナル制度の導入や裁量労働制の適用拡大(ただし、裁量労働制については今国会提出予定の働き方改革関連法案からは切り離されるとの報道もある。)により実労働時間数規制の及ばない業務が拡大される等、企業が把握しない長時間労働が増えることが考えられる。
企業としては、労働基準法上の実労働時間数規制を遵守することはもちろん、実労働時間数規制が及ばない労働者に対しても、長時間労働が生じるような過重業務を命じた場合には安全配慮義務違反となる可能性があることに留意しつつ、労働者の実労働時間数を把握・管理しながら(特に、健康障害リスクが高まるとされる時間外労働45時間、80時間、100時間(休日労働を含む)に注意して)、柔軟な働き方と長時間労働抑制をセットで進めていくことが重要であると考える(なお、報道によれば、厚生労働省は、「働き方」関連法案を一部修正し、使用者に対して、労働安全衛生法に基づく医師の面接指導を受けさせるため、管理職や裁量労働制適用者を含めた全ての労働者の労働時間の把握義務を法律上定める方針とのことである。)。
以上