◇SH2374◇弁護士の就職と転職Q&A Q69「ジェネラリストか? スペシャリストか?」 西田 章(2019/03/04)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q69「ジェネラリストか? スペシャリストか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 グループ制度を持つ大規模な法律事務所のジュニア・アソシエイトからのキャリア相談の典型例のひとつに、「自分はジェネラストになりたい」というものがあります。そこには、「パートナーは、自分達が幅広い経験を積んだ上で専門化するという育て方をさせてもらったにも関わらず、今のアソシエイトに対しては早期の専門化を要求するのは狡い」という不満が存在します。

 

1 問題の所在

 20年前、私が弁護士1年目だった頃は、渉外弁護士のキャリアモデルは、「まずはジェネラリストになれ」というものでした。弁護士たるもの、歯車になってはいけない。誰もがまずは自分でどんな案件にも対峙できるようになれ。そのためにも、留学に行くまでの4年間は、どんな案件でも受けて足腰を鍛えろ。その上で、留学や海外研修で「強み」となる専門分野を探せ。という具合です。グループ制度も、労務管理をメインとした「均質的なグループ」を目指して設計されており、業務分野別のプラクティスグループは否定されていました。

 しかし、この20年間で状況は変わりました。クライアントから求められる仕事のスピードは上がり、案件も複雑化・大型化しました。同時に「アソシエイトの教育に要した時間をチャージして依頼者に転嫁する」という甘えも許されなくなってきました。クライアント内の法務担当者のレベルも上がり、インハウスが増えてきたことも、「外部事務所のサービス」に求める質と効率に対する要求水準を高めています。クライアント・ニーズに応えるためには、「アソシエイトの早期専門化」が求められています。事務所の中には、採用の段階から、プラクティスグループ別に選考を行う先も現れています。

 ただ、アソシエイトの側に立ってみれば、「まずは、色々な経験を積んでみたい」という素朴な感覚がなお残っています。「こんなルーティン業務に明け暮れるために弁護士を目指したわけじゃない」という職業的使命への矛盾を感じることもあれば、「いずれはAIに置き換えられてしまうような業務に特化してしまったら、20年後、30年後に食べていけなくなる」という不安も混じっています。

 他方、幅広い案件を扱っているアソシエイトにとっては、「目立った専門分野を持っていない」ことが不安のタネとなっています。彼らも、また「このままでは『何でも屋』『器用貧乏』に終わってしまう」「専門分野がなければ、生き残れないのではないか?」という悩みを抱えています。

 

2 対応指針

 「スペシャリスト≒特定の法分野に強みを持つ弁護士」と定義するならば、「ジェネラリスト≒特定のクライアントとの継続的信頼関係に強みを持つ弁護士」と定義することができます。

 「スペシャリスト」を志向するならば、まずは、所内的に「自分はこの分野の専門家である」という旗(フラグ)を立てて案件を呼び込むことが必要です。業界トップクラスまで目指すならば、大規模事務所又は専門ブティックに身を置いて、論文執筆や研究会報告にも取り組んで、リーガルマーケットで「●●法といえば、▲▲弁護士」とすぐに思い浮かべてもらえるだけのブランド構築が求められます

 他方、「ジェネラリスト」を志向するならば、顧問契約を重視し、クライアント企業の経営陣からも信頼されるだけの密度の濃い関係を構築することが求められます(可処分時間を、クライアントとの会食やゴルフ等に充てることも意味があります)。利益相反を回避する観点からは、中規模以下の事務所に身を置くことが望まれます。

 

3 解説

(1) ジェネラリストとスペシャリスト

 東京にも、企業法務を扱う相当数の弁護士が確保できた現状において、生き残っていくためには、「他の弁護士に比べても、自分はここが優れている」と言える「強み」を持つことは必須です。ただ、その「強み」の源泉を、「難しい法律問題に解決を提示する知的水準の高さ」に求めるのか、「相談者からの信頼に応える人間力」に求めるのかで方向性は分かれます。

 「知的好奇心」をベースに、「司法試験という難しい試験に合格したから弁護士になった」というタイプには、受験勉強から連なる知的パズルの延長線として「得意とする法分野の難問について、最も優れた解決に導くことができる弁護士は自分である」という自負を持ったスペシャリスト型のキャリアが向いています。

 これに対して、「困っている人を助けたい」という「代理人たる弁護士像」に憧れて司法試験を目指したタイプには、「自分を頼りにしてくれるクライアントからの相談であれば、自ら全力を尽くしたい」というジェネラリスト型のキャリアが向いています。

 両者は、完全に峻別できるものではありません。スペシャリストであっても、クライアント先から専門外の相談を受けることもありますし、ジェネラリストでも、クライアントから繰り返し受ける相談から、いくつかの法分野や業界の専門性を磨いていきます。ただ、「自分が得意でない分野の相談を受けた時にどう行動するか?」と言えば、スペシャリストは「自分よりも専門性が高い弁護士がいるならば、そちらが対応するのが望ましい」と考えがちなのに対して、ジェネラリストは「縁あって自分に相談が来た以上は(他の弁護士の手を借りることはあっても)自ら対応してあげたい」と考える傾向があります。

(2) スペシャリストのキャリアモデル

 研究者であれば、その専門性の高さは「知識」によって計られますが、弁護士の専門性は「案件の取扱い経験」によって計られます。どんなに勉強して知識が豊富になっても、案件を扱っていなければ、「スペシャリスト」にはなれません。

 ジュニア・アソシエイトであれば、まずは、所内で「自分にこの分野の案件を回してください!」と手を挙げて、1件目の受任を獲得することが第一歩となります(パートナーも「やる気がなさそうなアソシエイト」をチームに入れることを躊躇しますので、「やる気を示すアソシエイト」のほうがアサインされやすくなります)。また、1件目を受任すれば、2件目も回ってくる可能性が高くなります(パートナーとしても、同種・類似案件を経験したアソシエイトをチームに入れるほうが効率の良い作業を期待できます)。

 そして、次の段階としては、潜在的なクライアントにも、自分が「●●法の専門家である」ということを認知してもらうための広報活動(論文執筆、書籍出版、セミナー開催)が求められます。「●●法についての専門家に相談しなければならない」と考えた場合に、真っ先に自分の名前を思い浮かべてもらうためです。

 スペシャリストの中でも、独禁法や金融規制法のように、対象となる企業が限定されており、クライアントの目が肥えている法分野については、「日本のリーガルマーケットにおける最高水準」までを目指して、最先端の案件や大型案件に関与する必要があります。そのためには、大手法律事務所や知名度の高い専門ブティックに身を置くことが重要です。他方、労働法や倒産法のように(及び独禁法分野でも下請法のように)「対象となる企業の裾野が広く、中小規模の案件が日常的に発生する」という分野であれば、「日本最高水準」とまでは言えなくとも、「所内的に一番得意」とか「中小規模でも多数の案件を扱っている」という立場での専門家キャリアも存在します。

(3) ジェネラリストのキャリアモデル

 企業法務におけるジェネラリストの原型は、月額数十万円の顧問料をベースに、継続的な依頼を受ける顧問弁護士にあります。日々は、契約書のレビューや法律相談を受けながら、会計年度末を越えたら、株主総会の招集通知や想定問答をチェックして、リハーサルや総会当日にも立ち会って、紛争が起きたら、代理人としても活躍する、というモデルです。

 日々の連絡窓口は、法務部の担当者であっても、究極的には、社長を頂点とする執行部の利益を守るために活動していますので、「リスクを指摘して終わり」という評論家ではなく、経営意思決定にも踏み込んだ助言を心がけることになります。クライアントからの信頼の源泉も、「法律的に優れた見解かどうか」というよりも、「先生がそう仰るならば、それに従います」といった人間的な信頼に依拠したものに近付きます。そのため、クライアントの一大事に際して「本件は利益相反があるので受任できません」という対応は、その信頼を損ねることにもなりかねないので、大規模な法律事務所に所属していることが不利に働くこともあります。

 また、クライアントからの相談に対して「その法分野は自分の守備範囲ではありません」と言って、他の専門弁護士に代打させるのは望ましいことではありません(他の弁護士が失敗したら、クライアントの利益を損なうことになりますし、成功しても、代打にスタメンたるポジションを奪われるリスクも生じます)。そのため、補助者又は下請けとしてスペシャリストを活用することはあっても、自ら元請けとしてクライアントに対峙する姿勢が求められます。

 関係構築は、成熟企業であれば、若いうちにクライアント先に出向したり、忘年会や送別会やゴルフ等の季節行事も共にすることで社内の幹部候補生と公私ともに親しくなり、彼・彼女らに社内で出世して行ってもらうのが典型例です。また、最近では、学生時代の友人が起業して、上場前から苦楽を共にすることで、経営陣の信頼を獲得する事例も現れています。

以上

 

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