◇SH2405◇租税における公平の実現(1) 饗庭靖之(2019/03/15)

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租税における公平の実現

第1回

首都大学東京法科大学院教授・弁護士

饗 庭 靖 之

 

はじめに

 租税における公平を実現することは、自由で競争的な社会の形成維持のために、社会経済活動を行う基盤となるルールの公正として、必須のものであり、税制の公平についての検討が続けられ、より公平な税制を目指すことが必要と考えられ、この観点から、本稿も税制における租税の公平の実現について検討する。

 本稿では、租税公平主義の観点から、金融所得についての分離課税の是非、インターネットを通じて国境を越えて行われる取引への課税の公平性、また国際課税についての問題点を検討し、最後に地方税における法人住民税と法人事業税の問題を論じる。

 

第1 租税における公平の内容

1 租税公平主義の内容

 租税公平主義は、税負担は国民の間に担税力に即して公平に配分されなければならず、各種の租税法律関係において国民は平等に取り扱わなければならない原則である。

 租税の根拠につき、18、9世紀は「税負担は国家から受ける保護や利益に比例して配分されるべき」とする利益説が主張された。しかし、20世紀に入ると、租税の根拠につき利益説からはなれ、租税を負担することは国民の当然の義務であり、税負担は各人の担税力に応じて配分されるべきである、という考え方が支配的となり、広く受け入れられている。

 この考え方に基づき、租税公平主義は、税につき、担税力に即した課税と租税の公平ないし中立性を要請するものとして理解されている。

 租税公平主義が担税力に応じた課税を要請する主義であるとしたときの「担税力」の内容が重要であるが、「担税力」は、「ability to pay」の訳語であり、租税を経済的に負担する能力を指す。

 リチャード・グードは、担税力というのは、「国の手にうつすことのできる資源を所有すること」、あるいは、「支払う者が不当な苦しみを受けることなく、または、社会的に重要な目的を著しく妨げられることなく、租税を支払いうる能力」として定義する。[1]

 そして、金子宏教授は、「何人も自己および家族の生存を維持する必要があるから、所得が最低限度の生活水準(minimum standard of living)を維持するのに必要な金額に達するまでは、それは担税力をもたないと考えられる。」とする[2]。このことからは、所得が最低限度の生活水準を維持するのに必要な金額を超えた部分の所得額は、担税力をもつこととなり、個人の場合は、税金を支払っても生きていけるときに担税力があり、法人の場合は、税金を支払ってもつぶれずに事業を継続していくことができるときに担税力があることとなる。

 したがって、個人に対する所得税は、これを払っても生存に困難を生じないように基礎的控除制度をもって、生存に必要な部分を税金で取り上げるのを禁じ、控除対象以上の所得に対する課税を認めている。

 そして、法人に対する所得についての課税である法人税は、収入から費用を差し引いた所得の範囲で課税することだから、法人の債務額と税金支払額の合計が収入を超過して債務超過になることはない。このため、法人税の支払いは事業の継続を妨げることがないので、法人税は法人の担税力の範囲内で課税することが可能な仕組みとなっている。

 これに対してカルテルに対する欧米の独占禁止法の課徴金の場合は、欧米では、売上高に対する一定の定められた割合を乗じた額で課している。カルテルは、違法な価格維持であるから、違法な価格維持によって結果実現されたのは、売上高が作為的に作られた金額であるから、これを課徴金の指標にしているものであるが、売上高という法人の収入を課徴金の基準とすると、課徴金を納付することによって法人が債務超過になることも生じ得る。税金においても、売上高を指標として課税することが考えられるが、この場合、法人が納税することによって、債務超過に陥ることにならないという保証がなくなってしまうので、納税を法人の担税力の範囲にとどめるためには、租税負担により法人が債務超過に陥ることを防ぐ工夫の必要がある。

 

2 垂直的公平と水平的公平

 租税の公平の意味には、垂直的公平と水平的公平の2つがある。

  1. ⑴  垂直的公平とは、「異なって状況にある者は、実質的に公平が確保されるように、異なって課税されなければならない」ということであり、具体的内容として、「所得税は、基礎控除等の人的控除および累進税率と結びつくことによって、担税力に即した公平な税負担の配分を可能にする。」とされる。[3]
  2.    垂直的公平は、担税力に応じて各人の痛みを均等にするということを内容としている。憲法14条の平等規定は、各人の自由や権利が均等に保障されることを内容としており、各人の痛みを均等にするということも、憲法14条の平等規定の保障の範囲と考えられ、担税力に応じた課税ということによる垂直的公平も、憲法14条の保障の範囲と考えられる。
  3.    垂直的公平の観点からは、累進的な所得課税の公平性が問題とされうるが、憲法25条が目指す社会国家の実現のために、富の再分配が不可欠であるから、累進的な所得課税を行うことが、垂直的公平を実現するために必要とされる。
  4.    法人の場合には、累進税率が使われずに、なぜ比例税率が使われているのかについては、「法人所得税は、わが国では、他の多くの国の例にならい、比例税率で課されているが、その理由は、一つには法人税が個人所得税の前取りと考えられていること、一つには累進税率によって法人から投資に向けられるべき収益を多く奪いすぎることは好ましくない、という考慮にあるものと思われる。[4]」との見解が示されている。また、「かつて米国では、法人に累進課税が行われていたが、低い税率を求めて法人を細分化することがよく行われたため、強制的連結申告制度が設けられた。」との指摘もある[5]
  5. ⑵  これに対し、水平的公平は、「同様な状況にある者は、同様に課税されなければならない」という原則である[6]。水平的公平は、各人の担税力が同じときは同様の課税内容とすることである。
  6.    異なる源泉から生ずる同額の所得は、源泉の如何に拘らず同一の担税力をもつというのが所得税の理論において広く承認されており、所得をその源泉の如何によって差別し課税上異なる取扱いをすることは許されない。[7][8]
  7.    それは他の人よりも強く痛みを加えられることはないという各人の自由や権利が均等に保障されることを内容としている。憲法14条は、特定の者を不利益に扱うことを禁ずるのみならず、特定の者に合理的理由なしに特別の利益を与えることも禁止すると解されているが、平等原則が、国民の義務にも適用があるかが問題となるが、権利と義務は裏返しであるので、納税の義務についても平等原則が及ぶと考えられる。したがって、憲法14条は、国民に、その能力に応じ、等しく納税の義務を負うことを要請すると考えられる。
  8.    各人の担税力が同じときは同様の課税内容とすることに違反することは、水平的公平に違反し、憲法14条に違反することとなろう。
  9.    水平的公平からは、所得税で、長期譲渡所得は2分の1が課税対象とされていることが問題となりうる。長期譲渡所得は2分の1が課税の対象となるのは、所得が単年度で形成されたものではないから累進税率をそのままあてはめるのが不当であるからであって、「担税力は、必要生活費と所得の金額の相対関係から決まってくる」ことを否定するものではない。


[1] 水野忠恒『大系租税法〔第2版〕』(中央経済社、2018)13頁

[2] 金子宏『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣、2010)30頁

[3] 水野忠恒『租税法〔第5版〕』(有斐閣、2011)12頁

[4] 金子・前掲注[2] 32頁

[5] 岡村忠生『法人税法講義〔第3版〕』(成文堂、2007)8頁

[6] 水野・前掲注[1] 13頁

[7] 金子・前掲注[2] 31頁

[8] 水野・前掲注[1] 13頁

 

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