◇SH0247◇最三小判 平成26年10月28日 不当利得返還等請求事件(木内道祥裁判長)

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1 事案の内容

 株式会社Aは、無限連鎖講の防止に関する法律(無限連鎖講防止法)等に違反する事業(以下「本件事業」という。)を行っていたところ、Yは、Aと同事業に係る契約(以下「本件契約」という。)を締結して会員となり、出資金を上回る配当金を得ていた。本件は、Aの破産管財人であるXが、本件契約が公序良俗に反して無効であるとして、不当利得返還請求権に基づき、上記の給付額の一部の支払を求めた事案である。AからYに対する金銭(配当金)の給付は不法原因給付(民法708条)に当たり、Aの破産手続開始の決定前にA自身がその返還を請求することは許されないところ、破産管財人であるXによる本件請求も同条により許されないかが問題となっている。
 

2 本件の事実関係等

 本件の事実関係の概要は以下のとおりである。
 (1) Aは、平成22年2月頃から、金銭の出資及び配当に係る本件事業を開始した。本件事業は、専ら新規の会員から集めた出資金を先に会員となった者への配当金の支払に充てることを内容とする金銭の配当組織であり、無限連鎖講の防止に関する法律2条に規定する無限連鎖講に該当するものであった。
 (2) Yは、平成22年3月、Aと本件事業の会員になる旨の本件契約を締結した。Yは、同年12月までの間に、本件契約に基づき、破産会社に対して818万4200円を出資金として支払い、Aから2951万7035円の配当金の給付を受けた(以下、上記配当金額から上記出資金額を控除した残額2133万2835円に係る配当金を「本件配当金」という。)。
 (3) Aは、本件事業において、少なくとも、4035名の会員を集め、会員から総額25億6127万7750円の出資金の支払を受けたが、平成23年2月21日、破産手続開始の決定を受け、Xが破産管財人に選任された。上記破産手続においては、本件事業によって損失を受けた者が破産債権者の多数を占めている。
 

3 第1審、原審の判断

 第1審、原審とも、本件事業が無限連鎖講に当たるものであって公序良俗に反するものであり、本件契約が無効であってAのYに対する本件配当金の給付に法律上の原因がないことを認めた。しかし、本件配当金の給付は不法原因給付に当たるものであり、Aの有する不当利得返還請求権をAに代わって管理処分権に基づき行使しているXは、民法708条の規定によりその返還を請求することができないと判断して、Xの請求を棄却すべきものとした。
 これに対して、Xが、上告及び上告受理申立てをしたところ、最高裁判所は、本件を受理した上で後記のとおり判示して、原審を破棄し、Xの請求を認容した。
 

4 本件の問題の所在及び従前の検討

 (1) 民法708条本文は、「不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない」と定めており、この趣旨については、「給付者の不当利得返還請求の否定という形で、法の是認しない行為をした者は、自己の不法を主張して国家の救済を要求することができないという法の理想を表明するもの」(四宮和夫『現代法律学全集10 事務管理・不当利得・不法行為〔上巻〕』(青林書院、1981)157頁)であるといった説明がされている。しかし、同条の効果、要件、範囲をどのように考えるのかという点は法文上明確ではなく、本件の破産管財人のように給付者以外の第三者もその返還を請求することが許されないのかについては、古くから議論されてきた論点である。
 (2) 判例は、第三者による権利行使のうち、①給付者の債権者が民法423条の代位権に基づいて不当利得返還請求権を代位行使する場合について、「民法423条の定むる代位訴権は債権者が其債務者に属する権利を行ふに他ならざれば債務者が請求することを得ざるものは債権者に於ても之を請求することを得ざるの筋合なり」として権利行使を否定した大判大正5年11月21日民録22輯2250頁と、②破産管財人が否認権を行使して破産者の給付した金員の返還を求めた場合について、「否認権なるものは各破産債権者の権利に属し破産管財人は債権者全員の為に行使するものにして破産者の権利を行使するものに非ず」などとして行使を肯定した大判昭和6年5月15日民集10巻6号327頁が著名であり、主にこの2つの判例が議論の対象とされてきた。
 もっとも、それほど議論の対象とされてきたものではないが、③破産管財人が管理処分権に基づき返還請求する場合については、大審院の判例として、「破産管財人は破産宣告当時破産者に属する財産の範囲に於いてのみ其の財産の管理及び処分を為す権限を有するものにして、破産者は不法原因給付に基く給付に付不当利得返還請求権を有せざるも其の破産管財人は該請求権を有すと云ふが如き法理存することなき」(大判昭和7年4月5日法律新聞3405号15頁)として、破産管財人の権利行使を否定したものがある(なお、この判例の事案は、破産者が、株式取引所の取引員である被告との間で「名板貸借」をし、保証金名下に金銭を預託していたところ、破産管財人がその金銭の返還を求めたという事案であり、上記昭和6年判例と同一の当事者の事件である。)。
 (3) これに対し、破産管財人が管理処分権に基づき行う権利行使に関して、学説や戦後の下級審裁判例(特に本件のような無限連鎖講等の事業を行っていた会社が破産開始決定を受けた場合)は、結論としては権利行使を認める旨の立場がほとんどを占める。
 学説の代表的な理由付けは、「管財人の返還請求などは、非難性を阻却されるから、拒否せられない」とするもの(谷口知平『不法原因給付の研究〔第3版〕』(有斐閣、1970)18頁)、不法原因給付の理論は、給付者に対する懲罰的趣旨に基づいていることから、差押債権者には適用されないことを前提として、管財人についても同理論が適用されないとするもの(伊藤眞『破産―─破滅か更生か』(有斐閣、1989)172頁)、返還された金員等は全て破産財団に組み込まれて債権者に対する配当財源になり、不法原因給付者の手元には渡らないことから、裁判所による法的保護を拒否する理由はないとするもの(伊藤眞ほか『条解破産法〔第2版〕」(弘文堂、2014)556頁)等が挙げられる。
 下級審裁判例としては、大阪地裁昭和62年4月30日判タ651号85頁(いわゆる豊田商事従業員不当利得金返還請求事件)が先駆けかつ代表例であり、「破産管財人は、……破産法に基づき固有の権限をもって管財業務を執行する独立した法主体であって、その権利行使は破産者の権利承継人または代理人としてするものではない」等として、破産管財人の請求を認容した。また、本件のXが別の会員に対して同様の請求をした事件の判決として、本件の原審とは異なる裁判体による東京高判平成24年5月31日判タ1372号149頁があり、同判決は、破産管財人の請求を認容している。
 (4) しかし、上記のような学説及び下級審裁判例の理由付けには、いくつかの検討すべき点があるように思われる。
 ①まず、破産管財人に限らず、広く給付者以外の第三者であれば懲罰的趣旨が及ばず返還請求をすることができるとすると、第三者としては、他にも、代位債権者、差押え債権者、債権譲渡の譲受人等も考えられるところ、給付者にとって民法708条の適用を潜脱することが容易となる。また、代位債権者の権利行使を否定した大正5年判例との整合性をどのように考えるのかという問題点も生じよう。
 ②また、破産管財人の地位の性質に着目し、破産管財人が管理処分権に基づき返還請求をする場合であればどのような事案であっても返還請求が認められると解するとすると、破産管財人のみが代位債権者など他の第三者と異なって返還請求が許されることについての説得的な理由付けが必要であろう。破産管財人の返還請求を否定した昭和7年判例との整合性をどのように考えるのかという問題点も残る。さらに、不法原因給付の事例としては様々なものが考えられるところ、例えば臓器売買の代金として交付した金銭の返還が問題となった場合など、破産管財人が返還請求する場合であっても返還請求を認めることが妥当か結論の妥当性に疑問の生じる事案もあると思われる。
 ③さらに、本件は、そもそも民法708条の効果をどのように考えるのかという点にも関連する。最高裁判例は、「贈与者において給付した物の返還を請求できなくなったときは、その反射的効果として、目的物の所有権は贈与者の手を離れて受贈者に帰属する」(最大判昭和45年10月21日民集24巻11号1560頁)として、返還を請求できなくなったことの反射的効果により物権変動が生ずるとしている。したがって、受給者としては、不法原因給付があった場合には給付により所有権の移転を受けたはずであるのに、仮に一般的に給付者以外の者が登場した場合には返還請求を拒めないとすると、受給者への物権変動の効果をどのように考えるのかについて検討を要するものと思われる。
 本件の論点については、民法708条の趣旨、解釈、返還請求が制限されるのは請求権そのものが成立しないのか、請求権は成立しているが行使が制限されるのか、第三者の場合にも返還請求が制限されるのか、破産管財人の地位をどのように捉えるのかといった様々な点と関連するとの指摘がされている(出水順「破産管財人による不法原因給付債権の行使に関する覚書」田原睦夫先生古稀・最高裁判事退官記念論文集『現代民事法の実務と理論〔下巻〕』(金融財政事情研究会、2013)418頁)。
 

5 本判決の内容

 (1) 本判決は、民法708条の適用範囲について一般論を展開して結論を導くのではなく、本件で問題となった事案の内容や、本件事業を取り巻く利害関係人の状況、本件で不当利得返還請求権を行使している者についての検討を加えた上で、信義則の観点から原告の請求を認容する結論を導いている。
 (2) すなわち、本判決は、まず、①「本件配当金は、関与することが禁止された無限連鎖講に該当する本件事業によって被上告人に給付されたものであって、その仕組み上、他の会員が出えんした金銭を原資とするものである。」として、被告であるYが給付を受けた金銭は、無限連鎖講の仕組み上、他の会員の出えんした金銭から給付されたものにすぎず、他の会員の損失といわば直接の関連性があること(その意味で、YはAをいわばトンネルとして他の会員から金銭を受け取ったものである。)を指摘した。
 そして、②「本件事業の会員の相当部分の者は、出えんした金銭の額に相当する金銭を受領することができないまま破産会社の破綻により損失を受け、被害の救済を受けることもできずに破産債権者の多数を占めるに至っているというのである。」として、破産債権者の多数は、本件配当金の原資となる金銭を出えんし、Aの破綻により損失を受けた他の会員であり、無限連鎖講の事業者であるAや上位の会員等に対する損害賠償請求などによる別途の救済も受けることができないままとなっている利益状況についての考慮を加えている。
 その上で、③「破産会社の破産管財人である上告人が、被上告人に対して本件配当金の返還を求め、これにつき破産手続の中で損失を受けた上記会員らを含む破産債権者への配当を行うなど適正かつ公平な清算を図ろうとすることは、衡平にかなうというべきである。」として、本件で配当金の返還を求めているのが破産管財人であり、返還が適切かつ公平な清算につながることを指摘している。
 本判決は、本件におけるこれらの事情を踏まえ、「本件配当金の給付が不法原因給付に当たることを理由としてその返還を拒むことは、信義則上許されないと解するのが相当である」として、信義則の観点から原告の請求を認容する結論を導いている。
 (3) 本判決には、無限連鎖講の事案で破産管財人の権利行使を認めた場合の帰結等について分析を加えて、返還請求する者が破産管財人であることと信義則の関係について補足する木内道祥裁判官の補足意見が付されている。
 なお、この補足意見は、あくまで無限連鎖講の事案を前提として述べたものであって、法廷意見と同様、破産管財人であればどのような事案であっても権利行使が認められる趣旨のものではないと思われる。
 

6 補足的検討

 (1) 本判決は、民法708条の適用範囲について、特定の解釈を明示するものではなく、この点については今後も議論の積み重ねが期待されるところである。
 もっとも、本判決は、昭和7年判例を変更するものとはしていない。返還請求をする者が破産管財人であることに加えて、無限連鎖講に該当する事業によって金銭が給付された金銭の流れの実態や破産手続が開始された段階における利害関係人の利害状況を考慮し、信義則の観点から結論を導いたものであることからすれば、昭和7年判例とは事案が異なるとの理解の下に本件の事案に即した判断をしたものであって、破産管財人であればどのような事案であっても管理処分権に基づき返還請求をすることができるとの解釈に立つものではないと思われる。
 (2) 他方で、本件は、無限連鎖講に該当する事業によって金銭が給付された事案であるが、同様の利益状況は無限連鎖講の事案のみに限られるものではない。したがって、例えば、被害者が多数に上る高利率の配当を唱った投資名下の組織的詐欺を行っていた会社等が破産した場合などにも、本判決と同様の考え方を及ぼすことが可能なものと思われる。
 (3) なお、本件で問題となったのは、出資金を上回る配当金を受け取っていた者に対する返還請求であるが、出資金に相当する配当金を受け取ることのできなかった被害者についても、各自が給付を受けた配当金についてみれば、他の会員が出えんした金銭を原資とするものであり、破産手続が開始されたにもかかわらず他の会員の損失の下に配当金を保持し続けることは相当とはいえない。
 したがって、出資金に相当する配当金を受け取ることのできなかった者としても、不当利得返還請求権等につき出資金全額をもって債権届け出をすることは許されず、出資金額から配当金として給付を受けた金額を控除した金額をもって債権届けをし、配当手続に参加すべきことになると思われる。
 その意味で、本判決は、最三小判平成20年6月24日集民228号385頁で田原睦夫裁判官が反対意見で指摘された被害者間の衡平に関する問題点を克服するものと考えられる。
 

 本判決は、事例判断ではあるが、無限連鎖講の事案について破産管財人に対しては不法原因給付であることを理由として返還を拒むことが信義則上許されない場合があることを示したものであり、民法708条に関する理論上及び無限連鎖講等の事業者が破産した場合の処理について実務上も重要な意義を有すると思われるので紹介する。
 
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