◇SH4301◇最三小決 令和4年8月16日 債権差押命令申立て却下決定に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件(渡𫟪惠理子裁判長)

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 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律98条の定める作業報奨金の支給を受ける権利に対する強制執行の可否

 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律98条の定める作業報奨金の支給を受ける権利に対して強制執行をすることはできない。

 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律98条、民事執行法143条

令和4年(許)第6号 最高裁判所令和4年8月16日第三小法廷決定 債権差押命令申立て却下決定に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件(民集76巻6号登載予定) 抗告棄却(確定)
原 審:令和3年(ラ)第145号 広島高裁令和3年11月24日決定
第1審:令和3年(ル)第116号 山口地裁岩国支部令和3年9月30日決定

1 事案の概要

 本件は、X(第1審債権者、原審抗告人)が、Y(第1審債務者、原審相手方)に対する金銭債権を表示した債務名義による強制執行として、受刑者であるYが第三債務者である国に対して有する、刑務所に服役後出所するに至るまでに行った作業に対する作業報奨金支払請求権(2300万円余に満つるまで)につき、債権差押命令を申し立てた事案であり、受刑者の作業報奨金の支給を受ける権利に対する強制執行の可否が問題となった。

 

2 原決定

 原審は、①受刑者の作業報奨金請求権は、釈放時に初めて発生する権利であり、釈放前の受刑者は、釈放の際に作業報奨金の支給を受けることができるという期待権を有するにすぎず、作業報奨金請求権という債権を有してはいないから、Xが求める作業報奨金請求権は差押えの対象とはならない、②受刑者の釈放後の当座の生活資金を確保し、所持金がないために再犯に及ぶ事態を防止するといった作業報奨金制度の趣旨・目的に照らしても、上記の結論が相当である、③Xは、医師の健康保険組合からの報酬と同様に、作業報奨金についても将来発生する債権として差し押さえることは妨げられないと主張するが、作業報奨金は、発生するか否かを事前に予測することができず、債権発生の確実性を欠くというべきであるから、Xの指摘する将来債権と同列に論ずることはできない、④作業報奨金について差押えを禁止する規定がないのは、作業報奨金請求権の発生時期とその支給時期が一致し、同請求権の差押えを観念する余地がないからであり、差押禁止規定がないことをもって差押えが可能であると解することもできないなどと判断し、本件申立てを却下すべきものとした(第1審同旨)。これに対し、Xが抗告許可の申立てをし、原審が抗告を許可した。

 

3 本決定

 本決定は、作業を行った受刑者以外の者が作業報奨金を受領したのでは、作業報奨金の支給について定める刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収容施設法」という。)98条の目的を達することができないことが明らかであり、同条の定める作業報奨金の支給を受ける権利は、その性質上、他に譲渡することが許されず、強制執行の対象にもならないと解するのが相当であって、上記権利に対して強制執行をすることはできないとして、Xの抗告を棄却した。

 

4 説 明

(1) 明治13年に制定された旧刑法は、受刑者の作業報酬について、「定役ニ服スル囚人ノ工銭ハ監獄ノ規則ニ従ヒ其幾分ヲ獄舎ノ費用ニ供シ其幾分ヲ囚人ニ給与ス」(25条本文)と定めていた。就業者の作業収入については、歴史的に、①その全部を国庫に帰属させる国庫帰属主義、②国庫と就業者に分属させる二分主義、③就業者、釈放者保護事業及び監獄職員に分属させる三分主義等の立法例があったとされるところ、旧刑法は、このうち②の二分主義を採っていたことになる(小河滋次郎『監獄法講義』(厳松堂書店、1912)299頁、小野清一郎=朝倉京一『ポケット註釈全書 改訂 監獄法』(有斐閣、1970)225頁)。

(2) ア 明治40年から明治41年にかけて、現行刑法(明治40年法律第45号)及び監獄法(明治41年法律第28号)が制定され、同時に施行された。現行刑法には、工銭の給与に関する旧刑法の規定(25条)のような定めは置かれず、作業報酬については、専ら監獄法が規定するところとなった。

 監獄法は、作業収入を国庫と就業者に分属させるというそれまでの規律(二分主義)を改め、「作業ノ収入ハ総テ国庫ノ所得トス」(27条1項)として国庫帰属主義を採用した上で、「在監者ニシテ作業ニ就クモノニハ命令ノ定ムル所ニ依リ作業賞与金ヲ給スルコトヲ得」(同条2項)と規定した。これにより、在監者の作業報酬は、作業収入の一部を分属させるものとしていた旧刑法下とは異なり、専ら行政の裁量によって国庫から支給される恩恵的なものと位置付けられることになった。また、作業賞与金について、監獄法には、行状、作業の成績等を斟酌してその額を定める旨の規定(同条3項)が置かれたのみであり、作業賞与金の支給の条件、金額等については全て省令(監獄法施行規則(明治41年司法省令第18号))に委ねられることになった。

 そして、監獄法施行規則によれば、①作業賞与金の計算は、毎月、作業科程の了否を定めた後に行われ(69条)、その金額は、行状、性向、作業の種類、成績、科程の了否をしん酌して、法務大臣が定めるところにより計算されるが(71条)、行状不良で作業成績劣等である者には作業賞与金の計算をしないことができる(70条)、②作業賞与金は、原則として釈放の際に給与するが(75条1項)、必要があると認めるときには条件を指定することができる(同条3項)とされていた(平成18年の刑事収容施設法の施行に伴う改正の直前の規律である。)。

 監獄法下における作業賞与金について、学説上は、給与されるまでは単なる計算高であり、給与後初めて本人の所有に帰属するものであって、それまでは将来給与を受け所有権を取得し得る期待権があるに止まり、債権の対象となるものではないから、強制執行の対象にもならないとするのが通説であった(小野=朝倉・前掲書230頁等)。作業賞与金に対する強制執行の可否が問題となった裁判例としては、東京高決平4・10・2東高民時報43巻1~12号72頁があるところ、同裁判例は、上記通説の見解に立って、作業賞与金は差押えの対象にならない旨を判示している。

 監獄法の定める作業賞与金に対する強制執行はできないというのが通説であり、裁判実務でもあったと解される。

(3) ア 平成17年5月、受刑者の処遇に関する事項を中心に監獄法の規律を改めるものとして、刑事収容施設法が成立し、平成19年には、受刑者以外の被収容者の処遇に関する事項等も取り込む形で同法が改正されるとともに、監獄法が廃止された。刑事収容施設法は、作業報酬の帰属につき、監獄法と同様の国庫帰属主義を採用した(97条)上で、監獄法下の作業賞与金に相当するものとして、作業報奨金の制度を設けている。

 刑事収容施設法98条2項は、刑事施設の長は、毎月、その月の前月に受刑者が行った作業に対応する金額として、法務大臣が定める基準に従い算出した金額を報奨金計算額に加算する旨を定め、同条1項は、作業を行った受刑者に対しては、原則として釈放の際に、報奨金計算額に相当する金額の作業報奨金を支給する旨を定めている。監獄法が「作業賞与金ヲ給スルコトヲ得」(27条2項)としていたのに対し、刑事収容施設法は「報奨金計算額に相当する金額の作業報奨金を支給するものとする。」(98条1項)としており、釈放の際に受刑者に作業報奨金を支給するかどうか及び支給金額について、基本的には刑事施設の長に裁量はないものと解される。また、釈放の際の作業報奨金の支給に関する処分に不服のある受刑者は、刑事収容施設法が定める不服申立て(審査の申請)をすることができるとされている(157条1項8号)。

 このとおり、刑事収容施設法の下においては、監獄法下と異なり、法律自体によって作業報酬制度の基本的枠組みが定められており、そこでは、報奨金計算額が毎月必ず加算されなければならず、釈放の際には報奨金計算額に相当する金額の作業報奨金が必ず支払われなければならないものとされている上、釈放の際の作業報奨金の支給に関する処分に不服のある受刑者は、不服申立てをすることも認められているのであるから、作業報奨金は、監獄法下の作業賞与金と比較して、格段にその権利性が高められているということができる。そうすると、「債権の対象となるものではない」と解されていた監獄法下とは異なり、刑事収容施設法の下においては、受刑者は、国に対し、遅くとも釈放の際までに、報奨金計算額に相当する金額の作業報奨金の支給請求権を取得するものと解するのが相当である。したがって、作業報奨金に対する強制執行の可否について、監獄法下の作業賞与金と同様に論ずることはできない。

エ 刑事収容施設法の立案担当者は、作業報奨金について、受刑者の釈放の際に初めて具体的な権利(作業報奨金支払請求権)として発生する法的性質を有するとしており(林眞琴ほか『逐条解説 刑事収容施設法 第3版』(有斐閣、2017)484頁)、これによると、釈放前の受刑者にとって、作業報奨金の支給を受ける権利は、未発生の将来債権ということになる。しかし、将来債権であっても、発生の基礎となる法律関係が既に存在し、近い将来の発生が相当の蓋然性をもって見込まれるため財産価値を有するものであれば、強制執行の対象になると解されているところ(中野貞一郎=下村正明『民事執行法〔改訂版〕』(青林書院、2021)689頁)、作業を行った受刑者には毎月必ず報奨金計算額の加算が行われ、釈放の際に報奨金計算額に相当する金額の作業報奨金が必ず支給されるのであるから、作業報奨金の支給を受ける権利について、一概に将来債権としての発生の蓋然性を欠くということはできないと考えられる。

(4)ア もっとも、学説上、法律により差押えが禁止されていなくても、その権利の性質に照らして差し押さえることのできない債権があるとされており、その一つの類型として、他人の給付受領によっては目的を達し得ない債権が挙げられている(中野=下村・前掲書696頁)。大審院判例には、石油試掘事業の経営者の石油試掘奨励金交付請求権について、交付を受ける者の事業助成を目的とするもので、その交付請求権は事業の経営と不可分の関係にあり、その請求をする者は必ず事業の経営者自身でなければならないことからすれば、その本旨に照らし、他に譲渡することができず、これを差し押さえることはできないとするものがあり(大判昭10・1・14民集14巻1頁)、下級審裁判例にも、平成20年度に実施された定額給付金給付事業における定額給付金の支給を受ける権利について、景気後退下での住民の不安に対処するため、住民への生活支援を行うとともに、住民に広く給付することにより地域の経済対策に資することを目的とするものであり、一度は債権者の手元に給付されなければその目的を達し得ない債権というべきであって、その性質上、差押えができない債権であるとしたものがある(名古屋地裁豊橋支決平21・4・17判タ1298号123)。

 作業報奨金の支給について定める刑事収容施設法98条は、作業を奨励して受刑者の勤労意欲を高めるとともに受刑者の釈放後の当座の生活費等に充てる資金を確保すること等を通じて、受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰に資することを目的とするものであると解されるところ(林ほか・前掲書482、483頁等)、作業を行った受刑者以外の者が作業報奨金を受領したのでは、この目的を達することができないことは明らかである。また、上記のような作業報奨金の目的に照らすと、国は、作業報奨金が受刑者本人に支払われることに対して極めて強い利害を有していると解されるのであり、受刑者の債権者がした強制執行によって、第三債務者である国の利益が害されるべきものではない。そうすると、作業報奨金の支給を受ける権利は、他人の給付受領によっては目的を達し得ない債権として、その性質上、他に譲渡することが許されず、強制執行の対象にもならないと解するのが相当である。

 なお、刑事収容施設法は、同法100条の手当金(受刑者が作業上負傷し、身体に障害が残った場合の障害手当金等)については、その差押えを禁止する規定(102条1項)を置いているが、受刑者の作業報奨金については、明文の差押禁止規定を置いておらず、この点をどのように考えるのかが問題にはなる。もっとも、上記手当金は、労働基準法による災害補償(同法77条、79条等)に相当するものであるところ、同法の補償を受ける権利については、明文で差押えが禁止されており(83条2項)、労働者災害補償保険法(12条の5第2項)及び国家公務員災害補償法(7条2項)などにも同様の差押禁止規定が置かれているから、上記手当金の差押禁止規定は、上記各法令を踏まえた法制上の整合性という観点から置かれたものとみることができる。これに対し、受刑者の作業報奨金については、同種の受給権やその差押禁止を定めた法令がなく、法制上の整合性という観点を考慮する必要はないから、差押禁止規定が置かれなかったと考えることも可能である。明文の差押禁止規定を欠くという点は、作業報奨金の支給を受ける権利が強制執行の対象にならないと解することの妨げにはならないというべきであろう。

 また、Xは、Yが犯した罪(詐欺罪)の被害者であるとされるところ(ただし、本件の債務名義である判決において、XのYに対する詐欺を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求は、請求権が時効消滅したとして棄却されており、予備的請求である貸金請求が認容されている。)、受刑者の犯した罪の被害者による差押えであっても、これを認めると作業報奨金の支給について定める刑事収容施設法98条の目的を達することができないということに変わりはない。また、作業報奨金の金額はわずかであって(令和3年度の受刑者1人当たりの平均支給計算額は、月額約4516円であったとされる。)、これを差し押さえても実効的な被害回復は期待し難く、被害者保護の観点から特に差押えを認めるべきであるということも困難である。受刑者の犯した罪の被害者が作業報奨金の支給を受ける権利に対する強制執行を申し立てた場合であっても、これを認めることはできないというべきであろう。

(5) 本決定は、このような理解の下、以上の説明と一部異なる趣旨を述べる原決定の判断を結論において是認して、Xの抗告を棄却したものと解される。

 

5 本決定の意義

 本決定は、明文の差押禁止規定のない作業報奨金の支給を受ける権利について、その性質上強制執行の対象にならない旨の法理判断を示したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有すると考えられる。

 

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