◇SH4194◇新規分野で企業から信頼されている司法修習60期代のリーガルアドバイザーは誰か? 第3回 染谷隆明弁護士インタビュー 西田章(2022/11/10)

法学教育

新規分野で企業から信頼されている司法修習60期代のリーガルアドバイザーは誰か?
第3回 染谷隆明弁護士インタビュー

池田・染谷法律事務所
弁護士 染 谷 隆 明

聞き手 西 田   章

 

 2022年は、弁護士業界において「ブティック型」という言葉が特に注目を集めた年だった。5つの法律事務所(アジア法務のAsiaWise、独禁法・消費者法の池田・染谷、知的財産法のイノベンティア、ファイナンスのケイネックス、M&A・スタートアップのサウスゲイト)が合同で8月に実施したインターンシップは学生や司法試験受験生から幅広い注目を集めた(その取組みは日本経済新聞にも取り上げられるほどに反響を呼び、インターンシップに参加できなかった方々との間でも情報共有を目指す無料オンラインイベント(「これからの時代に求められる企業法務弁護士のキャリアと働き方」11月11日(金)18時〜)が予定されている。)。

 「ブティック型」というのは、「総合型」に対比する概念である。伝統的には、企業法務系事務所は「クライアント企業との間で顧問契約を締結して、月々の定額顧問料をもらって法務全般についてのアドバイスをすると共に、別途、株主総会の指導や紛争案件の代理もワンストップで対応する」という「総合型」が理想に置かれていた。しかし、業務の種類としても、M&Aやファイナンス等の同種案件の取扱い経験が重視されるトランザクション業務や、不祥事調査のような「既存業務からの中立性」が求められる業務が増えてくると共に、クライアント企業においても、弁護士資格を有する法務部員がジェネラルなコーポレート案件に対応できる体制を整えようとする先も増えてきて、(クライアント企業の法律問題を一手に引き受けることを目指さずに)「特定の法分野における高度の専門性」を追求する「ブティック型」の存在感が増してきている。

 合同インターンシップを主催した法律事務所のひとつ、池田・染谷のネームパートナーである染谷隆明弁護士は、司法修習(63期)で終えてから12年を経た現在、大企業グループを含む多数のクライアントから、消費者法分野での難易度の高い法律問題に解決策を見出すための専門家として信頼を集めている。弁護士の専門化については「所属する法律事務所の先輩弁護士から同一法分野の仕事を繰り返して下請けすることで、当該法分野の専門性を段々に磨いていく」という修行スタイルが一般的と思われていたところ、染谷弁護士は、それとはまったく異なる経歴を辿ることで、現在の専門性を確立されている。今回のインタビューでは、染谷弁護士より、IT企業への転職や消費者庁で任期付任用の公務員として働かれた経緯に遡って、そのキャリアを振り返って語っていただくことができた。以下、その内容をご紹介させていただきたい(取材日:2022年9月26日。場所:池田・染谷法律事務所会議室)。

 

第1部 広告規制対応

消費者庁が、景品表示法に基づいて、企業に対して措置命令を行うと、テレビのニュースや新聞記事で大きく取り上げられるようになりました。今年の6月の「スシロー」の「うに」のおとり広告も叩かれました。「スシロー」の「うに」については、染谷先生自身も、メディアの取材に応じておられましたね。産経新聞(2022年6月9日付)には「客の需要が企業側の予想を上回ったことで広告の商品が提供できなくなる今回のスシローのようなケースが目立つ」という染谷先生のコメントが引用されています。
消費者庁のリリースによれば、スシローの件は、キャンペーンの途中で、商品が足りなくなる可能性があると判断して、途中の数日間休憩した上で復活させよう、ということをやってしまった事例です。消費者庁の主張は「表示した以上は提供しろ」ときわめてシンプルです。確かに、事業者側が、需要予測をきっちりしなければならないのは当たり前なのですが、それでも、どうしても予測が外れてしまうことはあります。SNSでバズって予想を上回る売れ行きになることもあります。その時にどう対処すればいいのか。スシローの件以降、外食チェーン店からは数多くの相談がありました。
キャンペーン中に在庫が足りなくなってしまったら、どう対処すればいいのでしょうか。
色々なやり方があります。まず、在庫がなくなったら、少なくとも、店舗には「もうなくなりました」ということを伝える表示をしてもらうことが必要となりますし、ウェブサイト上に「この店舗にはこの在庫がない」ことを明確に表示してしまうことも方法として考えられます。モバイルオーダーができるサービスであれば、モバイルオーダーでその店舗を指定した場合に「いま、この商品は在庫切れです」という点がきちんと表示させることなどが考えられます。
弁護士のリーガルアドバイスというよりも、コンサルティングのような仕事ですね。
そうですね。モバイルオーダーは、システムの問題なので、そこをしっかり作り込む対応が求められますし、現場の店舗の表示については、スタッフ教育が重要で、商品がなくなった時に、店舗前に「商品がなくなりました」という表示を出すオペレーションを組めるようにしておくことが求められます。
消費者庁は、オペレーションの実現可能性までは十分に考えてくれなさそうですね。
「おとり広告に関する表示」等の運用基準にも、実務的には受け入れることができない規範も含まれています。店舗毎の販売数量を明記するとか、それができなければ、最も販売数量が少ない店舗の販売数量を表示する、とか。そんな中でも、消費者庁側の執行のトレンドを把握しつつ、クライアント企業のオペレーションの具体的な仕組みを教えてもらいながら、「何をどこまで対応すれば、当局に『処分の必要まではない』と理解してもらえそうか」をクライアントと一緒に考えています。
消費者庁の調査においては、事業者側の言い分を聞いてもらえるものなのでしょうか。素人的には、当局は、一方的に証拠を収集するだけで、弁解を聞くつもりがない、というイメージがあるのですが。
消費者庁の職員も適切な執行をしたいと考えてくれていますから、事業者側から、表示を裏付ける根拠を示したり、現在、こういう取組みをしているところなのでその成果が出るのを待ってほしいといった事情を伝えたりすれば、それを聞いてくれるのが通常です。差し支えない範囲であれば、先方の問題意識を一部開示してもらえることもあります。双方向のコミュニケーションを取れるようには意識しています。
「誠実に対応したら、軽い違反くらいは大目に見てもらえる」という期待を抱けるものなのでしょうか。
消費者庁は、公正取引委員会などと同じく、別に、事業者の監督官庁ではないので、事前に相談したからといって、箸の上げ下ろしまで指導してくれるわけではありません。手持ちの証拠を踏まえて処分の要否を検討しますので、違反に目を瞑ってくれることを期待してはいけません。ただ、当局のリソースにも限りがありますから、社会事情に応じて力を入れて取り組む重点分野のトレンドがあります。そこには、その時々の幹部の問題意識が反映されるでしょうから、それを把握できるように常にウォッチしています。
クライアントが消費者庁の調査を受ける際には、染谷先生は立ち会われるのでしょうか。
はい、できる限り立ち会うように心がけています。
当局側は、弁護士の立会いを嫌がらないでしょうか。
そこは、代理人弁護士であれば当然立ち会うことができると考えています。独禁法の扱いでは既に一般化しているので、公取出身者が多い消費者庁でもご理解いただけています。
消費者庁勤務経験がある弁護士が事業者を代理することは、消費者庁側にとっても、意思疎通がしやすいのでしょうね。消費者庁勤務経験がある弁護士としては、染谷先生の他にも、大江橋法律事務所の古川昌平先生や三浦法律事務所の松田知丈先生らがいらっしゃいますが、これだけの専門家がいれば、量的には「もう十分」という感じでしょうか。
古川先生は消費者庁時代の同僚で、松田先生は私の前任者であり、お二人ともよく知っており、優秀な弁護士でそれぞれ大活躍されています。ただ、もっと広告規制を専門とする弁護士は増えるべきだと考えています。
そんなにニーズはあるのでしょうか。
契約書に関しては、そのレビューを担当する弁護士の数は大勢いらっしゃいますし、AIを用いてそれをサポートするサービスを提供するリーガルテック企業も活躍しています。しかし、広告は、紙媒体だけでなく、インターネット上にも溢れており、数だけで言えば、契約書よりもずっと多く、無数に存在しています。
確かに、広告の制作にはコピーライターやコンサルタントが関与することが多いので、これらコンサルタントが、事実上、広告規制についてもアドバイスしてしまっている事例もありそうですね。
実際、「コンサルタントのアドバイスに従って広告していたところ、消費者庁の調査を受けてしまった」というご相談を受けることもあります。これは、きちんと広告を扱える数の専門家を提供できていない弁護士の側の課題でもあると思っています。

第2部 消費者法とIT業界

染谷先生が景品表示法を専門とされているのは、消費者庁で任期付きで勤務されていたご経歴からよく分かるのですが、資金決済法なども専門とされているのですね。資金決済法は、金融庁が所管しているので、ファイナンスロイヤーの縄張りかと思っていました。
消費者法とは消費者が関係する法律全てを指すのであって、消費者庁所管法令だけが消費者法というわけではありません。消費者法は、BtoCビジネス法と言い換えても良いと思います。資金決済法は、資金決済に関するサービスの利用者を保護するための法律なので、消費者保護法の重要な一つだと位置付けています。
景品表示法の立案を担当した経験は、改正を担当した条文に限るものではなく、消費者保護に関する法律全般に対する解釈の専門性を高めることに役立ったのでしょうか。
改正法案を提出するために内閣法制局の審査を受けたのは、法律家としてすごく勉強になりました。日本の法体系に適合するように景品表示法を改正する、という意味でもそうですし、条文を起案するに際しては、法律を丁寧に読んで、条文に用いられている言葉をひとつひとつ厳格に意味を解釈する訓練を積むことができました。
消費者庁では、最初に課長補佐として勤務された消費者制度課・課徴金制度検討室で立案担当をされたのですね。
はい、消費者制度課で景品表示法に課徴金制度を導入する法改正を担当して、異動先の表示対策課で、改正法の施行準備のために施行令や施行規則の立案を担当しました。
法改正は、森まさこ先生が消費者担当の大臣だった頃に実現されたのですね。
森先生は、弁護士としてニューヨークに留学されて、違法収益を剥奪する「ディスゴージメント」の制度を研究されて、その後も金融庁の職員時代にもアメリカとイギリスに調査に行かれていたので、強いリーダーシップを持って、日本において、消費者被害を減らすための制度の実現に熱心に取り組まれていました。
優れた政治家や役人の仕事ぶりを側で見ることができるのも、任期付で公務員になることの特権ですよね。
はい、森大臣を筆頭に、当時、審議官だった菅久修一さん(その後に、公正取引委員会の事務総長を経て、現在は、ベーカー&マッケンジー法律事務所(外国法共同事業)のシニア・コンサルタント)は、政府内の調整で優れた指揮を執ってくださいましたし、当時、参事官だった黒田岳士さん(現在は、消費者庁の次長)も、議員の先生方に景表法改正の必要性を訴えて回ってくださったおかげで、衆議院解散の2日前に法案を成立させてくださいました。
景品表示法改正法が成立した2014年11月は、当時の安倍首相が、消費税10%への引上げの延期を表明して衆議院を解散させた時期ですね。解散風が吹くと、国会議員は地元に戻って選挙活動をしたくなってしまう傾向がありますよね(笑)。
2014年の臨時国会では、女性活躍推進法案のような重要法案ですら成立に至らなかったところ、消費者庁の幹部のみなさんが、「景品表示法の改正は、国民のための法改正である」ということを説明してくださった熱意が国会議員の先生方にも通じたのだと思います。
課長補佐だった染谷先生もレクをご担当されたのですか。
当時の消費者庁は人が足りなかったので、課長補佐の自分でも、国会議員の先生方、大臣、副大臣、政務官、消費者庁長官等への説明に駆り出されていました。
法律事務所で弁護士として、法律の専門家だけを相手として働くのとは違う能力が求められそうですね。
その通りです。図らずも「法律の専門家でない方にも、いかにわかりやすく説明するか」という訓練を実地で受けることができました。それは、現在の弁護士業務におけるクライアントとのコミュニケーションにも活かされていると思います。
染谷先生は、消費者法と共に、IT業界に関連する法律もご専門とされていますよね。昨年(2021年)は、「取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律案」に関して、参議院の委員会にも参考人として呼ばれていました。
消費者問題に詳しいとして著名な、日本共産党の大門みきし先生が、消費者委員会の事務局の人事や、同時に審議されていた特定商取引法の書面交付の電子化に関する批判をなされていた頃だったので、参考人の私に対しても、それらに関連するご質問をいただきました。法律論では回答しづらい質問ではありましたが、良い経験をさせていただきました。
IT分野の知見は、カカクコム時代に培われたものなのでしょうか。
私が入社した頃のカカクコムは、丁度、「価格コム、食べログに続く第三の柱を作ろう」とかけ声の下に、新規事業の創出に熱心な時期でした。私は、自分の座席もないのに、新規事業準備室に入り浸って、勝手に新規事業のサポートをやっていました(笑)。おかげで、新規事業支援の経験が蓄積できました。
マネーフォワードに出向されたこともあるのですね。これはフルタイムですか。
マネーフォワードには、週に数日だけ出社していました。自分用のセキュリティカードを作っていただくためには、顧問契約よりも、雇用契約に基づく従業員として働く方が手続的にスムースでした。
マネーフォワードの勤務経験もあって、染谷先生はフィンテック分野もご専門とされているのですね。
平成29年(2017年)に銀行法の改正が成立しました。それまで、家計簿アプリ等を提供するフィンテック企業は、顧客から、金融機関のパスワードを預かって顧客に代わって金融機関にアクセスする、いわゆるスクレイピング方式を採用していたのですが、これには「有象無象のフィンテック企業にパスワードを預けていいのか?」とか、金融機関側からしても「フィンテック企業が顧客に成り代わってしてくるのは不正アクセスではないか?」といった問題が指摘されていました。そこで、フィンテック企業と金融機関の間でAPI契約を締結して安全にシステムを接続する仕組みを作るために銀行法が改正されました。この法改正への対応もマネーフォワードでの業務のひとつでした。
消費者庁での「官」側でのルールメイキングの経験だけでなく、民間事業者側からも法改正対応をされていたのですね。
マネーフォーワードには、瀧俊雄さんというフィンテック分野のパブリックアフェアーズで著名な方がいらっしゃるのですが、その瀧さんの考え方を聞きながら仕事をすることができたので、とても良い経験になりました。
国内の電子商取引のプラットフォーマーの2社からも、染谷先生にお世話になっていると聞きました。
例えば、モール型のECサイトでは、様々な商品が取引されていますので、表示との関係でも色々な論点が出てくるので、それをどこまで突き詰めて検討するかは悩ましいところです。
例えば、どういう問題があるのでしょうか。
例えば、「体温計」は、薬機法上の「医療機器」ですが、消費者がECサイトで検索すると、非接触式の「温度計」も検索結果に含まれて表示されることがあります。この場合に、「体温計」の検索結果において、医療機器でない「温度計」をあたかも医療機器として表示し薬機法上の問題はないか。表示の主体は出店者なのか、モール事業者なのか、なども論点となります。
なるほど、表示の問題は奥深いですね。現在の業務でも、クライアントは、IT業界がメインなのでしょうか。
確かにIT業界のお客様は多いですが、食品メーカーもあれば、電機メーカーもあれば、ほぼすべての業界の方々がいらっしゃると思います。
当局対応のコンサルティング的な業務で忙しくされているので、裁判所に行かれることはないですよね。
裁判所にも行っていますよ。例えば、通信サービスの通信障害があった場合に、消費者がサービスを利用できなかったことを理由とする損害賠償を請求してきた事件の被告企業側の代理人とか、オンラインゲームのガチャの表示に問題があるとして利用者から訴えられた訴訟での被告企業側の代理人を担当しています。
一件一件の訴額は小さくとも、万が一、企業側の損害賠償責任が認められてしまうようなことがあれば、背後に同様の利害を有する多数の消費者が控えていそうな案件ですね。
その通りです。ですから、安易な和解もできませんし、企業側の主張を裁判所に理解してもらえるように最大限の主張・立証を尽くしています。
訴訟代理人業務はチームで対応されているのでしょうか。
以前は、ひとりで代理していたのですが、さすがに手が回らなくなって、現在は、アソシエイトを入れて一緒にやっています。
でも、コンサルティング的業務と、訴訟代理人業務は、スピード感が異なるので、並行して両方の種類の案件を担当するのは大変じゃないですか。
そうですね、コンサルティング業務では「速攻で回答を返す」のに対して、訴訟代理人業務は熟考して起案しなければならないので、時間管理は大変ですね。
訴訟はやらない、という仕事スタイルにはならないのでしょうか。
私は、もともとが街弁として、「金返せ」とか「離婚せよ」とか「保証債務を履行せよ」とか「建物を収去して土地を明け渡せ」みたいな訴訟をやっていたので、訴訟自体が結構好きなんです。

第3部 キャリア

広告に関する最先端の専門性を備えつつ、これだけ幅広い業務範囲をカバーする染谷先生のキャリアがどのように形成されてきたのか、とても興味があります。今のお話だと、新卒で入所された今村記念法律事務所は、一般民事も扱われている事務所だったのですね。
そうですね。ロースクール時代の教授から「一緒にやろう」とお誘いをいただけたのがきっかけでした。街弁として幅広い仕事をさせていただきました。
当初から、企業法務とかインハウスの仕事に興味があったわけではないのですか。
会社員として法務を担当することへの興味は、実は、学生時代に芽生えたものです。司法試験の選択科目が倒産法だった私は、法律雑誌で破産法改正についての座談会を読んだことがありました。その座談会には、伊藤眞教授とか松下淳一教授といった法学者と共に、実務界から、三井住友銀行で当時、法務部長を務められていた三上徹さんが参加されていました。一流の法学者に臆することなく、実務ではこういうことが問題になっている、と主張されている姿を見て、「会社の中に入り込んで法務を担当するのも面白そう」と感じました。
それで、街弁的な業務を一通り終えたところで、当初からの関心であるインハウスに転身されたのですね。転職先としてカカクコムを選ばれた理由は何だったのでしょうか。
当時、私は独身で、神保町・九段下エリアに住んでおり、神楽坂も近いので、毎日、外食ばかりしていました。その時に使っていたアプリが「食べログ」でした。
消費者の一人として「食べログ」を愛用されていたのですね。
そうです。最初の法律事務所での仕事が落ち着いた頃(2012年)、「食べログ」で、やらせ投稿がなされている、という「ステマ」が問題となって炎上し、株価も下落しました。そのニュースを見て、「会社の中で法務の仕事をしてみたい」という夢を思い出しました。
そこで社内弁護士の中途採用も行われたのですね。
はい、カカクコムが弁護士資格者を募集していました。もっとも、ステマっぽい口コミを点数に反映させない仕組みは、アルゴリズムの問題であり、弁護士のみが対策できる問題ではないのですが(笑)、自分がすごく好きなサービスだったし、ITをやってみたかったのでカカクコムに入社しました。
そこで、先ほどもお話にあったとおり、新規事業等を担当されたのですね。
カカクコムは、とても自由な会社だったので、新規事業だけでなく、「食べログ」も、予防法務も、戦略的なことも、M&Aも、様々な案件を担当させていただきました。
カカクコムでは、外部法律事務所に依頼するクライアント側の立場にいたわけですね。
はい、カカクコムで「外部弁護士を見る目」が養われた気がします。
カカクコムでは、複数の外部弁護士を、案件毎に使い分けていたのですね。
会社としても法務にしっかり予算を割いてくれていたので、ほとんどリーガルフィーを気にすることなく、様々な一流の弁護士のアドバイスを利用することができました。
お手本にしたいと思えるような弁護士には出会いましたか。
私がカカクコム時代に最も信頼していた外部弁護士をひとりだけ挙げるとすれば、もうお亡くなりになってしまったのですが、潮見坂綜合法律事務所の田淵智久弁護士ですね。私にとってのロールモデルとなっている先生です。
まだ50歳代だったと思いますが、2016年3月1日に急逝されてしまいました。
パートナーでお忙しいはずなのに、クライアントである私からの質問に対して、毎回即座に、要点だけをパッと回答してくださいました。
メールですか。電話ですか。
私が田淵先生にメールをすると、すぐに電話が来て、その電話で相談を解決していく、という感じでした。天性的に勘が鋭くて、「お客さんが何を欲しているか?」を瞬時に察知する能力がとても高く、「それが欲しかった!」というコメントをスパッと提供してくださいました。
田淵先生も素晴らしいですが、田淵先生の口頭でのコメントを受け取った染谷先生が、自分で理解して社内を説得してくれる、という前提があったから即時の解決につながっていたような気もします。
そう言われてみると、カカクコムでは、平社員だったにも関わらず、「好きに仕事していいよ」と言ってもらえて、当時の上司に自由に仕事ができるだけの権限を与えてもらえていました。これはとてもありがたかったですね。
カカクコムでの仕事には満足されていたのですね。それでは、消費者庁に行かれるきっかけは何だったのでしょうか。
IT業界は、ビジネスが先行して、ルールが追い付いていないので、ルール作りに携わりたいと思ったのが最大の理由です。自分がいる業界、自分がいる会社が仕事をしやすい環境を、ステークホルダーの納得も得ながら作っていく、ということをしてみたいと思いました。
2014年当時にルールメイキングの重要性を既に感じておられたのですね。何かその思いを顕在化させるような出来事があったのでしょうか。
ひとつ挙げるとしたら、平成25年(2013年)1月にケンコーコムが医薬品ネット販売の訴訟で最高裁で国に勝った事件ですね。
当時、ケンコーコムの代理人弁護士である阿部泰隆先生が、同社の社長だった後藤玄利さんと共に記者会見を開いていましたね。しかし、ならば、弁護士として行政訴訟に興味を抱いても良い場面かと思いますが。
最高裁で訴訟には国に勝ったのですが、「果たしてビジネスの勝負ではこれがベストではなかったのではないか」という疑問が湧きました。カカクコムの「価格.com」では、新しい商品が世の中に出てくる都度、比較コンテンツを立ち上げていたので、医薬品比較コンテンツ創設を私がアサインされました。そこで、業界研究をしていると、医薬品のネット販売が認められたことで、競合者が急増したことが明らかでした。
最高裁で勝っても、ケンコーコムが従前に築いていたビジネス上の優位性を取り戻すことはできなかったですね。その後、ケンコーコムは楽天の完全子会社になりましたが、楽天によるTOB(2015年11月)に際して、私は特別委員会の委員長を務めて、賛同意見を答申したことを思い出しました。
「たられば」の話になりますが、「どうすれば、ケンコーコムは、医薬品ネット販売の優位性を維持することができたのだろうか?」と考えた時に、「厚生労働省令で一律に郵便等販売を禁止するルールを作られてしまう前に対処すべきだったのではないか?」「厚生労働省側の主張にも耳を傾けて、薬剤師等を取り組んだ仕組み作りを模索すべきだったのではないか?」という問題意識が芽生えました。
それが、先ほどコメントされていた「自分がいる会社が仕事をしやすい環境を、ステークホルダーの納得も得ながら作っていく」という話につながるのですね。
そうです。契約書を書いたり、訴訟で争ったりするのは弁護士の仕事ですが、それだけでなく、ビジネスの環境作りに弁護士が携わるのも良いのではないかと思いました。丁度、その頃、矢野敏樹弁護士(現在は、アマゾンウェブサービスジャパン合同会社)とお会いして、グーグルの公共政策部門に入ろうと思う、という話をお伺いしたところだったので、「自分もルールメイキングの仕事に携わりたい」と思いました。
民間企業のパブリック・アフェアーズ部門ではなく、直接的に、中央官庁に勤務する公務員を選ばれたのですね。
その時に思い浮かんだキャリアモデルが、検事の立場で、会社法の立案担当を務められたことで著名な葉玉匡美弁護士(現在は、TMI総合法律事務所)でした。立案担当者は、民間の事業者団体等からロビイーングを受ける立場になるでしょうし、霞ヶ関内での法案作成における行政力学が学ぶこともできならば、面白そうだと思いました。
任期付任用の公務員のポジションの中でも、景品表示法改正の立案担当を選ばれたのは、特に理由はあるのでしょうか。
カカクコムにおいても表示規制を担当しており、景品表示法には馴染みがあったところ、偶々、景品表示法改正の立案担当者が募集されているのを見付けたので、迷わずに応募した、という経緯です。
消費者庁に行かれる時から、「任期が明けたら、景品表示法を専門とする弁護士として食っていこう」という意気込みがあったのでしょうか。
いえ、当時は、表示規制に関するマーケットがこれほどに広がるとは思ってもいませんでした。カカクコムに勤務していたので、自分の専門は「IT」だと思っていました。
景品表示法に関するリーガルアドバイスのニーズは、染谷先生が担当された課徴金の導入によって広まったのですね。
色々な出来事が重なった結果だと思います。課徴金制度が導入されたこともありますが、スマホが普及して、情報拡散力が飛躍的に上がったので、消費者の声が大きくなったことも影響がありそうです。
消費者庁での勤務については、既にお伺いしたところではありますが、消費者庁での任期が明けた時点で、カカクコムに戻ることは考えなかったのでしょうか。
実は、カカクコムにも戻ることを考えていました。ただ、消費者庁で色々な業界の広告を見ることができたので、任期明けには、IT企業だけでなく、法律事務所で、様々な業種のクライアントの仕事をしてみたいと考えました。そこで、弁護士登録先をのぞみ法律事務所に置きながら、カカクコムのインハウスも兼務したいと考えていました。
結果的にはその兼業は実現しなかったのですか。
任期が明ける直前まで兼務させてもらうつもりだったのですが、ギリギリになって、カカクコムの経営陣から「染谷くん、法律事務所に籍を置くんだよね?染谷くんのことは信頼しているけど、うちも多数の法律事務所との付き合いがあるから、法律事務所と兼務する形での復帰はちょっと」という指摘がありました。それで、カカクコムへの復職は諦めて、のぞみ総合に専従する形で移籍することになりました。
のぞみ総合法律事務所にも、中央省庁での勤務経験がある弁護士が多数いらっしゃいますよね。
はい、そういう意味では、消費者庁での私の勤務経験に親和性はあったのですが、当時の私は、カカクコムとの兼務を期待していたように、ITをもっと究めたいという思いがありました。
それで、内田・鮫島法律事務所に移籍されたのですね。前回のインタビューでは、内田・鮫島にいらっしゃった伊藤雅浩先生にお話をお伺いしました。
私が、内田・鮫島法律事務所に移籍したのも、伊藤さんがきっかけでした。私の従兄弟がアクセンチュアに勤めていて、伊藤さんと知り合いだったので、弁護士になる前から親しくしていただいていました。IT業界は狭くて、カカクコム時代には、伊藤さんが相手方代理人を務められていたこともありました。
内田・鮫島法律事務所は、伊藤先生がパートナーになられたタイミングで、弁護士法人化されていますね。
伊藤さんが、内田・鮫島のITチームのヘッドを務めていましたから、伊藤さんと一緒にITをやれたらいいな、と惹かれました。それで、のぞみ総合法律事務所には迷惑をかけて申し訳なかったのですが、「すいません、俺、やっぱり、ITメインでやっていきたいです」とお詫びして、伊藤さんのチームに移ることを許してもらいました。
でも、その伊藤先生が、その後、独立されてしまうんですよね。
そうなんですよ。内田・鮫島では、ITの仕事がいっぱいできて楽しかったのですが、移籍してしばらくしたら、伊藤さんから「俺、独立するわ」と言われてしまいました(笑)。
伊藤先生と一緒にシティライツ法律事務所に行くプランはなかったのでしょうか。
伊藤さんに連れていってもらったとしても、面白い仕事ができたんだろうなぁと思います。ただ、内田・鮫島では、単なる事後的な紛争解決だけでなく、クライアント企業に対して、知財戦略のコンサルもサービスとして提供していました。クライアントが抱いている構想を伺って、いつ、どのような範囲で特許をしていくのかを議論していく、という分野も勉強してみたいと思い、内田・鮫島に留まりました。
染谷先生は、内田・鮫島に居ながらも、特許というより、消費者法の専門家として、どんどんと有名になって行ってしまいましたね。
もっと知財戦略に力を入れようとしていたところ、NBL等に掲載していただいた論文をクライアント企業にも読んでもらうことができて、表示関係を中心に個人で受任する事件が次第に急に増えてきてしまいました。
アソシエイトの立場で、事務所事件をまったくやらない、というわけにもいかないですよね。
そのとおりです。ある意味健全な(?)独立経緯となりますが、私個人のお客様が爆発的に増えてたため、そうであれば、独立して消費者法とIT分野に注力しようと思うに至りました。たまたま、自宅の近くにwe workのオフィスができると聞いたので、「we workでひとり事務所をやろう」と思いました。
ひとり事務所の予定が、池田・染谷法律事務所に変更されたのですね。
ひとりで独立しようと思っていた時期に、公正取引協会のジョイントセミナーで、池田と一緒に登壇する機会がありました。その打上げで、池田から「染谷くん、最近、どうなの?」と尋ねられた際に、「俺、独立します」と答えたところ、「だったら、一緒にやらない?」と誘ってもらいました。
ひとりで事務所をするよりも、池田先生と一緒にやった方がシナジーがある、と思われたのですね。
丁度、景品表示法関係では、個人受任で、大規模なキャンペーン案件の相談を受けたりしていたのですが、正直、ひとりで抱えきれないくらいプレッシャーが大きくて、相談相手が欲しい、と思っていたんですよね。池田が一緒に居てくれたら議論の相手として申し分ないので、「一緒にやってみよう」と決意しました。やってみたら、予想していた以上にフィットして、今に至る、という感じです。

第4部 アソシエイトの採用と教育

池田・染谷は順調に発展を遂げられていますよね。営業面はとても順調そうですが、お忙しいのにセミナーにも登壇されているのですか。
セミナーは、今でも、週に1回程度は行っていますね。
クライアント企業からの依頼が多いのでしょうか。
はい。商事法務を含めてセミナーを主催される会社のものもありますが、クライアント企業から「事業部の意識をもっと高めたいので社内セミナーに来てもらいたい」と依頼されることもあります。でも、セミナー依頼を受けるだけでなく、自分たちでテーマを設定してセミナーを企画していく余裕も持ちたいと思っています。
法務部だけでなく、事業部を対象にセミナーをされることもあるのですか。
はい、広告とかキャンペーンにおいては、「いかに集客するか?」との両立を考えなければならないため、現場の方に来ていただいた方が盛り上がりますね。
一方的に教えるだけでなく、双方向での議論になれば、染谷先生としても、現場の問題意識を理解できそうですね。
そうですね。現場の方は事業に通じているので、立法趣旨まで遡って制度をご説明すると「あ、そういう趣旨で規制がなされているならば、こういう風にすれば、規制を受けずに済むんじゃないですか?」といったアイディアがぽんぽんと出てくることもあります。
事業部の方々とのコミュニケーション力が高いのは、カカクコム時代のご経験が生きているのでしょうね。それでは、最後にアソシエイトの採用基準についてお伺いさせてください。採用では、学歴とか司法試験の成績を重視されますか。
成績は重視しないですね。民法などの基本的知識は身に付けていていただきたいですが、成績でそれを測ろうとは思いません。
一般論で言えば、応募者が多数いたら、面接する人数を絞るために、成績で足切りすることはよく行われていると思いますが。
現状ではまだ新卒採用をしておらず、中途での採用ばかりなので、成績で足切りする必要は感じていません。
そうだとすれば、何を見て採用したい人材かどうかを見極めているのでしょうか。
うーん、一言で表現すれば、「熱意」ですかね。清水陽平弁護士が原作をされている漫画のタイトルに「しょせん他人事ですから〜とある弁護士の本音の仕事〜」というのがあり、それはその通りではあるのですが、「熱意」がないと、「面白い」と思って仕事に取り組めないんじゃないですかね。
確かに、それは、「成績が良い=事務処理能力が高い」というのとは、ちょっと違う基準かもしれませんね。
大手の法律事務所のアソシエイトからも、中途採用に応募して来てくださる方がいてありがたいのですが、そういう方が「独禁法」と聞いてイメージされる典型例が企業結合の届出業務における「作業」なんですよね。そこには「熱意」を持つのは難しい印象があります。
池田・染谷に来る独禁法関連の相談は、違反事件ですか。
企業結合もやっていますが、我々が、特に得意としているのは、カルテルや単独行為ですね。公取委との知恵比べをするような仕事を「面白い」と思ってくれるような弁護士に参加してもらいたいですね。
池田・染谷は、クライアントも大企業が多いので、質問も高度なものばかりを受けているイメージがあります。
ご指摘のとおり、答えが教科書に載っているような質問を受けることはありませんね(笑)。お客さんも、一通りの過去の違反事例や判例を理解した上で相談してくる。既に他の法律事務所から意見をもらっている中で、セカンドオピニオンを求められることも多いです。
実務の最前線の問題意識に基づく相談が池田・染谷に集まっているのかもしれませんね。
幸いなことに、ブティック事務所を営んでいて、業界を超えた知見を貯めることに成功できています。引き出しが多くなっているので、お客さんから「そんな手があるんですか!」と驚いてもらえることもあります。
そういう相談に対応するためには、「熱意」が大事になりそうですね。
はい、「熱意」が問題を解決する「代替案」を見付けるための源泉になると思っています。「どうすれば、この案件を通すことができるか?」を思考し続けることが求められてくるので。
しかし、クライアントの法的レベルが高いと、それはそれでアソシエイトには大変ですね。
お客さんの窓口が、インハウスの弁護士であることも多いですから、経験が乏しいジュニア・アソシエイトにとっては「お客さんのほうが詳しい」ということもありますね。そのため、アソシエイトには、検討の道筋を示して、こういう方向でリサーチして検討もらいたい、という指導をすることもあります。
アソシエイトに丸投げはしないのですね。
ケースバイケースですが、「本人にとって少し難しい」か否か意識して仕事をお願いすることが多いですね。最初から検討の方針を示してお願いすることもあれば、「とりあえず検討してみて」と振りつつ「悩みがあったら、いつでも言って」と付言することもあります。
アソシエイトの教育は、どの法律事務所にとっても「永遠の課題」ですよね。本日はどうもありがとうございました。

<おわり>

 


過去のインタビューはこちらから

 

(そめや・たかあき)

2010年弁護士登録。2012〜2014年株式会社カカクコム法務部にてIT関連法実務に従事する。2014年~2016年消費者庁表示対策課に勤務し、景品表示法に課徴金制度を導入する改正法の立案を行う。2018年10月に景品表示法を中心に取り扱う池田・染谷法律事務所を設立。
消費者庁当局の経験を活かした広告規制を遵守しつつ、利益を最大化する広告戦略やユーザの囲い込みを有効に行うポイント・キャンペーン戦略などのマーケティング助言の他、消費者庁調査対応等の危機管理を最も得意とする。また、大手IT企業への出向経験を活かし、IT分野におけるスタートアップ、IPO、上場後の各フェーズにおける豊富な法務戦略の助言を日常的に行い、新規ビジネスと法規制が交錯する分野の豊富な経験も有する。

 

(にしだ・あきら)

✉ akira@nishida.me

1972年東京生まれ。1991年東京都立西高等学校卒業・早稲田大学法学部入学、1994年司法試験合格、1995年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程(研究者養成コース)入学、1997年同修士課程修了・司法研修所入所(第51期)。
1999年長島・大野法律事務所(現在の長島・大野・常松法律事務所)入所、2002年経済産業省(経済産業政策局産業組織課 課長補佐)へ出向、2004年日本銀行(金融市場局・決済機構局 法務主幹)へ出向。
2006年長島・大野・常松法律事務所を退所し、西田法律事務所を設立、2007年有料職業紹介事業の許可を受け、西田法務研究所を設立。現在西田法律事務所・西田法務研究所代表。
著書:『新・弁護士の就職と転職――キャリアガイダンス72講』(商事法務、2020)、『弁護士の就職と転職』(商事法務、2007)

タイトルとURLをコピーしました