コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(175)
―コンプライアンス経営のまとめ⑧―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、合併組織のコンフリクトを顕在化させない方法をまとめた。
コンフリクトの顕在化を調整するメカニズムは、第一に、公式権限を明確に設定し合理的意思決定プロセスを確保するとともに厳格に運用すること、第二に、組織がコンフリクトの原因となる課題を事前に発見して、深刻化する前に対応すること、第三に、現場で発生したコンフリクトを調整し解決へと導く公式・非公式の調整システムが存在すること、その他に、親会社やメインバンク等ガバナンスに影響を持つ組織が、モニタリングし必要により介入することである。
合併組織の多くは、出身会社主義の情実により左右される場合が多いので、合併会社のコンプライアンス部門は、業務遂行の困難度が高いが、コンプライアンス担当者は、組織のために自らのリスクをいとわず使命感を持って職務を遂行する覚悟が必要であり、経営者は、そのようなコンプライアンス部門の置かれた困難な状況と努力を認識して人選し処遇する必要がある。
リスクを事前に発見する方法には、内部監査・監査(含会計監査)等の他に、コンプライアンス・CSRアンケートがあるが、アンケート調査の結果を踏まえ、職場に潜在する緊急性の高い問題を発見し、放置せず直ちに解決に動く意識と行動が重要である。
リスクの発生を知りながら放置すれば、従業員の信頼を失い、外部通報の動機になり、リスクの事件化につながる。
今回は、従業員相談窓口の留意点について、経験を踏まえてまとめる。
【コンプライアンス経営のまとめ⑧:合併組織のコンプライアンス④】
1. 従業員相談窓口の正常な機能発揮
筆者の経験では、従業員相談窓口を正常に機能させることができれば、組織のリスクを早期に発見し自助努力で問題解決を可能とするので、組織のコンフリクトの顕在化を抑制する上で非常に有効である。
公益通報者保護法の改正もあり、一定規模の組織であれば、内部の他に外部にも専門の相談窓口(弁護士事務所を含む)を設け、運用に当っては、通報者・調査協力者の秘密保持と不利益扱いの禁止や役職員の調査への協力義務を定め規定化し、その活用方法のPRにも努めている。
子会社については、子会社に相談窓口を設けず親会社に集約する考え方もあるが、筆者は、子会社で不祥事が発生した場合等の緊急事態を除き、子会社自ら相談窓口を設置し、親会社と共通の外部相談窓口を設け親会社と連携して問題解決に当ることが、子会社の自覚を促し問題解決力を高めることができるので重要であると考える。
親会社のコンプライアンス部門は、子会社の従業員相談窓口の相談内容について、定期的に報告を受け、問題の重要性、専門性、緊急性等を鑑み、必要により迅速かつ積極的に、子会社と連携し問題解決を支援する必要がある。
なお、従業員相談窓口は、仕組みを作れば機能するというわけではない。
組織の自浄作用を働かせる上で有効にならない場合もある。
例えば、第三者委員会の報告でもしばしば指摘されることだが、従業員が内部通報したにもかかわらず、担当部門が解決に向けて行動せず(できず)、対応に失望した通報者が外部に通報し事件として報道される場合や、通報者が、上司や特定の人を、従業員相談窓口を利用して貶めるために通報する場合等である。(このような場合も、実際にはある)
従業員相談窓口を正常に機能させ設置目的を達成するためには、組織文化の視点からは、経営トップ以下の役員がコンプライアンス重視の組織文化を築き、担当部門が余計な心配をせずに、誠意を持って問題解決に当り、関係部署もそれに協力することであるが、現実には必ずしもそうなっていない場合もある。
従業員相談窓口を有効に機能させるためには、少なくとも、コンプライアンス担当役員とコンプライアンス部門に、責任感・誠実性・情熱のある人材を選任し、問題が発生した場合には役員と担当部門が、密接に連携して直ちに対応し解決を図る必要がある。
また、従業員相談窓口の悪用防止には、十分な調査により相談内容の裏づけを取るとともに、悪用した場合には罰則があることを日頃から周知徹底する必要がある。
ただし、罰則を強調し過ぎると、相談そのものが減り相談窓口設置の主旨を損ねることになるので、表現には工夫が必要である。
なお、従業員相談窓口の運営では、相談対応者の人数が限られているにもかかわらず、大量の相談によりコンプライアンス部門のキャパシティを超えることが想定される場合には、通常の相談は直属上司や部署ごとのコンプライアンスリーダー、コンプライアンス責任者によることとし、それでも解決困難、あるいは相談するにふさわしくない性質の案件を従業員相談窓口へ相談することとすれば、コンプライアンス部門はオーバーワークにならずに対応ができるようになる。
そのためには、相談を受ける者に対して、従業員からの相談に対応する際の注意事項を周知徹底しておく必要がある。
従業員相談窓口の対応は、コンプライアンス部門の管理職や部門長が行い、コンプライアンス担当役員と相談しつつ進めるが、窓口担当者は相談を真摯に聞く態度を示し門前払いの姿勢を示してはならない。
また、事実関係のメモを取り、後に報告書を作成する際に活用する。
相談を受けた時には、相談者の誤解を防ぐために、従業員相談窓口の仕組みを、再度、説明し、相談は仕組みに則り処理されることを確認する。
調査の際には、事実関係の把握に必要な最低限の人数の人々に協力を得るために相談内容を明らかにしなければならない場合があるので、秘密保持の範囲について、あらかじめ相談者の了解を得ておく必要がある。
もし、確認をしなければ、相談者の想定範囲を超えたとして後のトラブルのもとになる可能性があるからである。
また、相談内容の調査の進捗具合については、頻繁に連絡を入れることが相談者の不安を減少する上で効果がある。
つづく