◇SH2788◇最二小判 平成30年11月16日 神奈川県議会議員政務活動費不正受給確認請求事件(菅野博之裁判長)

未分類

 神奈川県議会政務活動費の交付等に関する条例(平成13年神奈川県条例第33号。平成25年神奈川県条例第42号による改正前の題名は「神奈川県議会政務調査費の交付等に関する条例」)に基づいて交付された政務調査費及び政務活動費について、その収支報告書上の支出の一部が実際には存在しないものであっても、当該政務活動費等の交付を受けた会派又は議員が不当利得返還義務を負わない場合

 政務調査費及び政務活動費につき、具体的な使途を個別に特定した上で政務活動費等を交付すべきものとは定めておらず、年度ごとに行われる決定に基づき月ごとに一定額を交付し、年度ごとに収支報告を行うこととされ、その返還に関して当該年度における交付額から使途基準に適合した支出の総額を控除して残余がある場合にはこれを返還しなければならない旨の定めがある神奈川県議会政務活動費の交付等に関する条例(平成13年神奈川県条例第33号。平成25年神奈川県条例第42号による改正前の題名は「神奈川県議会政務調査費の交付等に関する条例」)に基づいて交付された政務活動費等について、その収支報告書上の支出の一部が実際には存在しないものであっても、当該年度において、収支報告書上の支出の総額から実際には存在しないもの及び使途基準に適合しないものの額を控除した額が政務活動費等の交付額を下回ることとならない場合には、当該政務活動費等の交付を受けた会派又は議員は、県に対する不当利得返還義務を負わない。

 地方自治法(平成24年法律第72号による改正前のもの)100条14項、地方自治法(平成24年法律第72号による改正前のもの)100条15項、地方自治法100条14項、地方自治法100条15項、地方自治法100条16項、神奈川県議会政務調査費の交付等に関する条例(平成13年神奈川県条例第33号。平成25年神奈川県条例第42号による改正前のもの)13条1項、神奈川県議会政務活動費の交付等に関する条例(平成13年神奈川県条例第33号)14条1項、民法703条

 平成29年(行ヒ)第404号 最高裁平成30年11月16日第二小法廷判決 神奈川県議会議員政務活動費不正受給確認請求事件 破棄自判(民集第72巻6号993頁)

 原 審:東京高等裁判所平成28年(行コ)第325号 平成29年7月10日判決
 原々審:横浜地方裁判所平成27年(行ウ)第25号 平成28年8月3日判決

 

1

 本件は、神奈川県議会の会派であるB(以下「本件会派」という。)が平成23年度(ただし、同年4月分を除く。)から同25年度まで(以下「本件各年度」という。)に交付を受けた政務調査費及び政務活動費(以下「政務活動費等」という。)に関し、収支報告書に支出として記載されたものの一部が実際には支出されていないから、本件会派はこれを不当利得として県に返還すべきであるにもかかわらず、知事がその返還請求を違法に怠っているとして、県の住民Xが、知事Yを相手として、地方自治法242条の2第1項3号に基づき、知事が本件会派に対する不当利得返還請求権の行使を怠ることが違法であることの確認を求める住民訴訟である。

 収支報告書に記載された支出のうち一部は実際には存在しない架空のものであるものの、本件会派の収支報告書上の支出総額が、政務活動費等の交付額を大きく上回っており、支出総額から架空のものとされた支出を差し引いたとしても、なお支出総額が交付額を上回っていたため、このような場合にも不当利得が成立するのか否かが争点となった。

2

 本件の事実関係等は、次のとおりである。

 (1) 神奈川県議会政務活動費の交付等に関する条例(平成13年神奈川県条例第33号。平成25年神奈川県条例第42号による改正前の題名は「神奈川県議会政務調査費の交付等に関する条例」。以下、両者を併せて「新旧条例」という。)においては、政務活動費等の額は、議員1人当たり月額53万円とされ、政務活動費等を充てることができる経費について、調査研究費、資料作成費等とする定めが置かれていた(以下、この定めを「使途基準」という。)。

 その交付の方法は、会派ごとに会派に交付する方法、議員に交付する方法、会派及び議員に交付する方法のいずれかによるものとされ、知事は、年度ごとに政務活動費等の交付の決定を行い、月ごとに当該月分の政務活動費等を会派等に交付することとされていた。  

 そして、交付を受けた会派の代表者及び議員は、年度ごとに政務活動費等の収入額、支出額、残額等を記載した収支報告書及び当該収支報告書に記載された支出に係る証拠書類等の写しを議長に提出するものとされ、その上で、会派及び議員は、当該年度において交付を受けた政務活動費等の総額から、当該年度において行った政務活動費等による支出(使途基準に適合する支出に限られる。)の総額を控除して残余がある場合には、当該残額に相当する額を返還しなければならない旨が定められていた(以下「本件返還規定」という。)。

 (2) 本件会派は、このようにして交付を受けた政務活動費等について、毎月一定額を所属する議員に直接交付し、四半期ごとに支出伝票、出納簿、証拠書類等の提出を求めていた。本件会派に所属する県議会議員である上告補助参加人Aは、本件各年度に、資料作成費(県政レポートの印刷代)として合計518万円余の支出(以下「本件各支出」という。)をしたとして、支出伝票、領収証等を本件会派に提出した。しかし、本件各支出は実際には存在せず、領収証は虚偽の内容のものであった。

 (3) 本件各年度における本件会派の収支報告においては、本件各支出が支出額に含まれていたところ、収入額(政務活動費等の交付額に預金利子を加えたもの)を、支出の総額が大幅に上回っており、そのため、収支報告書の支出の総額から本件各支出を差し引いたとしても、依然として支出の総額が収入額を上回る状態であった。

3

 (1) 第1審及び原審は、Xの請求を認容すべきものとした。原審の理由の要旨は次のとおりである。

 収支報告書における所定の支出が実際には存在しない場合において、架空の領収証を用いるなどして政務活動費等を取得することは、地方自治法及び新旧条例等の定めから認められる政務活動費等の使途の透明性の確保という趣旨に著しく反し、およそ政務活動費等の対象となり得ないものについて、その形式を濫用して理由なく金員を取得する違法な行為といわざるを得ず、特段の事情のない限り、当該支出分に対応する政務活動費等を取得する法律上の原因はないと解するのが相当である。本件においては、実体と合致しない虚偽の内容の領収証をもって政務活動費等として金員を取得しようとしたものというべきであり、本件各年度における収支報告書上の支出の総額から本件各支出の額を控除した額は政務活動費等の交付額を上回っているものの、上記特段の事情は認められない。実体と合致しない本件各支出について本件会派が政務活動費等を取得する法律上の原因はなく、本件各支出分は不当利得として返還されるべきである。

 (2) 本判決は、判決要旨のとおり判示した上で、本件の事実関係等によれば、本件会派の本件各年度における各収支報告書上の支出の総額から本件各支出を控除した額は、それぞれの年度における政務活動費等の交付額を下回ることとはならず、本件会派が不当利得返還義務を負うものとはいえないとして、原判決を破棄し、第1審判決を取り消した上で、Xの請求を棄却する自判をした。

4 説明

 (1) 問題の所在

 住民訴訟の中で政務活動費等の不正使用をめぐる訴訟は一定の割合を占めており、その大部分が、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、政務活動費等の交付を受けた会派又は議員に対して不当利得返還請求権又は損害賠償請求権を行使しないことが違法であるとして、地方公共団体の長に対して、当該請求権を行使するよう義務付けることを求める請求であり、その他には、本件と同様に、同項3号に基づき、上記不当利得返還請求権又は損害賠償請求権の行使を怠る事実の違法確認の請求の形をとるものが見受けられる。そして、不当利得返還請求権と損害賠償請求権のいずれを対象とするかについては、不当利得返還請求権を選択する例が多いようであるところ(福渡裕貴「政務活動費をめぐる住民訴訟上の諸問題」判タ1440号(2017)71頁)、政務活動費等の個々の支出の適法性の判断については比較的多くの判例、裁判例等が存在しているものの、それ以外の不当利得返還請求権の発生要件についてはさほど注目されてこなかったように思われる。

 本件は、そのような状況の中で、本件各支出が架空のものであること(県政レポートの印刷代として支出されたことはなく、したがって使途基準に従って支出されたとは認められないこと)を前提として、その上で不当利得の成否が争点となった事案である。

 本件の争点は、収支報告書上の支出の総額が交付額を超過する場合に、その超過部分について不当利得が成立し得るか否かという点である。

 (2) 政務活動費等に関する条例の定め

 政務活動費について、地方自治法は、わずかに、議員の調査研究その他の活動に資するため必要な経費の一部として政務活動費を交付することができ、その経費の範囲は条例で定めること、収入及び支出の報告書を議長に提出すること、議長は使途の透明性の確保に努めることのみを定めており(地方自治法100条14~16項)、交付、収支報告、精算の具体的な手続は各地方公共団体の条例に委ねられている。

 条例の内容は各地方公共団体によって様々であるが、神奈川県の新旧条例は、これらの中でも比較的オーソドックスな内容であるようであり、年度ごとに行われる交付決定に基づいて、一定期間ごとに一定額を交付し、年度末に収支報告、精算を行った上で、交付額から適法な支出額を控除して残余がある場合に返還義務が生ずるというものである。このように、神奈川県を含む多くの地方公共団体においては、政務活動費等の交付は、具体的な支出に対応させてその都度交付されるのではなく、いわゆる概算払い方式がとられている。

 また、返還に関する規定につき、本件返還規定のように残余について返還義務を定める規定とは別に、使途基準に反した支出があると認められるときは、地方公共団体の長がその支出の額に相当する額の返還を求めることができるなどとする例、使途基準に反して使用したときは交付決定を取り消し、返還を命じなければならないとする例等があるようであるが、神奈川県の新旧条例にはこのような規定は置かれていなかった。

 (3) 本判決の考え方

 民法703条の不当利得返還請求権の成立要件は、伝統的な理解に従えば、①損失、②利得、③損失と利得の間の因果関係、④利得が法律上の原因に基づかないことである。このうち、①~③の要件については、地方公共団体が会派又は議員に対して政務活動費等を交付し、会派又は議員がこれを受領したことであり、通常は問題なく認められるであろうから、問題は④の要件である。

 政務活動費等の法律上の根拠を検討すると、政務活動費等は、地方自治法及び条例上、その使途を限定して交付されるものであり、使途基準に適合する支出を行った結果残余が生じた場合には当然に返還すべき性質のものであることからすれば、「交付を受けた政務活動費等のうち、使途基準に適合する支出に充てていない部分がある」場合には、その部分については、④法律上の原因に基づかない利得となろう。本件返還規定は、これを返還すべきことを明確にしたものであると考えられる。そうすると、本件のように、使途基準に適合する収支報告書上の支出の総額が政務活動費等の交付額を上回っている場合には、基本的には、交付された政務活動費等のうち使途基準に適合する支出に充てられていない部分は存在しないものといわざるを得ないから、④法律上の原因に基づかない利得があるとは認められないこととなろう。

 次に、このような場合であっても、所定の支出が実際には存在しないにもかかわらず架空の領収証を提出したような場合には、これが違法な支出のために政務活動費等を取得するものであり、そのように取得された政務活動費等は④法律上の原因に基づかない利得であるとの評価が可能であるか否かが更に検討されることになろう。

 この点は、各地方公共団体における条例の規律内容により判断が分かれ得るところではあるが、新旧条例においては、政務活動費等の交付にあたって具体的な使途を個別に特定することなく、概算払いをして、年度ごとにまとめて精算することにより透明性を確保するとの方式がとられていることからすれば、年度末に虚偽内容の領収証を提出したとしても、交付の段階で「架空の支出のために政務活動費等を取得した」と評価することは困難であろう。さらに、地方自治法100条14項が、調査研究その他の活動に資するため必要な経費の「一部として」政務活動費を交付することができると定めていることからすれば、新旧条例に基づく収支報告にあたって、交付額を上回る支出の総額を計上することが禁止されているものともいえず、また、新旧条例において、収支報告書上の支出の総額のうちどの部分に交付を受けた政務活動費等を充てるのか、どの部分を自己負担とするのかを明らかにすることが求められているともいい難い。結局のところ、新旧条例は、本件返還規定に定めるとおり、年度末に交付額の総額と収支報告書上の支出(使途基準に適合する支出に限られる。)の総額を比較して、前者が後者を上回る場合にのみ返還義務が発生するとの規律をとっているものといわざるを得ない。

 そうすると、新旧条例の下では、使途基準に適合する収支報告書上の支出が交付額を下回ることとならない限り、政務活動費等を法律上の原因なく利得したということはできないものと考えられる。このような理由から、本判決は、新旧条例に基づいて交付された政務活動費等について、その収支報告書上の支出の一部が実際には存在しないものであっても、当該年度において、収支報告書上の支出の総額から実際には存在しないもの及び使途基準に適合しないものの額を控除した額が政務活動費等の交付額を下回ることとならない場合には、当該政務活動費等の交付を受けた会派又は議員は、県に対する不当利得返還義務を負わないものと解するのが相当であるとしたものと思われる。

 (4) このような本判決の結論に対しては、住民訴訟によって政務活動費等の不正使用の事実を明らかにすることが困難となり、透明性の確保が困難となるとの批判が考えられるところである。

 しかしながら、政務活動費等の使途の透明性を確保する方策は、住民監査請求や住民訴訟に限られるものではない。むしろ、住民監査請求や住民訴訟は、本来は地方公共団体の長や職員による財務会計行為の違法を追及するための制度であるから、会派や議員の不正使用の責任を追及するためには、むしろ議会や会派において自律的に調査等を行うなどして、その結果、問題があると判明した場合には、政治的、社会的責任の観点から解決されるべきであるとの見方もできるように思われる。地方公共団体によっては、学識経験者等によって構成される第三者機関を設置し、客観的・専門的立場からチェックすることとしている例、収支報告書のみならず会計帳簿、領収証類もインターネットを通じて公開し、住民によるチェックを容易に行えるようにしている例等もあるようである。

 (5) なお、本判決のとった解釈は、新旧条例の下におけるものであるから、政務活動費等に関する条例に、本件返還規定のように残余について返還義務があることをいう規定とは別に、違法な支出が認められた場合等に返還義務を定める規定が存在する場合等には、異なる結論となる可能性は否定できないと思われる。

5

 本判決は、神奈川県の条例の下における判断を示したものではあるが、同様の規律をとる条例を設ける地方公共団体は比較的多いものと思われることから、今後の実務に資すると思われるため、紹介する次第である。

 なお、本判決に関する評釈として、野口貴公美・法教463号(2019)132頁がある。

タイトルとURLをコピーしました