租税における公平の実現
第12回
首都大学東京法科大学院教授・弁護士
饗 庭 靖 之
第4 地方税における租税公平主義
4 法人住民税と法人事業税における応益負担と応能負担について
(1) 応益負担の説明の限界
大都市圏の地方団体は受益と負担の一致を主張しているが、この主張は、租税を応益負担で説明する利益説に基づいているが、この主張には、大都市圏の法人と住民は高い金額の納税負担をしているから、高い行政サービスが受けられるというニュアンスを含んでいる。
応能負担に基づき、地方税の主要税項目である法人住民税と法人事業税の課税においては、税負担が担税力に応じて法人間で公平に配分されている中で、法人住民税と法人事業税の課税根拠として、応益負担と応能負担として考えてよいのかということが問題となる。
利益説は、租税は市民が国家等の公共団体から受ける利益の対価であるから、受けるサービスに対応して賦課されるべきだとするが、租税を応益負担で説明する利益説は、「各人が国家から受けるサービスを測定しそれを計量化することは、殆ど不可能に近いから、利益説が税負担の配分に関する基準の設定という点で致命的な難点をもっていることは明らかである」[1]。
仮に測定計量化しえたとしても、法人住民税と法人事業税の課税根拠を応益負担だけで説明すると、法人住民税と法人事業税を受け取る行政団体が行政サービスを実施する費用は、行政サービスの受益度に応じて事業者に税の負担が割り振られることになる。その場合、行政が非効率なため、受益者の受益の額を超えて行政費用がかかる場合を生じうるが、このとき、受益した限度を超えて課税する必要を生じるが、これが認められるのか問題となる。
税法以外の行政法の受益者負担については、受益を超えて徴収することは認められていない。例えば、環境基本法38条は、「国及び地方公共団体は、自然環境を保全することが特に必要な区域における自然環境の保全のための事業の実施により著しく利益を受ける者がある場合において、その者にその受益の限度においてその事業の実施に要する費用の全部又は一部を適正かつ公平に負担させるために必要な措置を講ずるものとする。」と規定し、受益を超えて費用徴収することは認められない。
税金に関してのみ、行政団体からの受益の額を超えた納税義務を負うことを認め、行政サービスを受益する者に行政費用の全部を受益度に応じて負担させることは、行政から受ける保護や利益と、行政に対する税負担との間に対価性を認めることになり、行政に対して税負担をする者に、自らの税負担額に比例して、行政から受ける保護や利益を受ける権利を認める必要を生ずる。
これは、地方団体が住民のための地方政府であることを否定し、納税者のための地方政府であることを意味し、地方政府を含めた国家から受ける保護や権利の平等を保障する憲法に抵触し、到底取りえない考えである。
したがって応益負担は、行政団体から受ける受益に比例した納税を負担する義務を負うことを正当化できないので、法人住民税と法人事業税の課税根拠を応益負担だけで説明することは不可能である。
法人住民税と法人事業税には、当該都道府県内に所在する法人に担税力を担わせており、法人住民税と法人事業税の課税根拠には、税一般の共通の原理である担税力に応じて課税するという応能負担が必ず存在する。
(2) 法人住民税と法人事業税を所在地地方団体の独占的収入とすることについて
法人住民税の4分の3を法人税額を課税標準とする所得割が占め、法人事業税の標準税率が、資本金1億円を超える法人に対しては、法人の付加価値額、資本額、所得額に応じた課税の合計額となっており、法人の担税力に応じて課税額が決まっていることからは、法人住民税と法人事業税が応能負担を基本的な性格としていることは明らかである。
法人住民税と法人事業税が、法人がどれだけ納税する能力があるかという担税力に応じて課税することとされていることは、法人の受けている行政サービスの程度に応じた課税でないことを示している。
法人住民税と法人事業税のうちの応能負担の部分の納税が、法人の所在する地方団体からの行う行政サービスによる受益に対応していないことからは、法人の所在する地方団体がその部分の税金を取得することの理由はなくなる。
当該法人の活動は所在する当該地方団体の範囲内で完結していることはまれであり、都道府県の境界を越えて活動して、日本全国を市場としているのであり、その事業の結果として、所得を上げて担税力を取得しているのであって、このように形成された担税力に応じて納税された税金を、法人の所在する地方団体が独占的に取得する根拠はない。
大都市圏に大企業等が偏在し、大企業等からの法人住民税と法人事業税の応能負担部分の納税を、大都市圏の地方団体が全て自らの収入としていることは、合理性はない。
[1] 金子宏『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣、2010)27頁