コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(127)
―雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する㊲―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、牛肉偽装事件後のリスク対応体制の見直しと企業倫理委員会の役割について述べた。
雪印乳業(株)は、牛肉偽装事件後、品質以外の企業倫理、コンプライアンスを強化することの重要性を痛感した。
商品事故対応体制を見直し、毎日、商品安全保証室長が社長、担当役員、関係者に報告するとともに、事故が重大化する懸念がある場合には、社長に直ちに報告して緊急品質委員会を開催、商品回収は、①健康被害、②法令違反、③拡大可能性の3点から判断することとした。
また、社内外に従業員相談窓口(社内の企業倫理ホットラインと社外のスノーホットライン)を設置して、公益通報、社内規定違反、社会的非難を受けそうな重大行為の他、業務上のささいな疑問、相談、提案等も受け付けることとした。
企業倫理委員会は、企業倫理及び品質等に関する提言・勧告並びに検証を継続的に行う取締役会の諮問機関として設立され、委員には有識者や社内外取締役の他に、労働組合の代表も就任した。
提言の進捗状況は企業倫理委員会に報告されたが、特に雪印乳業行動基準の徹底は、職場毎の行動リーダーにより推進され、毎月の活動内容も企業倫理委員会に報告された。
グループ会社については、グループ会社社長会で経営トップのコンプライアンス意識を喚起するとともに、企業倫理推進担当者教育にも注力した。
また、「事件を風化させない日」と、「事件を風化させない月間」を設けて、外部講師による講演、行動基準定着活動事例発表会、再発防止のためのディスカッション等を行った。
今回は、その他のコンプライアンス定着活動について考察する。
【雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する㊲:牛肉偽装事件後の経営再建⑧】(『雪印乳業史 第7巻』496頁~515頁より)
今回は、前回述べたリスク対応体制やコンプライアンス強化策の他に、特徴的なコンプライアンス関連施策について考察する。
1. 宣誓書の提出
雪印乳業(株)は、牛肉偽装事件発覚の翌年(2003年)から、一人ひとりが事件を反省し経営倫理を徹底するために、毎年、食中毒事件発生日の6月27日を宣誓書提出日と定めて、社長以下全役員・従業員が、行動基準の実践を宣誓する宣誓書に署名することとした。
2. 品質勉強会と事件に関するディスカッション
雪印乳業(株)は、八雲工場食中毒事件が風化して2000年の食中毒事件が発生したことを反省し、6月の事件を風化させない月間の活動の一環として、2004年から毎年、商品安全保証室が作成した品質保証テキストを用いて、品質保証勉強会や品質保証理解度テストを実施するとともに、事件当時のビデオや新聞記事のスクラップを用いて職場ディスカッションを繰り返し実施しており、雪印メグミルク(株)に経営統合した今も実施している。
3. 米国経営倫理学会での報告
2004年8月、雪印乳業㈱は、ニューオリンズ市で開催された第24回米国経営倫理学会で、「新生雪印乳業の取組み」について報告を行った。
報告のきっかけは、中央大学での雪印乳業(株)の報告を、米国経営倫理学会前会長ダリル・ケーン(Daryl Koehn)教授が聴き、米国における企業再生の参考になるとして、雪印乳業(株)に講演依頼をしたことによる。
米国以外の企業が同学会で報告したのは初めてで、好評だったことから、以後、毎年日本企業1社以上を同学会へ招聘することが決議された。
その後、2005年には、ケーン教授が雪印乳業(株)に来社して社長・経営倫理担当役員と座談会を行い、同教授は雪印乳業(株)の取組みに対して、①率直に事件を反省し、その後の対応やコンプライアンスプログラムが具体的でわかりやすい、②2つの事件を風化させない日を設定し、過ちを絶対に風化させないというカルチャーを感じさせる、③消費者重視経営を現実に支える商品開発・品質管理の充実が行われている、として評価した。
また、健全な経営や企業風土を維持していくためには、オープンで素直なことの重要性を指摘し、雪印乳業(株)は改めてオープンな組織つくりの重要性を確認し、新企業理念を社風に反映し行動につなげることの重要性を再認識した。(『雪印乳業史 第7巻 』501頁)
その後、2008年度の米国経営倫理学会にも出席して自社の再生の取組みを積極的に報告したことから、雪印乳業(株)の取組みは、米国のビジネススクールの一つであるバージニア大学のケーススタディに取り上げられ、2010年に出版された。[1]
4. 雪印乳業行動基準の浸透・定着に向けたアンケートの実施
雪印乳業(株)は、2003年1月に雪印乳業行動基準を策定して以来、企業倫理委員会の提言もあり、各種研修やグループ活動を実施して浸透・定着を図ってきたが、その浸透・定着の状況を把握し課題があれば改善を図るために、役員・社員を対象にアンケートを毎年実施した。
アンケート結果は、社内のイントラネットで公表し、雪印乳業行動基準の意識づけと定着に役立てた。
アンケートは、無記名で、自由記入欄を設け、個人が特定されない形で実施し、経年変化を追ったが、自由記入欄に重大な問題の指摘や早急な解決を求めており対象が明らかな場合には、課題解決のために対応した。
2005年からは、主要子会社11社に対しても、同様のアンケートを実施した。
次回は、まとめとして、食中毒事件後と牛肉偽装事件後の対応の比較から、筆者が主張するコンプライアンスの浸透・定着と組織文化の関係を考察する。
[1] なお、当時、米国では、2001年のエンロン事件、2002年のワールドコム事件、2008年のリーマンブラザーズの経営破たん等、深刻な経営不祥事を起こした企業が経営破たんに追い込まれるケースが多かったが、雪印乳業(株)のように2度の不祥事から立ち上がり再生に取組み成果を挙げている例が少なかったことから、雪印乳業(株)のケースは注目を浴びたと思われる。